希望をつなぐ命の薬 6
城の中庭では王国騎士と近衛騎士が激しく剣を合わせていた。王国騎士の方が数が多く、近衛騎士達はアリアに近づくことができなかった。既に斬首台は用意されていて、アリアはその近くにいた。
「貴様ら何を考えておる! この女は既に処刑が決まっているのだぞ! それを助ける為に、このわしに牙をむいてくるとは!」
ディオニスは近衛騎士達に向かって喚いていた。近衛騎士団はエリオの命令によって動いている。彼らはアリアに手を出す者があれば、それが誰であろうと戦うようにと言われていた。ほとんどの近衛騎士は、王子の頭がおかしいと思っていたので話半分に聞いていたが、いざその時になると、ルナリオンの命令の元で王家の者に対して忠実に働いていた。
剣舞う響音の中で、レイスレイは冷徹に言った。
「宰相殿、早くアリアを処刑してしまいなさい」
「わかっておるわ!」
すぐにディオニスは騎士達に命令を下した。
「その女を速やかに処刑せよ!」
アリアは斬首台の上に引きずり上げられ、頭を押さえつけられる。これからギロチンの刃の下へと頭を持っていかれようという体勢になった。
「ここまでのようですね……シェルリ……」
最後と思ってアリアが娘の名を口にしたときであった。
「お母さん! お母さん!」
シェルリが中庭に飛び込んできた。そして、戦う騎士達の間をすり抜けて、一気にアリアの元に駆け込んでいく。突然の事だったので、騎士達はシェルリを止める事ができなかった。
「お母さん!」
「シェルリ!?」
絶望的な状況の中で、母娘は再会を果たして抱き合った。
「お母さん、会いたかったよう」
「お前、こんな所に来ては駄目じゃないの……」
ディオニスは訳がわからず、渋い顔で母娘の事を見ていた。その時、シェルリの下げていた鞄に目がいった。
「まさか、こいつ薬売りか!!?」
今まで捉える事が出来なかった薬売りがディオニスの目の前にいた。しかもこれから死刑になる母親と抱き合っている。ディオニスにはどうしてシェルリが目の前にいるのかなど考えている余裕はなかった。ただ、面倒事が一度に片付けられる状況に喜悦し笑みを浮べた。
「こいつらを早く射殺せ! 首は後でも斬れる、まずは二人とも殺すんだ!」
宰相の命令を受けて、周りにいた騎士達が母娘に向かって弓を向ける。アリアはシェルリを抱き寄せ、娘を騎士達から隠すようにして庇った。ディオニスが次の命令を下した瞬間に矢が放たれる。しかしその前に、アリアとシェルリの前に一人の男が躍り出た。人並み外れた跳躍力と素早さで割り込んできたので、一瞬の間、騎士達にはそれが誰なのか分からなかった。
シェルリ達を背にしに、剣を斜に構える雄々しき青年の姿に、騎士達は驚愕して弓を下げ、ディオニスはそれが誰か分かると狼狽した。
「お、王子!!? 何をしているのか!!?」
「お前達、前に言っただろう。その綺麗な女は僕のものだ、手出しはさせないぞ」
エリオは普段の稚拙で子供じみた口調と態度をもって周りの騎士と宰相を威嚇する。
いきなりエリオに邪魔されてディオニスは目を白黒させていたが、すぐに強気の態度に戻った。
「王子、そこをどきなさい! その女は罪人だ、ここで処刑するのだ!」
「嫌だ! 僕の物だぞ、おまえたちはあっちへ行け!」
さらにエリオは、ちらとシェルリの事を見て言った。
「その子の事は知らないけど、可愛いから僕の物にする」
シェルリはエリオが阿呆を演じている事は重々承知していたが、それでも憧れの王子からそんな事を言われると、顔が紅潮して胸が熱くなってしまった。
ディオニスの方は我慢の限界に達した。彼は目の前にいるのは王子ではなく、阿呆の小僧としか思っていなかった。
「ええい!! かまわん、弓を構えろ!!」
宰相の命令に騎士達は顔を見合わせる。
「王子を脅して引かせるのだ! 早くせんか!」
騎士達は命令に従って弓を構えて王子に向けた。
「王子、お退きなさい! こんな所で死にたくはないでしょう!」
自分に弓が向けられた瞬間、エリオの目が光った。そこにいるのは知恵遅れの小僧ではなく、国を憂い民を重んじる誇り高き一国の王子であった。
「弓を向けたな! ディオニス、この僕に弓を向けたな!!」
エリオの凄まじい気迫に、ディオニスも周りにいた騎士達も圧倒された。何がどうなっているのか、彼らにはまったく訳が分からなかった。
「お前達分かっているのか、王族への反逆は死罪に値する。その弓で僕を射ると言うのなら、その前にその者の胸をこの剣が貫くであろう」
騎士達は慌てて弓を下げる。エリオの言う事は嘘ではなかった。騎士達には分かった、エリオの剣を構える姿から、相当に腕が立つという事が。
ディオニスは再び狼狽する。自分にとって恐ろしい事が起こっていると肌で感じていた。
「おい、何をしている、王子の言う事を真に受けるな!?」
「この者を捕えよ! 王族への反逆罪だ!」
エリオのはっきりとした声が城内に響き渡る。周りで戦っていた王国騎士と近衛騎士は、いつの間にか争いを止めて王子と宰相のやり取りを静観していた。
「貴様ら! 本気でわしを捉える気ではあるまいな! ああん!! こんな阿呆の小僧の言う事を間に受けてわしを投獄などした日には、家族もろとも皆殺しにしてくれるぞ!!」
エリオに命令された王国騎士達は、どうして良いのか分からずにまごついていた。
「これは何の騒ぎだ?」
ルインが部下を引き連れて中庭に現れた。彼は宰相には付いてゆかず、薬王局の外にいた部下と合流した後、ルーテシアの許しを得て道を開けてもらい、城門から城へと帰還したのだ。
「おお、ルイン将軍! 乱心じゃ、王子が乱心したのだ!」
ディオニスが騒ぎ立てると、ルインは真っ直ぐにエリオを見据えた。
「ルイン将軍、丁度良い所に来た。その男は僕に弓を向けた、王族への反逆罪で即刻捕えよ」
「……その男を牢に入れろ」
ルインはディオニスを差し、当然のように部下に命令した。
「貴様、何を考えておる!!? こんな馬鹿の言う事を信じるのか!!?」
「それ以上は止めておいた方がいいでしょう、王族への侮辱罪も加わり更に罪が重くなりますぞ、ディオニス・クロノード」
もうルインの中では、ディオニスは宰相ではなく、ただの一人の男になっていた。
ルインの部下たちは速やかにディオニスの両腕を後ろに回して両手を縛り上げる。
「貴様ら、何をしているのか分かっているのか!! この国を動かしてきたのはわしだ! その馬鹿にわしの代わりが出来ると思うのか!!」
「愚か者め、まだ分からないのか!」
ルインの一喝でディオニスはあっさりその口を閉ざす。
「わたしは王子を見紛う事なき一国の主とお見受けいたしました。何故今まであのような態度をお取りになってきたのか、その答えはこの男にある」
ここに至っても、ディオニスはまだ真相を理解していなかった。だが、次のエリオの一言が全てを明らかにした。
「ディオニス!! 十年前の王妃毒殺の疑いでよく吟味してやる、覚悟をしておけ!!」
ディオニスの顔が見る間に蒼白に変わり、今まで権力をほしいままにし、悪逆の限りを尽くしてきた男は耐え切れなくなって発狂した。それは悲鳴というよりは、あらゆる絶望の感情によって発せられた、おぞましく奇妙な叫び声だった。全てを失った男は、その叫びの後に白目をむいて気を失った。
ディオニスが倒れると、エリオはレイスレイに近づいた。
「後は君の処遇を決めなければならないな」
「……生き恥を晒したくはありません。一思いにこの場で処刑して頂きたい」
「それは駄目だ、君には生きて自らが犯した罪を償ってもらう。薬王局長の地位とメディカルマイスターの称号を剥奪し、放逐とする」
エリオから裁定を下されたレイスレイは、無表情で一礼し、その場から去った。
城を出たレイスレイは、しばらく歩いてから振り返った。彼の瞳に映ったのは、雨上がりの陽光が降り注ぐ光り輝く王城だった。それはまるで、王国の闇は晴れたと言わんばかりの姿であった。
希望をつなぐ命の薬・・・終わり




