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フロスブルグの薬売り  作者: 李音
16/32

    フロスブルグの白き乙女5

 その夜、闇に沈むフロスブルグを見下ろす高台に、数百人もの騎士が集まっていた。その先頭を行くのは、副将軍のガンドルフだ。

「行くぞ」

 騎士団は緩やかな斜面を下りて、街へと向う。それから、フロスブルグにやってきたガンドルフ率いる王国騎士たちは、街の入り口で立ち止まった。

「副将軍、捜索をするのなら夜が明けるのを待った方がいいのでは?」

 小隊長の一人が言うと、ガンドルフは悪意のこもる恐ろしいような笑みを浮べた。

「いや、夜の方が良い。街に火を放って薬師共をいぶり出す」

「火を!!?」

 小隊長は思わず声を上げ、周りの騎士たちの視線がガンドルフに集まる。それを微塵も気にせずにガンドルフは言った。

「何も問題はない。フロスブルグは墳血症に汚染された街だ。焼き払うついでに、薬師をいぶり出す」

「馬鹿な、本気なのですか!?」

 そう言った騎士を、ガンドルフはいきなり殴り倒した。もんどりうって馬から落ちた騎士は、顔面を押さえて呻く。

「口を慎め! 俺はディオニス様から全権を任されている。俺の言葉はディオニス様の言葉だと思え!」

 そう言われては、もはや誰も反論はできなかった。それから騎士たちは、己の良心と戦いながら油や松明を手に街に入って行った。


「起きろシェルリ! ロディスに向かうぞ!」

 シェルリは真夜中に突然たたき起こされた。眠い目を擦る余裕などなかった、何か大変な事が起こったのだとすぐに理解した。

「ニイナさん、どうしたんですか?」

「外を見ろ」

 シェルリが二階のテラスに出ると、すでにミースとリリナが来ていて、二人とも呆然と遠くの方で赤く輝く一点を見つめていた。

「何? 何なの、あれ……」

 遠くに見える街並みに火の手が上がっていた。炎が渦を巻いて昇華する様子がはっきりと見える。

「三人とも来い!」

 ニイナの激する声に尻を叩かれるように、三人の少女達は走って階下に降り庭に出た。既にニイナが荷馬車を用意して待っていた。ニイナの判断で、いつでも旅立てるように準備だけはしてあったのだ。

「早く荷台に乗れ、出発するぞ」

 シェルリ達が言われるままに荷台に乗ると、荷馬車が動きだし、徐々に速度が上がっていく。貴族街を出る頃には夜風を切って街中を走り抜けた。何が起こっているのか誰にも分からなかったが、このまま街にいては危険だという事を誰もが感じていた。

 高台まで来て街を見下ろした時、シェルリは戦慄した。街の七割方が燃え上がり、街自体が真紅の輝きを放っているかのようにも見えた。

「フロスブルグが、燃えてる……」

 その時にシェルリは、エレーナと教会の事を思い出して息を飲んだ。

「ニイナさん、教会にいきましょう、このままだと皆が危険です!」

「駄目だ、ここからロディスに向かう」

「どうして!? ニイナさん!!」

「あの火事は故意に起こされたものだ。そうでなければ、誰もいない街にあんなに火が早く回るはずはない。恐らく王国騎士団の仕業だろう。戻ったら自ら捕まりにいくようなものだ」

「エレーナさん達を放ってはおけません!」

「わたし達が行ったからって、どうにもならないよ」

 余りにも無慈悲なニイナの態度に、シェルリは不意に怒りが燃え上がり、ニイナを睨みつけた後に荷台から降りた。

「わたし教会に行きます」

 シェルリが走り出そうとする前に、ニイナが素早く御者台から降りてシェルリの腕を捕まえた。

「放して下さい!」

「成すべき事をしっかり見据えろ! 王子に頼まれたんだろう、特効薬で墳血症の人々を助けて欲しいって! ここで捕まったらなんにもならない!!」

「っく…………」

 シェルリは苦悩そのものというような顔で両目を固く閉じた。

「エレーナさん、みんな……」

 少女の目から涙が零れ落ちる。ニイナはシェルリの腕をほとんど無理やりに引っ張って荷台に上げた。シェルリはもう抵抗はしなかった。ニイナは最後に火の手が上がる街を見つめて言った。

「生き残れよ、エレーナ」

 ニイナが馬に鞭を入れると、荷馬車は進み、森の奥に消えていった。


 教会には危機が迫っていた。教会の周りには建物が少なかったので火の手が回る心配はなかったが、教会には騎士たちが集まり、その前で教会の入り口を阻むように人々が立ち塞がっていた。一番前にはエレーナがいて、他には看護婦や、患者など、教会にいた人間の殆どがそこにいた。少し離れたところで燃え上がる火が、そこにあるものを赤く照らしていた。

「街に火をかけるなんて、どうして王国騎士団がこんな非道な事をするのですか!!」

 怒り心頭するニイナの声は燃え上がる街に響くほどに激しかった。それを受けた騎士の一人は言った。

「上からの命令だ。墳血症に汚染された街を炎で浄化するのだ」

 特効薬で墳血症が駆逐されて、これで街に人が戻ってくると誰もが思っていた。すぐにフロスブルグは元の平穏で暮らしやすい街に戻ると誰もが信じていた。それが一夜にして灰となった。病院に残された人々は余りにも悔しくて涙を流していた。そんな人々の気持ちを踏みにじるように騎士は言った。

「この街に薬師が来ているはずだ。その薬師共は違法な薬を作っている。知っている事があったら全て話すんだ、隠すと為にならんぞ」

「そんな薬師は街にはいません」

 エレーナは本心からそう言った。騎士が言っているのがシェルリ達の事だとは分かっていた。しかし、シェルリ達の作った特効薬が違法などと、王国が認めてもエレーナは認めなかった。

「そうか、教会の中を調べさせてもらう」

「ふざけるな!!」

 若い男の患者が前に出てきて叫んだ。

「騎士団は俺たちの事を見捨てたくせに、戻って来たかと思えばこの仕打ちか! 貴様らは騎士なんかじゃない、悪魔だ! この街から出ていけ!」

 人々の中から、非難が一挙に湧き上がり波となって騎士たちに押し寄せた。

「貴様、我々を悪魔と言ったか」

 固く凍ったような無表情で騎士は若い男の患者に近づいた。その時、エレーナは背中に怖気が走るような悪寒に襲われて、咄嗟に声を上げた。

「駄目、離れて!」

 遅かった。騎士は素早く剣を抜くと、目の前の患者を一刀の元に斬り伏せた。斜めに閃光が走り血飛沫が火の光の中で舞う。若い男の患者は一瞬震えると、ひざを折って横に倒れた。エレーナは信じがたい状況に呆然としながら倒れた男に近づき、座り込んで彼を見た。そして、裂かれた胸から血を流して死んでいるのが分かると、エレーナの中に様々な負の感情が大挙して押し寄せ、悲痛な悲鳴を上げて患者を抱き上げていた。ようやく墳血症が治り、生き続ける事が出来ると喜んでいた矢先の事だ、エレーナは殺された患者が余りにも不憫で、余りにも口惜しくて泣いた。そして、瞬間的に悲しみを非道な騎士に対する怒りに代えて立ち上がった。

「みんな逃げて! 早く!!」

 呆然と見ていた患者や看護婦たちは、エレーナに言われてはっとなり、一気に教会の中に逃げ込んだ。墳血症に真っ向から挑んでいた看護婦たちは流石に冷静で、患者達を教会の裏口へと先導した。

 エレーナは一人、騎士たちに相対して言った。

「貴方がその手にかけた人が言った通りです。貴方達は悪魔以外の何者でもありません。弱き人をその手にかけたあ貴方達は、もう騎士などではありません、盗賊以下の存在です!!」

 騎士達の中に深い殺意を秘めた沈黙が広がった。離れた場所で家が焼け落ち、屋根が崩れる音が沈黙を破るものであった。エレーナは騎士たちの前で両手を広げた。無言だが、それ故に、これ以上は進ませないという意思が強固に表れていた。

「いい度胸だ女、お前も死ぬがいい」

 再び騎士が剣を上げる。炎が銀の刃を赤く輝かせた。エレーナはそれを見ても、恐怖など一切感じない。ただ、みんなが無事に逃げてくれる事だけを祈っていた。

 騎士が剣を振り下ろさんという刹那、空気を切り裂く耳鳴りのような音が迫ってきた。非常な速さで飛来してきたそれは、エレーナを斬ろうとしていた騎士の首を横から貫いた。騎士は目を剥いて剣を手放し、喀血した血をまき散らしながらその場に倒れた。同時に手放した剣が地に転がる。他の騎士たちは何が起こったのか分からずにざわついた。前の方にいた何人かは、隊長の首が長槍に貫かれているのを見て(おのの)いていた。続いて響く蹄鉄の音、炎が上がる街中を突っ切って来た一人の騎士が、エレーナを守るように、その前で馬を止めた。

「てめえら、許さねぇ」

「何者だ!!?」

 騎士達が驚いている間に、レクサスは馬から降りて呆気にとられているエレーナに言った。

「ぐずぐずするな、早く逃げろ」

「レクサス様お一人でどうするおつもりですか」

「教会は必ず守り抜く、俺を信用しろ」

 エレーナは自分がいても邪魔になるだけだと思い、レクサスに頷いてから教会の中へと入った。今のエレーナに出来るのは、安全なところに逃げる事と、レクサスの武運を祈る事だけだった。

「こいつ、どこかで見たことがあるぞ」

 レクサスと対峙する数十人の騎士の中の一人が言った。

「近衛騎士団のレクサスだ!」

 誰かが叫び、騎士たちはそれと気付いた。

「近衛騎士団のしごきに耐えられずに逃げ出した腑抜けか」

「腑抜けの俺でもな、この状況は流石にどたまに来るぜ。全員叩き斬ってやるよ」

 レクサスが剣を抜いて構えると、数人の騎士もそれに合わせた。

「貴様ごときに何が出来るか!」

 騎士の一人が右下に白銀の斜線を置いてレクサスに向かってくる。それにレクサスは一歩踏み込んで、気合いと共に正眼から神速の一刀を放った。騎士は剣を振り抜く間もなく、鉄の兜ごと頭の頂点から顎まで断たれて絶命した。目の前の一人が倒れると、続いて来た別の騎士が右から左へと剣を振り抜いた。レクサスが頭を下げて上半身を低くすると、頭上を掠めるように剣が銀の半月を描いた。同時にレクサスは、剣で相手の胴を薙いでいた。

「うおおおおぉっ!!!」

 獅子の咆哮を髣髴とさせるような力強い叫びと共に、レクサスは一気に相手の胴を横一文字に寸断した。地に残った下半身は横に投げ出され、上半身の方は続いて来ていた騎士たちの目の前を浮遊し、血を撒きながら地面に転がる。レクサスの剣技と剛力が一体となった絶技を見せつけられ、騎士たちは足が竦んでその場に止まった。

「どうした、もう終わりかよ。腑抜けのレクサスを前にしてその様子じゃ、てめぇらの肝っ玉は鼠以下だな」

「ぬくっ、囲め!」

 騎士の一人が言うと、レクサスを中心点として、即座にその周りに円陣が組まれる。全ての騎士が剣を抜き、レクサスに殺意が集まった。レクサスと騎士達との間に緊張の糸が張る。風が吹き、燃え尽きようとしている街から来た火の粉が、彼らの頭上を舞った。そして、レクサスの目の前に、小さな火が舞い落ちてきた。その瞬間に張りつめていた糸が切れた。

「一気にかかれ!」

 騎士達は目の前の恐ろしい敵に徒党を組んで殺到していく。街に火をかけ、民を斬った彼らにもはや騎士としての誇りはなかった。レクサスを囲む円陣が一気に狭まる。レクサスは剣を正眼に構え直して言った。

「すまねぇシェルリ、もうお前を守ってやれそうにない」


 翌朝には、フロスブルグの火の手は消えていた。エレーナを始め、患者や看護婦たちは高台に避難して燃えて行く街をずっと見つめていた。騎士に殺された一人以外は、全員が無事であった。

 朝日が昇り、光が街を照らし出すと、人々は深い悲愴の中呻いた。街全体から煙が上がり、建物の殆どが焼け焦げ、フロスブルグは漆黒の街と化していた。街の中で無事だったのは貴族街と、教会の周りにあるほんの一部の区画だけだった。

 エレーナは街がもう安全とみるや走りだした。そして、全力で走った末に辿り着いた教会の前でこれ以上ない戦慄を味わい、息が止まって体が凍りついた。教会の門の前に、騎士たちの死体が折り重なっていた。その周りにも多くの騎士が絶命して倒れている。その数は軽く二〇を超えていた。一刀の元に首や胴を切断されているような死体がいくつもあり、どれほど凄まじい戦いがあったのか想像するのも難しい程だった。エレーナはすぐに恐れを捨ててレクサスの姿を探した。彼女にとって、今のこの状況よりも、この中にレクサスの遺体が紛れている事を考える方がよほど怖かった。エレーナは一つずつ死体を見ていったが、レクサスの姿はなかった。そのうちに患者と看護婦も集まってきて、誰もが想像だにしなかった凄まじい光景に呆然としていた。エレーナだけがレクサスを探す為に懸命に遺体の園で動いていた。

「……いないわ、どこかに逃げたのかしら?」

 エレーナが近くにある焼け焦げた建物を見ていると、獣の呻き声のようなものが、かすかであるが耳に届いた。エレーナは山積みの死体の方に振り向いて耳を澄ました。

「……お……めぇ」

 今度は確かに聞こえた、人の声だった。エレーナは折り重なっている騎士たちの遺骸に駆け寄って言った。

「誰か手伝って下さい、この下に生きている人がいます!」

 すぐに何人かがエレーナの元に集まって、死体をどかしにかかった。すると、山積みの死体の一番下に埋もれるようにして、レクサスがうつ伏せに倒れていた。彼の全身は返り血と自身の流した血で真っ赤に染まり、背後から斬られたのだろう、背中には斜めに走る大きな傷があった。他にも細かい傷が体中にあり、その姿が死闘の様相を物語っていた。

「レクサス様!」

 エレーナはレクサスの頭を両方の太腿の間に置いて間近で呼びかけた。

「しっかりなさいませ!」

 レクサスはぐったりしていて、動く気配はなかった。完全に気を失っている。

「すぐに教会に運んで手当てをします、準備を急いでください!」

 エレーナが看護婦達に言っている時に、レクサスは気を失いながらも微笑を浮べた。

「…ああ……」

「レクサス様、すぐに手当ていたします」

「……こりゃあ……気持ちが良いな…………」

 レクサスが妙な事を口走るので、エレーナは心配になったが、すぐに膝枕が気持ちいいと言ってるのに気付くと、今度は笑みが零れた。

「何て生命力の強い方なのかしら。大丈夫、貴方は助かりますよ」

 レクサスは本当に気持ちよさそうに寝息を立てていた。エレーナはそんなレクサスの顔を、愛おしげになでていた。


フロスブルグの白き乙女……終わり


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