シェルリと山小屋の少女2
ミースがリドの館に来てから三日が経った。シェルリはリドの工房で特効薬の作成が行き詰って半泣きしていた。
「どうしよう……」
「なんじゃなんじゃ? 何を悩んでおる?」
工房の別の場所で自分の研究に没頭していたリドは、泣きそうなシェルリに近づいた。
「材料が足りないんです。このままじゃ、特効薬が作れない、ミースも助けられない……」
瞳に涙を溜めながら言うシェルリに、リドは簡単な数式を解くような心持で言った。
「足りないなら森で取ってくればいいではないか」
「駄目なんです。今は春です、特効薬の材料にする茸類は夏から秋にしか採れませんし、他にも季節柄入手できないものがあって……」
そういう材料が三十種近くもあった。
「ううむ、街の薬材専門店に行けば、手に入れる事は出来るがのう……」
シェルリはここから近いレインブルグに行く事も考えたが、追われている身であるし、もしシェルリが捕まったりしたら、それこそミースは終わりになってしまう。事情を話してリドに頼む手もあったが、リドは七十過ぎの老人で、森を越えて街に行き、さらに重い材料を持って帰ってくるのは明らかに無理そうだった。
「……わたしが街まで行って買ってきます」
シェルリは覚悟を決めて決然と立ち上がり、小走りで工房から出て玄関の扉を開けた。すると、玄関の前に一抱えほどある木箱が置いてあった。シェルリは何かと不審に思いつつ、木箱の蓋をそっと開けた。中の物を見た瞬間に、シェルリの心は地獄から天国に救い上げられたような歓喜に満ちた。中には足りない材料が入っていた。
シェルリが材料を手に戻ってきたのがあまりに早かったのでリドは目を丸くした。それから事情を聞いて、年老いた錬金術師は首を捻った。
「誰かが足りない材料を持ってきてくれたということかい。これの送り主は、お前さんがここで特効薬を作っている事を知っていて、材料まで熟知しているという事になるのう」
シェルリには、不足した材料を誰が送ってくれたのかすぐに分かった。この計らいに、少女の胸は熱くなった。
「王子様だわ」
「なに、王子様とな!? どういうことなんじゃ?」
リドはシェルリの独り言に過剰に反応した。これを機に、シェルリは事情を話した。リドはシェルリが王子から墳血症の特効薬の作成を託されていると聞いては驚き、王国騎士団に追われている事を聞いた時は顔を強張らせた。リドは正直に言って、シェルリをやっかいな娘だと思ったが、だからと言って追い出そうとは思わなかった。
シェルリはミースの為に特効薬の作成を進めた。リドは適当に手伝いながら、真剣なシェルリの面差しを見ては、孫娘の事を思い出すのだった。
ミースは負けん気の強い少女であった。シェルリは接していくうちにそれを知った。病気になんて絶対に負けない、病気を治して必ずお父さんとお母さんに会うんだ、とミースは口をへの字に曲げては良く言っていた。彼女の気の強さは、墳血症と相対するのに大きな武器となった。病気に負けないという思いが強い程に、体の方も病気に対して抵抗力を発揮する。それとは逆に、気が弱いとあっと言う間に病にやられてしまうのだ。人間の精神力は良薬とも毒薬ともなり得るのである。
ミースが本当に元気だったのは、最初のうちだけだった。次第に鼻血が酷くなり、リドの館にきて一週間後には口腔からの出血が始まった。すると食べるのがおぼつかなくなった。食べ物には血の味が混じって、食欲を削がれるし、症状が進むと食べる事で舌や歯ぐきの出血している部分が痛み、更に傷が広がって余計に出血が酷くなる。症状がそこまでいくと、シェルリはミースから離れる事が出来なくなった。ミースは度々水を含んで口の中の血を洗い、洗面器に赤い水をぴゅっと口から捨てた。洗面器はすぐに赤い水で一杯になり、シェルリは洗面器の水を捨てるのと、新しい水を持ってくる作業に追われた。ミースは墳血症の劇的な症状にショックを受けて、恐怖の余りシェルリに聞いた。
「お姉ちゃん、怖いよ……わたし本当に助かる?」
「大丈夫だよ、お姉ちゃんが必ず特効薬を作るからね」
震えるミースを前に、シェルリはそう言うしかなかった。ミースはその一言で勇気を得て、今度は病気になんて負けるものかと、負けん気の強さを取り戻す事が出来た。
ミースから離れられなくなった事で、シェルリは一計を案じて、材料や器具を地下室に持ち込んでミースの看病をしながら特効薬の作成を進めようとした。
リドは、絶対にミースには関わらないと心に決めていたが、シェルリが地下室で特効薬の作成を始めた辺りから、どうしても心配になって度々地下室を覗くようになった。
シェルリが描いたミースの看護と特効薬の作成の両立は、三日で崩壊してしまった。ミースの症状がさらに進み、口腔内の出血が酷くなるとともに、高熱で意識が混濁してきたのだ。食事はローヤルゼリー入りの苺ミルクだけは何とか飲めたが、ミースが自分でうがいをするのも難しくなり、シェルリが四六時中付いて、ミースの口の中に溜まった血を布や綿等で吸い取ってやらなければならなくなった。鼻に詰めたガーゼも頻繁に交換しなければならず、もはや寝ずの看護をしなければ追いつかなかった。ミースは苦しそうに何度も呻き、疲れ果てたシェルリは、過酷な現実と拭いようのない絶望の最中でいつしか涙を流していた。
「もう駄目だよ……このままじゃミースが死んじゃう、助けてお母さん、助けて…………」
扉の隙間からその様子を見ていたリドは、シェルリの苦しみを自分の物とするような悲愴な顔をしながら、見えない何かが背中を強く押すのを感じた。
「こりゃいかん、このままでは共倒れになるぞ」
墳血症の恐ろしさは激烈な症状の他に、二次感染の高さにもあった。今のシェルリのように、疲弊しきった看護人に感染し、どんどん広がっていくのだ。治療法がない場合は、いつかシェルリが残酷と言った隔離して手を触れない方法が、もっとも安全な対処法と言えた。
リドは迷いの中で、泣きながらミースの看護を続けるシェルリを見ていたが、ついに耐え切れなくなり、覚悟を決めて部屋に入った。
「ええいっ! もう見ていられんわい!」
リドの姿を見て、シェルリは泣きはらした顔に驚きを浮べていた。
「この娘はわしが看るから、お前は特効薬の作成法を出来上がっているところまで紙に記すのだ」
「何の為にそんな事を?」
「今からでは、その娘が死ぬ前に特効薬を作る事はできまい。しかし、特効薬を完成出来る可能性は残っている、一つ賭けに出るとしよう。時間が惜しい、とにかくわしの言う通りにしてくれ」
シェルリは黙って頷くと、ミースから離れて居間に入り、リドの言うように分かった所まで特効薬の作成手順を紙に書き、それが終ると看病の疲れが出てテーブルの上で伏せって深い眠りについてしまった。
リドは屋敷中から使えそうな布や綿をかき集め、ミースの寝ているベッドの横にそれらを山のように積んだ。それはミースの症状がさらに進む事を想定しての準備だった。それから老人は、ミースの看護の合間を見て居間に行き、シェルリを起こさないように書きあがった特効薬の手順書を取り上げると、急いで地下室に戻ってミースの様子を見ながら手紙を書いた。
「頼むぞニイナ、今はお前だけが頼りじゃ」
リドは祈るような気持ちで孫娘への手紙をしたためた。手紙には途中まで出来上がった特効薬の手順書と、特効薬の材料を記した紙が同封されていた。
それからしばらくして、シェルリは目を覚ました。それから少女ははっとして、慌てて地下室に駆け込んだ。
「すみません、わたし知らない間に寝てしまって」
「つきっきりで看病していたのだから仕方あるまい。少しは疲れが取れたかね?」
「はい、だいぶすっきりしました」
「それじゃ、看護交代じゃ。わしは近くの村の郵便屋に行ってくるからの」
「郵便屋さんですか?」
「そうじゃ、孫娘のニイナに特効薬の手順書を届けるのじゃ」
「あの、孫娘さんに手順書を届けてどうするんです?」
そういうシェルリに、リドは誇らしげに顎を触りながら言った。
「お前さんには言っとらんかったが、わしの孫のニイナは薬師なんじゃ。しかも、ただの薬師ではない。流石はわしの孫娘、去年、薬学院を首席で卒業しおった」
顔をほころばせて孫娘を自慢していたリドは、急に怖いくらいの真顔になった。
「ミースを助ける為には、今すぐにでも特効薬を完成させる必要がある。今の状況ではニイナに頼るしかあるまい」
シェルリは見知らぬニイナに対して、心が温かくなるような近親感が涌いた。薬学院を首席で卒業したニイナと、薬学院の教員であった母アリア、その二人の間には通じるものがあり、シェルリに母が近くにいて助けてくれるような頼もしさと安心感を与えてくれた。
「幸い、ニイナはすぐ近くのレインブルグに住んでおる。郵便屋に無理を言えば、今日中に手紙が届くじゃろう。後はミースの看護をしながら待つしかないのう」
それから二人は交代でミースの看護を続けた。
手紙を出してから二日後の朝に、ミースの症状がさらに進行して、昏睡状態に陥ると同時に耳からの出血が始まった。鼓膜の手前、外耳からの出血である。細い棒の先に綿を付けて麺棒を作り、それで耳の中の血をふき取るのは根気のいる仕事だった。交代の看護でも老人と少女の疲労は蓄積されていく。そんな中で、夜になって封筒が届いた。宛名にはニイナ・エインの名前が書いてあった。返信が早すぎるので、シェルリは心配になった。特効薬の作成は無理だった、そういう内容の手紙だとしか思えなかった。
シェルリは怖くて封筒に手を出さなかった。代わりにリドが封を切って中の手紙を読んだ。すると、リドは眉をあげて瞳を大きく見開き、次第に顔が喜色に染まっていった。
「シェルリ、読んでみい」
シェルリが手紙の文に視線と落とす。手紙にはこう書いてあった。
――墳血症の特効薬を作っていた人がいたなんて驚きだ、これを考えた人は本当の天才だよ! 実はわたしも特効薬の作成に取り組んでいた。症状を抑制するところまではいったんだけれど、治すとなるとこれが難しい。でも、送られてきた手順書と材料を見てピンと来たね。なるほど、これで特効薬が完成するのか! ってね。重要なのは青黴のエキスとそしてフロージアの実、この二つが墳血症の病原体を殺す。後その他もろもろの薬草類は患者の体力増強と抵抗力向上の為に必要だ。薬で病原体を殺すと同時に患者の体力を回復させて自身の抵抗力でも病原体を殺す。双方向から攻撃して病原体を殲滅するのがこの特効薬のコンセプトなんだ。調合の際に注意が必要なのは七種類の毒薬だね。何と、この薬には毒薬が七種類も入っている! これらはごく少量だと良薬になるんだ。分量を間違えると患者を殺す薬になるから注意しなよ! そのうち六種類はわたしも使った事があるから分量はすぐに分かった。後一つ、食べると心臓麻痺を起して死んでしまうエリスグリの実の分量だけがまだ分からない。こちらでも引き続き調べるけど、そっちも協力してほしい。
手紙が与えてくれた希望が光となり、少女の心の闇を払拭していく。シェルリは手紙を読み終わると、それを胸に抱いてニイナに深く感謝した。その目には涙が浮かんでいた。封筒には特効薬の完成までもう一歩の手順書が同封されていた。
「完成まであともう一歩とは、さすがはわしの孫娘だ。しかし、そのあと一歩がやっかいそうじゃのう。せめて薬の見た目だけでも分かるといいのじゃが」
リドが言うと、シェルリはあっと声を出して、右の耳にある母から貰ったイヤリングを触った。いままでミースの看病に必死なあまりにその存在を忘れていた。
「このイヤリング、お母さんから貰ったんです! この中に特効薬が入っているんです!」
「何じゃと! ちょっと見せてみい!」
リドはシェルリから受け取ったイヤリングを掌に載せて凝視した。青い液体の入ったクリスタルが皺だらけの手の上で輝きを放っていた。リドは目を大きく開けて沈黙した。静けさの中に、森の中を吹き抜ける突風が窓を叩く音が混じった。やがてリドは嬉しくなって奇声をあげた。
「おほ、特効薬はこんなに綺麗な青い色をしておるのか! それが分かっただけでも大きいぞ!」
それからリドはシェルリにイヤリングを返すと言った。
「ミースはわしが看ておるから、おぬしは特効薬を作れ。これからが正念場じゃぞ!」
「はい、わたし直ぐに取り掛かります!」
掴んだ希望がシェルリとリドに看病の疲労を忘れさせ、精気を与えた。これでミースを助けられる、シェルリは意気揚々と心を弾ませて特効薬の作成にとりかかった。しかし、リドは正念場だと言った。シェルリは思い知る事になる、そんな一つの言葉などでは到底表せない苦難の来襲を。
ニイナのくれたレシピ通りにやっても、特効薬を完成前まで仕上げるのに丸一日が要された。慣れていれば半日もかからない作業だが、シェルリは調薬の経験が浅かったので時間がかかってしまった。そこまでは、まだどうという事はなかった。
シェルリはビーカー一杯の完成直前の特効薬を試験管に少しずつ取り出し、エリスグリの実から抽出したエキスを加えていった。完成前の特効薬の色は透明感のある緑に近い色なのだが、エリスグリを加えると青く変色する。シェルリは母が特効薬を作る所を見ていたので、以前にこの変化を目の当たりにしていた。この時になって、母が特効薬の仕上げに加えていたのがエリスグリだと知った。
シェルリがやると、アリアのようにはいかなかった。青色が濃すぎたり、薬が白く濁ったりしてしまう。ほんの少しずつエリスグリの量を調節して、試験管の薬に加えては失敗し、失敗したエリスグリの量を書き記す。その作業を何十回と繰り返した。集中力と慎重さを必要とする作業にシェルリの精神は削られ、ミースの看病で蓄積されていた疲労が一気に襲ってくる。それでもシェルリは霞む目を擦りながら作業を続けた。そのうちに、恐ろしいものがシェルリを襲った。
「これも駄目……」
シェルリは試験管の中にある少し濁った青い薬を見ながらため息をついた。その時に、じっと試験管を見つめていた目がかすんだ。
「う、また、何なのこれ……寒気もするし……」
加えて理由のわからない倦怠感もあった。
「こんな時に風邪なんて……」
シェルリがそう口にした次の瞬間、少女の脳裏を電撃のように閃きが走り、同時に恐怖が襲った。
「違う、風邪じゃないわ、ミースの墳血症がうつったんだ…………」
それは明らかに墳血症の初期症状だった。ミースを助けたいという思いが色あせる程に、シェルリは恐ろしくなって身を震わせた。特効薬が完成しなければ、ミースはおろか、シェルリまで死ぬことになる。一四歳の少女にはあまりにも酷な現実だった。それでもシェルリは手を震わせながら特効薬の調合に挑み続けた。
ロディス城の一室で副将軍ルインは報告を聞いていた。
「詮索の手をレインブルグ周辺の森にまで広げていますが、未だ手がかりすら掴めません」
その内容は何度となく聞いたもので、騎士団はレインブルグをくまなく探してもシェルリを見つけられなかった。シェルリが男と一緒にレインブルグに逃げ込んだという確かな情報があったので、騎士たちは一様におかしいと首を捻っていた。その中でただ一人、ルインだけは真実に気づき始めた。
「アリアの娘はレインブルグにはいないのではないか?」
「しかし、馬に乗った何者かがレインブルグに逃げ込んだのは確かなようです。馬には男と少女が乗っていたという話ですが……」
報告に来ていた騎士が言うと、ルインは組んだ手の上に顎を置いて騎士を見据えた。
「少女の姿を見た者はいるのか?」
「はい、少女は男の前に乗っていて全身が白いマントで隠されていたようです」
「マントの中に少女がいたという保証はない。男が我々をだます為に適当な物を抱き込んでいたのかもしれん」
ルインはそう言って少し考えた後に立ち上がり、感情のこもらない冷たく響くような声で言った。
「いや、そのように考えた方がよさそうだ。レインブルグの捜索はもう良い、レインブルグの周辺で人が逃げ込めそうな村を当たれ、点在する山小屋や家屋なども調査しろ」
一人の騎士がルインの命令を受けてレインブルグに向かった。過酷な運命の魔手が、シェルリを捕えようとその恐ろしい手を伸ばそうとしていた。
ルインはシェルリ捜索に関する新たな展開を宰相に報告する為に城内を早足で歩いていた。その時に、ルナリオンが前からやってきた。彼女は立ち止まり横に避けた。それは目上の者に対して行う行動で、ルナリオンはルインを自分よりも上と認めてそうしていた。ルインは買い付ける宝石を真剣に見定める商人のように鋭い光をもってルナリオンを見て足を止めた。
「何もそのようにかしこまる事はあるまい。むしろ立場としては貴方の方が上ではありませんか」
「それは違います。わくしの近衛騎士隊長の名はお飾りですし、わたくしなんて王子の側にいるだけの存在です。一国の為に働く貴方様には遠く及びませんわ」
ルナリオンが目を伏せて言うと、ルインは何も言わずに歩き去ったが、またすぐに立ち止まってルナリオンに背中を見せたまま抑揚のない声で言った。
「果たして本当にそうなのかな?」
ルインはそう言うのと同時に、腰の剣に手を付けて抜き、刀身を半分ほど見せた。その時に放たれた凄まじい殺気に、ルナリオンは相手が斬りかかってくる幻影を見てはっと息を詰まらせ、反射的に二本のショートソードに手を伸ばしていた。それはほんの一瞬の出来事だった。
「貴方の位置からでは、わたしが剣を抜いている姿は見えないはずだ。殺気だけを素早くに感じ取ったな。その上、迎撃の体制まで整えるとは恐れ入った。今の瞬間、わたしが不意に斬りかかったとしても、貴方を倒す事は出来なかっただろう」
ルインは剣を元の鞘に納めると歩き出した。
「ルナリオン・シェローテ、貴方がただのお飾りではないという事が分かった」
ルナリオンはルインが石廊の角を曲がるまで、彼の背中を呆然と見つめていた。そしてその姿が見えなくなると、脱力して後ろの壁に体を預けていた。
「やられました……」
ルナリオンは、ルインと言う男の恐ろしさを垣間見た。
「何と言う事でしょうか。あの人は、宰相も比較にならないほど恐ろしい」
ルナリオンはすぐに王子の所に向かった。エリオは自分の部屋にはおらず、中庭で椅子を揺らしながら青空を見て呆けていた。ルナリオンがそこに来ると、エリオは彼女の様子に異常があるのを受け取って、愚か者を呈しながらも表情にだけ知性を戻した。
ルナリオンは他愛のない話をしている風を装いつつ、今起こったことを有りのままに伝えた。するとエリオは何も気にするなと、微笑さえ浮かべて余裕を見せた。
「君の正体がばれたとしても、問題はないよ。ルインがどんなに卓越した頭脳をもっていようと、僕に辿り着く事は出来ない。僕にはその自信がある」
王子がそう言うのならと、ルナリオンは心を落ち着ける事が出来た。それに、もし何かがあって王子が破滅する時は、自分も共に破滅するのだ。ルナリオンはそう覚悟を決めている。彼女はそれを思い出した時、ルインに対して抱いていた恐ろしさを克服した。
ルインの命令により詮索の範囲がレインブルグからその周辺に変わった。それはシェルリを守る側にとっては危惧すべき事態だった。
密かに裏で動いていたグラニドは、夜中に王子の寝所を訪れていた。その時、エリオは小さな蝋燭の炎を頼りに本を読み、勉学に励んでいた。グラニドが入ってくるとエリオは本を閉じてから彼の前に立った。グラニドは王子の前で片膝をついて低頭すると言った。
「王子、別れを告げに参りました」
「グラニド将軍、君には感謝しているよ。君が裏で動いてくれなければ、アリア・フェローナを速やかに保護する事は出来なかっただろう。そして、これからは……」
「もはや言葉は要りませぬ、これはわたし自身が決めた事です。あの少女は娘の命を救ってくれた。だから助けに行くのです」
「わかったよ、グラニド将軍」
「王子、娘の事だけはくれぐれもお願い致します」
「それは僕が全て引き受ける、だから安心して行ってくれ」
グラニドは立ち上がって出口の前まで来ると、これが本当の別れと言うように最後に一礼して出ていった。




