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フロスブルグの薬売り  作者: 李音
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    弾圧の狼煙3

 隠れ家に最初に帰ってきたのはミースだった。続いてリリナも姿を現す。二人とも元気がなく、ニイナが話しかけるまで無言だった。

「街は酷いものだな」

 ミースが頷いてから言った。

「ミースを助けてくれたお友達が、たくさん捕まったの」

「……そうか」

 ニイナから二人に慰めの言葉などなかった。暗い狂気に覆われた現実のなかでは、慰めなど無意味だ。今の状況で何を言っても、二人の中にある闇を消す事は不可能である。だからニイナはあえて何も言わなかった。

 それからニイナは落ち着かない様子で、足を鳴らしたり歩き回ったりしていた。

「遅いなシェルリは……」

 それからニイナは、部屋の壁のフックに吊り下げてあった旅装のローブを素早く着込んだ。

「シェルリを探してくる、お前たちはここから絶対に動くな」

 二人の返事を待たずに、ニイナは階段を上がり、フードを目深に被ってから倉庫を出た。

 ニイナは薬作りに専念してロディスの城下町を歩くのは殆ど初めてと言ってよかった。だが、彼女は持ち前の記憶力を活かして事前に街の地図を頭の中に叩きこんでいた。もしもの時に、すぐに薬売り達を助けに行けるように準備していたのだった。

「どこだ、シェルリ……」

 騎士団が巡回しているので大通りに出る事は出来ない。ニイナは隠れ易い細い路地が入り組んだ道を選んで走った。ニイナの頭の中に瞬時に描かれる、シェルリが隠れ家まで逃げてくる道を幾つか想定し、もっとも安全に逃げられる道を予想してそこを辿った。すると、隠れ家から近い場所でシェルリを見つけた。そこは人一人がやっと通れるくらいの細い路地で、古い家の壁を背にしてシェルリは蹲って泣いていた。

「見つけられて良かったよ」

 シェルリは声を掛けられてようやくニイナの存在に気付いた。

「ニイナさん……」

「こんな所に居座って、捕まりたいのか」

「わたし……わたし……」

 シェルリは何かを必死に訴えようとしていた。ニイナにはシェルリが深く傷ついているのが分かったし、その原因が騎士団にある事も想像がついた。しかし、今はそんなシェルリを慰める余裕などない。ニイナは無言でシェルリの手を引いて立たせると、隠れ家に向かって走り出した。シェルリは鎖で繋がれて無理やり引かれる犬のように、ただニイナに引かれるままに走り、時々足をもつれさせて転びそうになると、ニイナが身体を受け止めて立たせてくれた。

「しっかりしろ!」

 ニイナの叱咤する声が、今のシェルリには幻のように遠い声に思えた。そうこうして何とか騎士団には見つからずに隠れ家に戻る事が出来た。

「何であんな所に座っていたんだ?」

 旅装のフードを取りながらニイナが言うと、シェルリはまるで抜け殻になったような虚ろな目を見上げた。その目には涙が一杯に溜まっていた。

「……ニイナさん、わたしたちのしている事は本当に正しいんですか?」

 シェルリが言うと、それを聞いたミースとリリナは、胸の内がぎゅっと潰されるような苦しさを覚えた。シェルリだけではない、この二人の少女の中にも疑問が生じていた。

「今更何を言っているんだ? そんなの決まっている、わたし達のしている事は間違いなく正しい!」

 全くぶれないニイナの姿を見せつけられて、シェルリの心は激しく乱れた。

「わたしたちが薬を配ったせいで、沢山の人が酷い目に合ってるんですよ!!」

「シェルリ……」

「わたしの目の前で、二人の人が殺されました、わたしが薬をあげた人達です……薬をもっていなければ…………」

 言葉に詰まったシェルリの目から止めどなく涙が零れ落ちた。

「わたしが薬を配らなければ……あの人たちは死なずにすんだのに!!」

「シェルリ!!!」

 その瞬間、ニイナがシェルリを強く抱きしめた。まるで母に抱かれているような温かさに触れて、シェルリは混乱した思考を停止させた。そのままニイナはシェルリの耳元で言った。

「真実は違う、罪もない人々を殺したのは薬でもなければ、わたし達でもない。騎士団が殺したんだ。そこのところをはき違えてはいけない」

 シェルリはもう何も言えなくなり、ただニイナの腕に抱かれて泣くばかり、それを見ていたミースの目からも涙が零れる。まだ幼い少女のミースが声も上げずに泣いた。その姿は例えようもなく重かった。そして、リリナも下を向いていて誰とも顔を合わせようとしなかった。

「……お前たちがここで止めると言うのなら、それも良いだろう。わたしは怒りはしないよ。むしろ、ここまでよくやったと褒めてやるよ」

 それは何かが違う、間違っている。その瞬間、シェルリの脳裏にエリオの姿が現れた。闇の底に沈んでいた心に、突如として燃え上がるような気持ちが顕現した。それは今ある悲愴を燃やし尽くすほどの強い思いとなり、シェルリは何かに弾かれるようにニイナから離れた。

「シェルリ、ここで止めるか?」

 シェルリは首を大きく横に振って、強く否定の意を表した。

「……最後まで、やれるところまでやります……王子様と約束しましたから……」

 シェルリは涙を拭きながら言った。

「そうか、だったらわたしも最後まで薬を作り続けるよ。リリナとミースはどうする?」

「お姉ちゃんがやるなら、ミースも頑張る!」

「わたしも、お姉様についていきます!」

「そうかい、なら三人で考えろ、これからどうやって薬を配って行けばいいのかをね」

 それからニイナが薬を作るまでの何日間か、シェルリ達はこれからどう薬を配っていくべきか話し合い、知恵を出し合うのだった。


 王国騎士団の凶行は様々な所に波紋を広げていた。同じ王国騎士団内のルインの部隊では、ガンドルフのやり方があまりにも酷いので、それを止めようと言う声が出始めていた。しかし、ルインは彼らの言う事を受け入れなかった。彼は正義の怒りを燃やす自分の部隊の騎士達に言った。

「我々は騎士だ。騎士の心得は自国に忠実である事、その役目は国から与えられた任務を確実に遂行する事だ。今現在、ロディス王国の意思は大臣のディオニスである。故に、我々は大臣から与えられた薬師討伐の任務を全うするのみ、どうしても気に入らない者は騎士団を抜けてガンドルフと戦うがいい」

 ルインの余りにも愚直な騎士道精神を前にして、誰も何も言えなくなったし、出ていこうとする者もいなかった。出ていく勇気がなかったのではない。ルインは融通の利かない男だが、騎士としては鑑であり、皆が尊敬していたからだった。


 王子エリオの元にも街の惨状は伝わってきた。それに対してエリオは口を閉ざしたが、腹心のルナリオンが怒りを燃やし王子を前にして言った。

「王子、近衛騎士団を出してガンドルフの凶行を止めて参ります」

「ルナリオン、それはならん」

「何故ですか!?」

「それもディオニスの狙いなのだ。ディオニスはこの混乱を利用して、近衛騎士団を動かそうしている。近衛騎士団が出ていってガンドルフの部隊と事を構えれば、近衛騎士団を堂々と討伐できる。近衛騎士団が無くなれば王家は鎧を剥がされ無防備となる。そうなれば全てはディオニスの思うままだ。それが分からない君ではないはずだ。気持ちはわかるけれど、もっと冷静になるんだ」

「民衆が苦しんでいるのに何も出来ないなんて……それでは何の為の騎士なのか……」

 ルナリオンが目に悔し涙を浮かべると、エリオは落ち着いて言った。

「君が悔やむ必要はない、全ての原因は僕に力がないからだ」

 エリオはルナリオンに背を向けると、いきなり前面にあった壁を力いっぱい殴った。部屋が揺れて殴られた壁が破損するほどの衝撃があった。その突然の行動にルナリオンは言葉を失った。

「すまぬ、ロディスの民よ」

 壁に当てられたエリオの拳から血が滲んだ。ルナリオンはロディスの民を思う王子の苦しみの深さを知った。


 フロスブルグにも城下街の状況が伝えられた。フロスブルグ炎上に続く悲劇に、街に残った人々の気持ちは暗くなった。それとは対照的に烈火のごとく怒りを燃やしてロディスの城下街に向かおうとする者もあった。

「何をやっているんですかレクサスさん! そんな体では無理ですよ!」

 夕暮れ時、何とか馬に乗ろうを苦心していた満身創痍のレクサスを、何人かの看護婦が引き摺り下ろそうとしていた。

「くそ、離せ! 俺をロディスに行かせろ!」

「行ける訳ないでしょう、そんな体で!」

「俺は死んでも行くぞ!!」

「いい加減になさいませ!!」

 その女性の声でレクサスの動きが止まった。集まった視線の先にはエレーナがいた。

「今のレクサス様が行ってもどうにもなりません」

「……分かっている、分かっているんだ。けど、このまま黙っている事なんて、俺にはできないんだ……」

 レクサスの言葉も姿も苦悩に満ちていた。王子の腹心でありながら今の状況で役に立てないというのは、彼にとってはこれ以上にない痛手だった。

「何もできない事がそんなに悔しいのなら、わたしを手伝って下さい。それが今の貴方が成すべき事です」

「君を手伝うだって? それはどういう事だい?」

 そう言うレクサスに、エレーナは小さな本のようなものを見せた。

「ニイナさんから預かった特効薬のレシピです。これから特効薬を作って近くの街や村に行って配ります。薬を作るのを手伝って下さい」

 レクサスは、ニイナの話を聞いている内に頭に上っていた血が引いて冷静になっていた。歩くにも松葉杖が必要な今の状態でロディスに向かうのは役に立たないどころか死にに行くようなものだ。それならまだしも、シェルリ達の足手まといになっては目も当てられない。そこまで考えが至ったレクサスは、心を決めて言った。

「分かった、君の手伝いをさせてくれ」

 エレーナはそれに柔らかな微笑で答えた。それから看護婦達の手によってレクサスは馬から降ろされた。その間、エレーナはロディス城のある方向の夕空を見つめていた。

 ――シェルリさん、わたしも共に戦います。何があっても薬を作り続けます。だから、シェルリさんも負けないで。

 エレーナの前に広がる赤く染まった空を群れを成した雁が横切って行った。


弾圧の狼煙……終わり


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