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フロスブルグの薬売り  作者: 李音
27/32

    希望をつなぐ命の薬 3

 ヴァ―ミリオン騎士団の司令官リチャード、彼は長めの金髪を後ろで纏めていて、体も屈強で目つきも鋭いが、どこか砕けた空気を持っていた。燻銀の鎧や剣を身に着けていなければ、美丈夫の遊び人とでもいうような風体である。実際、女好きで少々軽い性格なのだが、この時ばかりは厳格な面立ちで主の前に出てきて報告していた。

「ルーテシア様、民衆の間で暴動が起こりました」

「そうですか。民衆はどこに向かっていますか?」

「ロディス城です」

「やはりそうなりますか、規模はどの程度なのかしら?」

「今は数千人程ですが、放って置けばどんどん増えていくでしょうな」

 ルーテシアは腰の細剣を外して壁に立てかけると言った。

「今ならまだ止められます」

「は? 止めるって、どうするおつもりですか?」

「先回りするのです。リチャード、貴方も騎士団を連れて後から来なさい。武器は持たず、盾だけ携帯するように」

「盾だけとはどういう事ですか?」

「説明をしている暇はありません。とにかくこれは命令です、絶対順守するように」

 ルーテシアは赤いショートマントをひるがえし、リチャードに止める間も与えず走り出した。

「ちょ、ちょっとお嬢様!?」

 それからすぐに屋敷の後ろの方から馬の嘶きが聞こえ、馬に乗って長い屋敷の通路を走って行くルーテシアの姿が窓から見えた。

「おいおい、冗談じゃないぞ!?」

 リチャードが後を追おうと外に出ると、ちょうど出入り口のところに部下の一人がいた。

「おい、他の奴らに伝えろ。お嬢様を追ってロディスに向かう民衆の先回りをする。装備していいのは盾だけだ、追いつける者だけ来ればいい!」

 リチャードは部下の返事も聞かずに、自分も馬に乗って飛び出した。


 民衆の暴動は薬王局にも伝わっていた。薬王局長レイスレイは、薬王局の高い建物の最上階から街を見下していた。

「お触れを薬王局の名で出していたら、民衆はこちらに向かってきていたな……」

 王族と遜色ない権力を保持する薬王局ならば、王宮からではなく薬王局からお触れを出す事も可能であった。そうしなかったのは、ディオニスからの進言があったからだった。

 ――宰相は暴動が起こる事を予想していたのか、それともたまたまそうなったものなのか……?

 レイスレイが考えていると、ノックもせずにいきなり何者かが入って来た。

「ここは相変わらず良い眺めだのう」

 無遠慮にそう言ったのはディオニスだった。

「……宰相、何故ここに?」

「細かい事は気にするでない」

「街では暴動が起こり、暴徒は城に向かっているという話です、こんな所にいてよろしいのですか?」

「たまたま近くにいたから、ここに避難してきただけだ」

 ディオニスは平然と言い放った。それから間もなく、誰かが局長室の扉を叩いた。

「入れ」

 ディオニスがまるで薬王局の主かのように言うと、ルインが姿を現した。

「ご命令通り、薬王局の前に騎士達を集結させてあります」

「おお、ご苦労であった」

「本当にこれでよろしいのですか? 城には暴徒が向かっているようですが……」

 そう言うルインを、ディオニスは煙たそうに見て、如何にも面倒というような態度で言った。

「よいよい、騎士団の殆どが地方に遠征中だ、今の兵力ではここを守るのが手一杯だ。それに、城には近衛騎士団がおるから問題なかろう。何があるかわからんから、お前たちはわしの警護をしておれ。後、念のために弓隊をこの下の階に配置しておけ」

「……御意」

 さすがのルインもディオニスの言う事に大きな抵抗があった。近衛騎士団は選りすぐりとは言え、百人程度しかいないのだ、何千何万という暴徒を防げるわけはない。城には重病の王と、知恵遅れの王子もいる。しかし、実質的な権力を持っている宰相がそう言うので、何か考えがあるのだろうと深読みしてルインは引き下がった。

 一方、レイスレイはディオニスの意図を完全に理解して、その悪辣さに侮蔑の念を禁じえなかった。

 ――民心を利用して近衛騎士団を潰すつもりか。そうなれば王家を守る者はなにもなくなる。王や王子になにかがあっても、権力を握る宰相ならば代わりを用意するのは容易い。いずれにせよ、宰相の思惑通りになるというわけか。

 ディオニスは暴動が起こる事をある程度は予測していたのだ。王宮からお触れを出していたのは、民衆の怒りを城に向けさせる為だった。

 この時、薬王局の窓から見える灰色の雲の向こうが明るくなり、陽光の気配が強くなっていた。


 民衆の暴動はエリオの元にもいち早く伝えられていた。数千という人々が一体となったうねりは、確実に城に近づいていた。

 近衛騎士団の一人がルナリオンにどうすべきか問うと、彼女は部下に一切武器を持たずに城を守るようにと言った。当然反発があった。

「それはどういう意味ですか!?」

「民衆を傷つけてはなりません。ですから、武器を持つなと言うのです」

「我々に死ねと言うのですか!?」

 ルナリオンの部下はとても承服できないという顔をしていた。すると、ルナリオンはいきなり激昂した。

「その通りです! 命を捨てる覚悟をなさい! 民衆を傷つけずに城を守るにはそれしかありません!」

 ルナリオンはいつも大人しく温厚で、怒った姿など誰も見なことがなかった。それだけに怒鳴られた部下は強く殴られたような衝撃を受けて、思わず背筋を正していた。

「命を捨てる覚悟のない者は、今すぐ近衛騎士団から出ていくように通達して下さい。覚悟のある者だけ残ってくれれば良いのです」

「はっ!」

 部下が走り去ると、ルナリオンはすぐに王子の元にはせ参じた。エリオは城の正面に位置する部屋から城門から街へ続く道を見つめていた。

「王子、参りました」

「ルナリオンか」

「申し訳ありません、してやられました」

「これは僕の責任だ、ディオニスの意図に気づく事ができなかった。奴は暴動が起こる事まで予測していたようだ、王国騎士団が戻ってくる様子もない」

「王子は必ず近衛騎士団がお守りいたします」

 エリオはルナリオンに振り向くと、否定するように首を横に振った。

「僕の事はどうでもいい。真実が分からずに、ここに向かっている民衆が不憫でならない。それにシェルリ、あの子は今どんな思いを抱いているのだろうか、それを考えると胸が痛いな」

「王子……」

「ルナリオン、民衆がここへきたら、僕は本当の姿を見せるるよ、この局面を乗り切る方法はそれしかない」

「それではディオニスに王子の正体を知られてしまいます。今まで何のために王子が屈辱に耐えて来たのか……」

 いつかディオニスを倒す機会を得るために、エリオは十年も阿呆のふりを続けてきたのだ。暴徒が城に来たならば、その十年という歳月が無駄になる。しかも、ディオニスが近衛騎士団潰しの為に仕組んだ罠によって、そういう事態が起ころうとしている。ルナリオンは余りの悔しさと無念さに涙を浮かべた。


 民衆の流れは街の中央通まで来ていた。彼らの先に続くのは、王城へ至る道だ。シェルリもその中にいた。暴動を止めるのが不可能なら、いざとなったらその身を犠牲にしてでも王子を守るつもりでいた。

暴動の集団の先頭が街の中央にさしかかったその時、前から馬に乗ったルーテシアが疾駆して来た。彼女は民衆の前に立ち塞がって言った。

「止まりなさい!!」

 馬上の少女は集団の後方からも良く見えた。さらに少女の後から次々と騎馬が現れて、見る間に三百騎程が少女の後方で整列して銀の盾を前に構える。民衆の行進は止まらざるを得なかった。人々の感情が膨れ上がるのを、ルーテシアは肌を通して感じていた。

「貴族の軍隊だ!」

「王国の犬め! お前達も我々から薬を奪おうと言うのか!」

「我々の命を奪おうとしているのは悪魔の病ではない、軍隊だ!」

「断固として進め!!」

 民衆が気炎を上げる。今にも目の前の騎士団に襲いかかるか分からない状態だった。

「聞きなさい!!! 我々はあなた方の味方です!!!」

 ルーテシアの声は民衆の気炎を打ち破り、凛とした響きは集団の後方にまで届いた。怒りに任せて罵倒を口にしていた人々は、瞬間的に嘘のように黙った。一瞬にして世界が変わったかのような静寂が広がる。これは疑惑のもたらした沈黙である、人々は本当にルーテシアが味方なのかと疑っていた。

「あなた方が何に対して怒りを燃やしているのか、わたくしは良く知っています。何故なら、わたくしの妹はこの薬に助けられたからです!」

 ルーテシアが青い薬が少し残っている小さな薬瓶を、天を差すように上げると、灰色の雲が割れて差した陽光がそれを照らし出した。青い液体が光を反射して宝石のように光り輝く。この瞬間に多くの人々は、ルーテシアが味方であると確信する事ができた。

「この薬の為に戦いを起こそうというのならば、城に向かうのはお門違い! わたしは知っています! 特効薬を無き物にしようとしている輩は別の場所にいます!!」

 それは一体と、人々の問いかけるような視線がルーテシアに集まる。ルーテシア街外れの方に見えている、高く聳える建造物を指さした。

「薬王局!!」

 民衆の怒りは城から離れ、瞬時に薬王局に向けられた。

「わたし達が盾となって民衆をお守りいたします! 参りましょう、本当の敵がいる場所へ!!」

 人々はこれ以上ない守護者を得て歓声を上げた。その中で、シェルリは両手を組んでずっとルーテシアを見つめていた。ルーテシアの方もシェルリを見つけていた。二人は盛り上がる歓声の中で、見つめ合っていた。とても声が届くような状況ではないが、視線を通わせるだけでも十分だった。

 ――ルーテシア、あなたは約束通り、わたしが一番困った時に助けに来てくれた。ありがとう、本当に、ありがとう。

 ルーテシアはそんなシェルリに対して、気にするなと言うように微笑を見せた。それから彼女は馬を返し、民衆の先頭に立って言った。

「進めーっ!!」

 ルーテシアの号令と共に、ヴァ―ミリオン騎士団を先頭に、民衆はゆっくりと移動を始めた。すぐに追いついてきた騎士達がどんどん列に加わっていき、勢いを得た民衆の群もどんどん膨れ上がり、すぐに万を越える集団となった。


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