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フロスブルグの薬売り  作者: 李音
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    希望をつなぐ命の薬 5

 一方、ディオニスは騎士達が急に戦意を無くした意味が分からずに喚いた。

「なにをしておる貴様ら!? 早くあの小娘を殺さんか!?」

「ディオニス様、我々は敗北したのです。この上は城に戻り、国民に対し、誠意をもって謝罪するのが最良でしょう」

 ルインが言うと、ディオニスは驚きを呈した後に、狂った人間を見るような顔になった。

「貴様、それはどういう意味だ!? あの小娘の言う事を認めろとでも言うのか!?」

「まだお分かりになっていないのですか、あなたは民衆の前で自ら罪を認めたのですよ」

 そう言ったのはレイスレイだった。それを聞いたディオニスは、まるで簡単な計算問題が分からない子供のような顔をしていた。それに対しレイスレイは、静かだが相手を叩きのめすような容赦のない意思を込めた言葉をぶつけた。

「いいですか宰相殿、あなたはルーテシア嬢をロディス中の民衆が見ている前で攻撃したのです。しかも相手は武器も持っていない無抵抗の状態、人々はこれをどう見るでしょうか。少し考えれば分かるでしょう」

「な、なんだ、一体なんだと言うのだ、もったいぶらずに教えんか!!」

 レイスレイは、ディオニスのあまりの物わかりの悪さに深く溜息を吐いた後に答えた。

「ルーテシア嬢の言っている事が本当なのだと、人々は認識したでしょう。彼女の言っている事が本当だからこそ殺そうとした、そう考えるのが自然です。ルーテシア嬢の言っている事が真実か否かなど関係ありません、あなたがルーテシア嬢に攻撃を仕掛けた事が全てを決定付けたのです」

 ディオニスはようやく事の重大さを理解してきて、急激に顔が青ざめた。そして、次のレイスレイの一言で絶望のどん底に突き落とされた。

「宰相殿、貴方はルーテシア嬢の策に嵌ったのです」

 ルーテシアがある程度真実を掴んでいたのは確かだったが、それは重要な事ではなかった。その真実を宰相に認めさせる必要があった。その為に私兵に武器を持たせなかった事が効果的に働いた。ルーテシアは全て計算していたのだ。

 騎士達が自ら負けを認めたのは、ルーテシアの姿に胸を打たれ、騎士道に反する行為に耐えられなくなったからであった。

 ようやく事態の全てを理解したディオニスは、急に気味の悪い笑いを浮べる。

「それが何だと言うのだ、わしは何も知らんぞ。あの娘を射たのは無礼だからであって、それ以外の理由はない。特効薬の事は全ては貴様から始まった事だ!」

 ディオニスはチェスでキングでも取ったような得意さでレイスレイを指さす。

「なるほど、わたしに全ての罪をかぶせて逃げるのですね」

「わしに罪などない! すべては貴様の一存で行った事ではないか!」

 まくしたてるディオニスにレイスレイは失笑した。

「何がおかしい!!」

「全て予想通りです。いざとなれば貴方がそのような行動に出る事は分かっていました。宰相殿、わたしを甘く見過ぎですよ」

 レイスレイは人差し指で眼鏡の位置を整える。レンズの奥から宰相を見る目は、まるでゴミクズでも見るような蔑みがある。彼にとってはディオニスなど下らない人間でしかなかった。

 ディオニスはレイスレイの奥に潜む凄みに圧倒されて閉口し、頬に冷や汗が流れた。

「貴方の思うようになさるがいいでしょう。正し、わたしを罪人に仕立て上げたその時、わたしの持っている証拠が全て明るみに出るようになっています、それはお忘れなく」

「な、なんだそれは!? 証拠とは何だ!?」

「貴方が今まで行ってきた不正の証拠ですよ。もちろん、今回の特効薬に関する証拠も含まれています」

「そ、そんな脅しが通じると思っているのか!?」

「余り笑わせないで頂きたい、わたしがそんな下らない脅しをかけるとお思いか。貴方に成り代わりたい者などこの国にはいくらでもいるのですよ。不正の証拠が挙がれば、正義を振りかざして貴方を追い落としにかかる者が現れるでしょう。しかも宰相殿に対する民衆の信用は失墜している。今なら貴方を消す事なぞ造作もない」

 ディオニスは先ほどの威勢の良さから急転直下して、顔を引くつかせて今にも泣きそうな子供のような顔になっていた。そこにレイスレイは止めを刺した。

「ああ、そうそう、十年前の件も調べ上げてありますので」

 それを間近で聞いていたルインは怪訝な表情を浮かべ、ディオニスはまるで今にも死にそうな顔をして口をぱくつかせた。

「宰相殿、自分だけ逃げようなどと考えない事です。ここまで来たら一蓮托生(いちれんたくしょう)ですよ」

「……ど、どうするつもりだ、この状況を」

 ディオニスはようやっと喉奥から声を絞り出した。彼はもはやこれだけ言うのが精一杯という程に憔悴していた。

「まだ手はあります、人々の怒りを再び城に向けさせればいい。特効薬の作成者を殺し、その首を城門に晒すのです」

 レイスレイが平然として言うと、ディオニスはこの男が恐ろしくなってきた。

「……お前、こんな状況でよく冷静にそんな事を考えられるな。お前は特効薬を創った女の教え子だと聞いているぞ」

「それが何か? わたしは邪魔なものは排除するし、利用できるものは利用する、それだけですよ」

「……だが、どうやって城に行くのだ、外は万の民衆に囲まれているのだぞ」

「ご心配なく、薬王局には城に続く地下通路があります。それを使えば良い」

「城に続く地下通路だと!? そんな事は初めて聞いたぞ!?」

「非常用の通路ですよ。知っているのは薬王局でもごく一部の者だけです、王家の者ですら知らない事です」

「馬鹿な、そんな事が……」

「それだけ薬王局の権威が強いという事です」

「と、とにかく、その通路を使って城に行くぞ、もうそれしかあるまい」

 それからディオニスとレイスレイは、可能な限り多くの王国騎士を引き連れて地下から城へと向かった。


 雨が上がり雲間から差した光が、城へ続く道を照らし出した。シェルリはぬかるんだ道を足を泥まみれにしながら歩いていた。そのはるか先には城の姿が小さく見えている。

「もう少し、もう少しで……」

 シェルリは心を躍らせ、歩きから小走りになった。彼女が持つ鞄の底にはたった一つ残された特効薬が揺れていた。


 ロディス城の地下では突然現れた王国騎士団が近衛騎士団を襲い、アリアを守っていた近衛騎士達は全滅していた。いくら近衛騎士の腕が立つと言っても、味方にいきなり襲われてはひとたまりもなかった。

「早くあの女を探せ! 地下牢にいるはずだ!」

 ディオニスにまくしたてられて王国騎士達は牢の中を探したが誰もいなかった。それからしらみつぶしに探していくと、アリアは地下牢から近い部屋にいるのを発見された。

「いました、ここです!」

 アリアを見つけた騎士が叫ぶと、後からディオニスとレイスレイも部屋に踏み込んできた。

「あなた方は……」

 アリアはその部屋で薬を作っていた。レイスレイはそれを見て不信を抱いた。

「宰相殿、何かおかしい、何故この女はこんな所で薬を作っているのだ?」

「知るか!! そんな事はどうでもいいわ!!」

 焦っていたディオニスは、レイスレイの言う事に耳を貸さずに、騎士達に命令した。

「この女を中庭に引っ立てい! 斬首台を用意して、すぐに首を斬れ!」

 アリアは騎士達に中庭へと連れて行かれた。


 この時、エリオは城門側の一室の窓から外を見ていた。暴徒が引いて薬王局に向った事は伝えられていたが、念のために外を警戒していたのだ。そして、エリオは城に近づいてくる少女の姿に気づいた。遠すぎてそれが誰か見分ける事は不可能だったが、エリオにはその少女がシェルリだという事が分かった。彼はシェルリが自分に会いに来たのだと確信し、部屋を出て城門へと急いだ。エリオはこのままではシェルリが危ないと思った。何故なら近衛騎士以外の全ての者は、ディオニスに掌握されていたからだ。


 シェルリは息を弾ませながら、ようやく城門へとたどり着いた。息を少し整えてから、不審そうにこちらを見ている二人の門番の片方にシェルリは近づいて言った。

「あの、王様がご病気だと聞いて、お薬を持ってきました」

 シェルリは鞄の底に残った最後の特効薬を門番に見せて微笑した。自分は精一杯やれるだけの事はやり切った、そう言う安堵と喜びが少女の笑顔の中にはあった。

「墳血症の特効薬です、これで王様のご病気は治るはずです」

「……そうか」

 門番はその一言と同時に剣を抜いて振り上げた。ディオニスの配下にとって薬売りは罪人であり、断罪の対象でしかなかった。シェルリは呆然と門番の剣を見上げていた。彼女には目の前の光景が、まるで現実ではないように思えた。その剣が自分に向けられているとも、このままでは殺されるとも思わなかった。今まであった悲しい事が一度に思い出され、これで辛い事も悲しい事も全て終わる、そういう思いで胸がいっぱいになった。剣が振り下ろされた瞬間、シェルリは目を閉じて死に触れようとした。

 シェルリに剣が届く寸前の所で、シェルリを殺そうとした衛兵の腕にすさまじ衝撃が走った。まるで腕が粉々に砕かれるかのような途轍もない威力だった。弾き飛ばされた衛兵の剣は、頑丈な城壁の石に突き刺さった。衛兵は激しく痛む腕を押さえながら、目の前で剣を構える者の姿に驚愕した。

「お、王子!!?」

 衛兵の声を聞いて、シェルリははっとして目蓋をあげた。目の前でエリオがシェルリの事を見つめていた。

「王子様?」

 シェルリが呆けていると、エリオは表情を厳しくして少女の細い肩を掴んだ。

「何をしているんだ! 君は今、命を投げ捨てようとしたんだぞ!!」

 エリオが本気で自分を心配し、怒っているのが嬉しくて、シェルリの瞳から涙が零れていく。

「わたし、王子様に喜んで頂きたかったんです。それだけを思ってここまで来ました」

「シェルリ……」

 エリオはシェルリの事を強く抱きしめた。シェルリは王子の温もりを直接肌に感じながら、余りにも非現実的な状況に、自分は本当は殺されていて、死後の世界で幻でも見ているのかもしれないと思っていた。

「王子大変です! 王国騎士団がいきなり現れてアリア様を奪われてしましました!」

 ルナリオンが現れた事で、シェルリは現実に舞い戻った。

「王国騎士団が現れただって? 城門からは誰も入っていないぞ」

「彼らがどこから来たのかは分かりませんが、アリア様を中庭で処刑しようとしています。部下たちを向かわせていますが、抵抗が激しいようです」

「お母さん!!」

 シェルリはアリアが処刑されると聞くと、何も考えられなくなって、いきなり走り出して城の中に入っていった。

「待つんだシェルリ!」

 エリオはその後を追った。

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