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フロスブルグの薬売り  作者: 李音
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第7話 ミースとリリナ

 フロスブルグから北に向かって馬車を走らせて丸三日、森を抜け草原に差し掛かり、また森を切り開いた道に入る。その森を抜けた先に昼の光を受けて銀盤のように輝く湖が広がっている。その湖畔に寄り添うようにロディス城と城下街があった。シェルリ達は夜中になるのを待ってから街に入った。

「ニイナさん、どこに向かってるんですか?」

 荷馬車に揺られながらシェルリは言った。ミースとリリナは寄り添って眠っていて、人気のない街に蹄鉄と車輪の走る音だけが木霊していた。

「心配するな、住む場所ならちゃんとある。最後はロディスに向かうつもりだったから、レインブルグにいる時に土地商人と手紙で交渉していたんだ」

「わたしたちは追われている身ですよ。その辺りの家になんて住めません」

「問題ないよ」

 ニイナはそう言うと、馬に鞭を入れて荷馬車を加速した。


 街の中心部にそれはあった。荷馬車が止まると、シェルリは其れを見上げて首を傾げた。それは明らかに家の形をしていない、アーチ型の屋根に、家にしてはやけに大きい。夜中で建物が闇にまぎれていても良く分かった。

 馬車は建物の中に入った。中は真っ暗で何も見えなかった。少女たちは虚空の闇を見つめて、言いようのない不安に襲われる。それを和らげるように、ランプに炎が灯された。そうして初めて中の様子を見る事が出来た。そこはやたらと広く、伽藍洞で何もない場所だった。

「お待ちしておりました」

 奥にローブに身を包み、フードを目深に被った怪しい人物が立っていた。その人が火の付いたランプを持っていた。ニイナは馬車を下りて、その人と何やら小声で話し合いっていた。

「よし、お前達、すぐに荷物を下ろすんだ。その荷馬車と馬は、たった今売り払ったからね」

「馬車を売った? どうしてですか?」

 シェルリはニイナの真意が分からずに言った。

「荷馬車なんてもう必要ない、あっても邪魔になるだけさ」

 ニイナと共に少女たちは言われた通り、荷物を下ろしていった。

「おっと、そいつはそのままにしておいてくれ」

 シェルリは麻袋の一つに手を伸ばそうとすると、ニイナはそう言った。その中には、特効薬とは無関係の薬草や鉱物などの材料が詰まっていた。中には、高価な材料が数多く含まれていた。

 それから馬車の荷台が空になると、フードを被った怪しい男が御者台に乗って馬車を走らせ、開け放たれた出入り口から見える虚空の闇に消えていった。

「あ、馬車には材料が!?」

「それでいいんだよ」

 慌てるシェルリに、ニイナは当然とばかりに言った。シェルリにはニイナの意図する事がまだ分かっていなかった。ただ、シェルリ達がここまで来るのにずっと役に立ってきた馬車だったし、馬車がなければ騎士団に捕まっていた場面もあった。馬車を持ち去られた事は、シェルリにこれから暗く恐ろしい事が待ち受けているような暗示を与えた。

 怪しい男からランプを受け取っていたニイナはそれを下に置き、アーチ型の大きな扉を閉めようとそれに近づいた。

「ちょっと手伝ってくれ」

 女手一つでは少々重い鉄の扉であった。シェルリはニイナに協力して扉を閉めた後、改めて建物の内部を見た。どうやらここは廃棄された倉庫のようだった。

「あの、ここに住むのですか?」

 とリリナが言うと、ニイナは手のひらを反して答えた。

「まさか、こんな所に住めるわけないだろ。わたし達が住む場所はそこだ」

 ニイナは何故か床を指さした。他の3人の少女には意味が理解できない。

「こいつはなかなか感心した代物だぞ、完璧に床に偽装してある」

 ニイナはどう見ても煉瓦造を敷き詰めた床にしか見えない所に手を伸ばした。すると、床から取っ手が引き出され、それを引くと床の一部が正方形に抜けて、一方の端が上がり、下に続く階段が現れる。少女たちはあっと驚いて、いきなり口を開けた床を凝視した。ニイナが備え付けのつっかえ棒で上がった床を固定すると言った。

「驚いたか? こいつは金持ちの貴族が作った秘密の地下室だ。何でも、貴族は錬金術を趣味いしていて、夜な夜なここで実験をしていたそうだ。そいつはもうだいぶ前に死んでるけどな。要は金持ちの道楽の遺物だよ」

 口を開ける地下室への階段、それはいつかリドが錬金術師の館でシェルリ達を逃がす為に示した秘密の通路への入り口と酷似していた。リドはシェルリ達を逃がす為にその命を犠牲にした。それを思い出したシェルリの心の底に、不安が鉛のように重く沈みこんだ。

 ニイナはシェルリにランプを渡し、先に降りるように促す。シェルリの後にミース、リリナと続き、最後に入ったニイナが出入り口を内側から閉じた。

 階段を下りた先にある空間は驚くほど広かった。寝室、浴室、台所まで完備してあった。寝室にはふかふかのベッドが二つあり、浴室の蛇口を捻ればお湯が出る。そして、かつて錬金術の研究をしていたという実験室には、試験管やフラスコを始め調合に必要な様々な道具まで揃えてあった。

「よくこんな所を見つけられましたね」

 シェルリが何気なく言うと、ニイナは得意げな顔で指を一本立てた。

「蛇の道は蛇と言うだろう。さっきの男がいる組織は怪しい仕事もしているが、例え追われている身でも出すものさえ出せば助けてくれる」

 シェルリはそれを聞いた瞬間に、馬車ごともっていかれた麻袋の材料を思い出した。それこそが、ニイナがこの地下室の提供と引き換えに差し出した代金だということは、疑いようもなかった。ようやくそれに気づいたシェルリは、急に胸でも痛みだしたかのように悲痛な顔をした。

「ニイナさん、ごめんなさい。わたしのせいで、沢山の大切な物を失わせてしまって……」

 思えば、いつの間にか荷馬車を手に入れて来たのはニイナだったし、材料費も食費も全てニイナが負担していた。シェルリはニイナが財産をなげうってまで自分を助けてくれている事を知り、申し訳なさでいっぱいになった。

「気にするな、わたしが好きでやっている事だ」

「でも、いっぱい迷惑をかけています。それに、リドさんだってわたしの為に……」

 下を向くシェルリの頭を、ニイナは必要以上の力で撫でた。いきなりの事に小さな悲鳴をあげたシェルリは、髪をくしゃくしゃにされて目を白黒させた。

「お前を助けようと思ったのは、じいちゃんの事だけじゃない。初めてお前を見た時、この子だけは助けてやらなきゃいけないと思ったんだ。わたしよりもずっと年下で、それで命がけで特効薬を作ろうとしていた。助けたくなるのが人情ってもんだ」

「ニイナさん、ありがとう」

 シェルリの目じりから一粒の涙が零れ落ちた。


 それから寝室で作戦会議が始まった。ベッドの傍らに丸テーブルがあり、4人はそれを囲んでいた。少女たちを前にして、ニイナは作戦を遂行する元帥のような荘厳さをもっていた。

「良く聞けお前達、ロディス(ここ)が最後の戦場だ。ここで勝負は決する。わたし達が勝つか、特効薬を違法と呼ぶ愚か者どもが勝つか、答えはそのどちらかしかない」

 シェルリ、ミース、リリナ、いずれも真剣な目でニイナを見つめ、静かに話を聞いていた。ニイナはそんな少女たちを一人ずつ見てから言った。

「墳血症はもはやロディス全土に広がっている。患者の数は万を超えるかもしれない。それを全てわたし達だけで救うのは不可能だ」

「それじゃあ、わたしたちはこれから何をするんですか?」

 シェルリから上がった声に対して、ニイナは微笑した。それは不敵ですらある。それは少女たちに対してではなく、特効薬を潰さんとする敵に対しての笑みであった。

「薬王局に特効薬を認めさせるのさ」

「どうやって?」

「わたしたちがやる事は簡単だ、とにかく薬を配りまくればいい。特効薬の効果は絶大だ、すぐに人々の間に噂が広がる」

 ニイナは青い薬の入ったガラス瓶を付きつけるように少女たちの目の前に出した。

「こいつで墳血症が治る事を国民が知れば、特効薬を違法とする奴らに対して想像を絶する非難が上がるだろう。そうなれば、薬王局はこの薬を認めざるを得なくなる」

 少女たちがニイナの説得力に富んだ話に顔を輝かせた。その後で、ニイナは少女たちを戒めるように言った。

「当然の事だが、特効薬を配ろうとすれば騎士団からの妨害があるだろう。フロスブルグを焼いたような奴らだ、何をしてくるか分からない。これからの薬売りには命を捨てる覚悟が必要だ。出来るか、お前達」

 少女たちは無言で頷いた。三人とも、聞かれるまでもないと言うような、強い意思が態度に現れていた。

「よし、お前たちの覚悟はわかった。最初が肝心だ、騎士団がわたし達の存在に気付く前に、出来るだけたくさんの薬を配るんだ。噂が広まれば、もう止める術はない。そうなればわたしたちの勝ちだ」

 少女たちは颯爽と戦いの準備を始めた。フロスブルグでニイナが予備の特効薬を沢山作っていたので、薬の数は十分だった。リリナとミースがペアになり、シェルリは単独で動く。それぞれ鞄に薬を詰めて、ロディスの城下町へと出ていく。ニイナは地下室に残り特効薬の製造を担った。


 城下町もフロスブルグと同じように、場所によって生活の質が違っていた。西の湖側には貴族や裕福な商人などが住み、東側には貧困層が集中している。ミースとリリナはその東側に来ていた。街のそこかしこで墳血症の噂が流れていた。城下町にまで悪魔の病は広まり、人々はこの世の終わりとでもいうように絶望に打ちひしがれている。そういう針を刺すような空気が、ミースとリリナにも肌を通して伝わってきた。

「悪魔の病が治る薬を売ってま~す、とっても安いよ~」

 ミースは辺り構わず声を上げ、人々は奇異の視線を少女たちに向けた。辺りには大人から子供まで、擦り切れたり継があったりと、粗末な衣服を着ている者が多く、墳血症のせいで街全体が暗いのに、生活に喘ぐ人々の様相がその暗さに拍車をかけていた。そこは大貴族であったリリナには知りえない世界だった。リリナは不安に駆られて声も出せず、ただミースの後を歩くしかできなかった。

 ミースが声を上げても、特効薬を求める人は現れなかった。やがて少女たちは袋小路に迷い込んでいた。

「あれぇ、行き止まりだ。リリナお姉ちゃん、戻ろ」

「うん」

 そうして二人が引き返そうとすると、その先を塞ぐようにして十数人の少年が集まっていた。

「あなた方は何ですか?」

 リリナが言っても誰も答えない。少年たちの雰囲気は刺々しく、不穏な空気が漂う。

「お前達、金をおいていけ。食べ物をもっていたら、それも全部だ。そうしたら命は助けてやる」

 一番前にいる年長の少年が言った。その手には小さなナイフを持っていて、リリナは恐ろしさの余り震えて足がすくんでしまった。そんなリリナの横をすり抜けて、ミースが少年たちに向かって歩き出した。

「お金はないけど、お薬ならあるよ」

「なら、持っている物は全部出せ!」

「悪魔の病が治るお薬しか持ってないよ」

「悪魔の病が治るだと!?」

 ミースは平然と、ナイフを持つ少年の目の前まで来た。

「こいつ、嘘を吐くな! あの病気が治るもんか! 薬が買える大金持ちだってどんどん死んでるんだぞ!」

「治るよ」

「嘘だ! 俺の父さんはあの病気であっという間に死んだ! 母さんだってもう!」

 少年がナイフを振りかざす。ミースは微動もせずに、強い視線で少年を見返した。

「治るよ! ミースはこのお薬で悪魔の病気治ったもん!」

 自分よりもずっと年下の少女の気迫を受けて、少年の動きが止まった。そんな少年の胸に、ミースは特効薬を押し付けた。

「使って! これで悪魔の病気が治らなかったら、ミースはどうなってもいい!」

 ミースの強さに少年は負けた。両手を力なく下げ、ナイフを落とす代わりに胸にある薬を両手で大事そうに包み込んだ。

「僕にもその薬ちょうだい!」

「俺にも!」

 墳血症の家族や友人を持つ少年たちは、先を争って薬を求めた。彼らはミースの姿を見て、その薬が本物だと信じたのだ。


 次にミースとリリナが向かったのはまったく真逆の方向、西側の裕福層がいる地域だ。

 リリナは先ほどの事ですっかり自信を無くしてしまった。

「ミースはすごいのね、わたしはさっき怖くて何もできなかった」

「全然平気、わたしの村にもああいう男の子いたよ」

 ミースは今までの経験と、村で貧しい生活をしていた事もあり、肝が据わっていた。リリナはそんなミースを素直に尊敬した。

 それから二人は立派な屋敷が立ち並ぶ湖側の区域に入った。ここに来て、ミースの様子が変わった。ミースは明らかに戸惑っていた。周りに居並ぶ立派な屋敷に圧倒されてしまい、どこから手を付けていいのか分からないという様子だった。それでも、意を決して近くにあった屋敷の門の前に立った。それはかなりの豪邸で、表門から屋敷の門まで相当な距離があり、表門の左右には衛兵が槍を立てて守っていた。リリナには屋敷が相当名のある貴族のものだと分かった。

 衛兵は近づいてきたミースに、汚らしい野良犬でも見るような目を向けた。

「……あの、悪魔の病気が治る薬はいりませんか?」

「何だこの汚らしい餓鬼は! 近づくな! 物乞いなら他を当たれ!」

 衛兵はミースの言う事など聞きもせず、罵声を浴びせて塵を払うように手を振った。ミースがさらに何かを言おうと口を開きかけた時、リリナがその手を引いた。

「な、何?」

「このお屋敷は駄目よ、他を当たりましょう」

 ミースは納得いかないような顔をしたが、リリナはその手を強く引いて、半ば無理やりにミースを屋敷から引き離した。そして、衛兵の見えない場所まで来るとミースは不満げに言った。

「どうしてさっきのお家が駄目だって分かるの?」

「気を悪くしたらごめんなさい。あれは身分が高い貴族のお屋敷だったの。わたし達の話なんて、とても聞いてはもらえないわ。もっと話を聞いてくれそうなところに行きましょう」

 そう言われても、どこなら話を聞いてくれるのかミースには皆目見当もつかなかった。ここからはリリナが先に立って歩いた。

 それからしばらく歩いてリリナが選んだのは、湖に面した通りにある屋敷だった。

 道路から見える湖の景色は圧巻で、透き通る湖面には街並みが映り込み、遠くには何艘かの小舟が帆を立てているのが見える。ミースが道路と湖を隔てる柵から顔を覗かせると、鏡の如く自分の姿が湖面に映った。

「ミース、ここに行きましょう」

 呼ばれてミースが振り向くと、屋敷の表門の前にいるリリナが見えた。ミースはリリナの横まで走ってきた。目の前にある屋敷は、先ほどの屋敷ほど立派ではなかった。庭もさっきの屋敷よりもずっと狭く、表門から屋敷までの距離が近い。そして、彼女等を追い払う衛兵もいなかった。

「貴族にも色々あってね、ここは中流階級くらいかな。中流以下の貴族の中には、気軽に話をしてくれる人がいるのよ」

「へぇ~」

 貴族社会をまったく知らないミースは感心する事しか出来なかった。

「門が閉まってるよ、どうするの?」

「大丈夫よ、ほら」

 リリナがアーチ型の鉄柵の門を押すと、内側に向かって簡単に開いた。

「ここはさっきのお屋敷みたいに門番がいないから、用がある人は中に入っていいのよ」

 リリナとミースは庭を通り、屋敷の玄関の前で立ち止まった。先ほどの屋敷よりも小規模とは言え、ミースにとっては未知の領域である、お城の前に立つのと大差のない緊張に襲われた。対するリリナは、毅然とした態度で屋敷の扉にある獅子を象った轡で扉を叩いた。すると扉が開いて若いメイドた顔を出し、彼女はリリナとミースを見て怪訝な顔をした。

「何か?」

 リリナは一歩下がると、スカートの裾を摘まんで頭を下げた。

「わたくし、リリナ・フォン・リューゼルと申します。突然の訪問をお許し下さい」

「まあ!」

 メイドは驚きの声を上げて外に出てきて頭を下げた。後ろで見ていたミースには、何がどうなっているのかさっぱり分からなかった。リリナの身なりは良くないが、貴族式の挨拶に、名前からも貴族である事が分かったし、何よりもリリナ自身が持つ気品が育ちの良さをメイドに知らしめる事になった。

「どちらのお嬢様か知りませんが、一体どのようなご用件でしょう?」

「理由があって、薬を売って歩いています。ほんの少しでいいのです、こちらのご主人様にお話を聞いて頂きたく存じます」

「分かりました、ご主人様に伺ってまいりますわ」

 リリナ達は少しばかり待たされたが、すぐにメイドが戻ってきて、屋敷の中に招き入れてくれた。屋敷の主人はメイドの話を聞いて、薬の事よりもリリナに対して興味を抱いたのだった。

 リリナ達は奥の客室に通された。そこでは三〇に届くかどうかの金髪で鼻下に髭のある若い貴族の男が待っていた。テーブルの前に居座る男は、二人に対して席に着くように促した。そのテーブルには既にお茶の用意がしてあった。リリナとミースはテーブルの前の椅子に座った。リリナはまっすぐに貴族の顔を見ていたが、ミースの方はとても居づらそうに体をもぞもぞ動かしていた。

「わたしはカール・クラエスだ」

 男が名乗ると、リリナは席を立って先ほどメイドにしたのと同じ挨拶をして名乗った。

「なるほど、君は確かに貴族のようだ。わたしの見立てだと名のある貴族ではないかと思うのだが、どこから来たのかね?」

「お許し下さい、それは申し上げられません」

 リリナが言うと、カールは顎に手を置いて考え込んだ。それに向かって考えさせまいとするようにリリナはさらに続けた。

「我が身が示す通りに家は没落してしまいましたが、今は亡き父の意思を受け継ぎ薬を売る身となっております」

「ほう、どんな薬を売っているんだ?」

「墳血症の特効薬です」

 リリナははっきりと己の誇りを示すように言った。それを聞いた瞬間、カールは言葉を失うと同時に、特効薬が王宮からお触れのあった違法な薬に違いないと殆ど確信した。彼は急に真顔になり、リリナを見据えて言った。

「その薬は本当に効くのかね?」

「効きます! 亡き父の誇りにかけて誓います!」

 その言葉と態度には、少女とは思えない厳格さがあった。まるでグラニド・ベルクがリリナに乗り移っているかのようであった。リリナの姿から真実を見抜いたカールは言った。

「この家には墳血症の患者はいない。だが、わたしの友人には墳血症に苦しめられている者が何人もいる。わたしから紹介状を書くから、彼らの所に行ってくれないか」

「はい、喜んで!」

 リリナが表情を明るくすると、それを咎めるような調子でカールが言った。

「君たちの行く道には多くの困難が待ち受けているだろう。くれぐれも気を付けたまえ」

 カールの言う意味に気づいたリリナは喜色を消して席を立つと、カールに向かって深く頭を下げた。


 屋敷から出たリリナとミースは並んで湖沿いの道を歩いた。二人ともしばらく無言だったが、その沈黙を嫌うようにリリナが言った。

「リューゼルっていうのはね、お母様の姓なの。お父様は裏切者として処分されてしまったから、ベルクと名乗るわけにはいかなかったのよ」

 寂しそうに言うリリナに向かって、ミースは急にこの上なく嬉しいというような笑顔を見せた。

「リリナお姉ちゃんはすごいね! 偉い貴族の人とちゃんとお話ができるんだもん!」

「そんな事ないわ、ミースの方がすごいわよ」

「ううん、リリナお姉ちゃんの方がすごいよ!」

「ミースの方がもっとすごいわ」

「リリナお姉ちゃんの方が、もっと、もっと、もーっとすごいよ!!」

 その後二人は可笑しくなって笑い合い、そして手を繋いで歩き出した。生まれも育ちも違う、身分も違う、性格も違う、だからこそ二人は互いに足りない物を補いながら前に進んでいくのだ。


ミースとリリナ・・・終わり


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