レインブルグの薬師3
シェルリとミースは鞄に薬を詰めて街に出ると、ニイナの言う事が本当であることが証明された。人々は少女たちの鞄にニイナ薬店のマークを見つけると、すぐに寄ってきて薬を求める。
「悪魔の病を治す薬を売って下さい!」
「わたしにもお願いします!」
シェルリとミースはそれぞれ別の場所で出来るだけ目立たない所に客を誘導してから薬を売り始めた。
「えっとね、このお薬はいほうだから、買った方も捕まっちゃうかもだけど、それでもいい?」
ミースのたどたどしい説明に、薬を買いに来た人々は頷いて特効薬を手にしていった。薬を買いに来た誰もが、誰かを助ける為に身を危険に晒していた。だから薬を求める人は必死だった。それだけに薬が売り切れて買えなかった人の落胆ぶりは大きく、気の毒で見ていられない程だった。シェルリもミースも、もっと特効薬を売ってあげたいと心から思うのだった。
一〇〇個以上あった特効薬は昼前には売り切れてしまった。特効薬の効き目が素晴らしいので、それに比例して噂の広まり方も早かった。しかし、良い事ばかりではない。噂が広まれば、騎士団の知る所になるのも当然だった。
薬屋に帰ってきてからのシェルリは、ニイナと交代しながら特効薬の作成を行った。ニイナが休んでいる間はシェルリが特効薬を作る。ニイナに比べれば、同じ時間でシェルリの作れる特効薬は何分の一かだが、少しでも多くの特効薬を人々に売る為にシェルリは頑張っていた。
二日後には一〇〇程の薬を作り上げ、シェルリとミースは再び街に出た。今度の薬売りは一筋縄ではいかなかった。
売り子の少女二人が薬を鞄に詰めて出る前にニイナは言った。
「ついに騎士団が動き出した。今は裏路地もくまなく回ってるって話だ。しかも見回りの人員を倍増して、頻繁に出歩いてるらしい。今のところは誰かが捕まったという情報はないから、特効薬を持ってる人たちは上手く隠しているようだね。本当はもうあんた達を行かせたくないんだが……」
シェルリとミースは何も言わず引き結んだ唇と燃えるように輝く瞳に否定の意を有々と示していた。
「やっぱり無理か。仕方ない気を付けて行くんだよ、危ないと思ったらすぐに逃げるんだ、いいね」
「分かりました、ニイナさん」
「ニイナお姉ちゃんの地図があるから平気だよ」
覚悟を決めている売り子たちに、ニイナは頼もしい部下を持った上官のような心持になって微笑した。
「よし、行って来い」
売り子二人は外に出ると、別れてそれぞれ別の道に入って行った。ニイナは街に出ていく少女たちを見送ると言った。
「さて、そろそろ準備しておかないとね」
街中ではニイナの言った通り、騎士たちが頻繁に巡回を繰り返していた。その上、網の目を縫うようにして全ての道を見ている。シェルリとミースは騎士に見つからないように、隠れながら移動しなければならなかった。
「ふっふふ~ん、見つからないようにっと」
ミースは歌を口ずさみながらゲーム感覚で騎士団の監視網を潜り抜ける。そして目立たない路地に入ったとたんに一人が近寄ってきた。
「例の薬を売ってるんだろう。付いてきてくれ、薬を求めている人が集まってる場所があるんだ」
買う方も捕まらないように知恵を絞っていた。ミースは今は使用されていない古い倉庫に案内され、そこには特効薬を求める人が何十人も集まっていた。
「薬はいっぱいあるから並んでくださ~い」
ミースの声が倉庫に響くと、人々は整列して順番に薬を買っていった。そうして薬がもうすぐ無くなろうと言う時に、外で見張りをしていた者が帰ってきて言った。
「騎士団が来るぞ!」
「みんな逃げろだよ!」
ミースは最後の一人から代金を受け取らずに倉庫の裏手の出入り口に向かって走った。ここに集まっていた人々は騎士団に見つかった時の逃走経路をあらかじめ示し合わせていたので混乱もなく速やかに逃げ出すことができた。ミースはミースで、ニイナがくれた地図に従って逃げていた。
「あそこにいるぞ!」
「あ、やばい!」
逃げていたミースは二人の騎士に見つかってしまった。相手は馬で追ってきたが、ミースはすぐに馬では侵入不能な細い路地に逃げ込んだ。騎士たちは仕方なく馬を下りてミースを追うが、鎧兜を身に着けているだけでも侵入の妨げになる程の細い路地で、騎士たちはミースをすぐに見失ってしまった。その後は、いくら探しても見つからなかった。それもそのはずで、ミースは下水に降りてそこから隠れ家に向かっていたのだ。これらの逃走経路は、ニイナがあらかじめ地図に書き込んでおいたものだった。
ミースが逃げていた頃、シェルリは細い路地の先にある小さく開けた場所で薬を売っていた。立する建物の間に偶然できた小さな広場で、街に住む人でなければ分からない場所であった。シェルリはお客を見つけては、その広場まで連れてきてから薬を売った。その内に向こうから人が集まってきて、小さな広場は人で一杯になった。その中に乞食のように貧相な服を着た小さな男の子が一人いて、付け狙うような鋭い視線でシェルリの鞄を見つめていた。誰もその子の存在には気づかなかった。
「次の方どうぞ」
シェルリが客の一人に特効薬を渡してお金を受け取っている隙に、少年が鞄から薬をとって逃げ出す。
「お嬢さん、薬を取られたぞ!」
客の一人が言って逃げていく少年を指さした。シェルリは追いかけようとは思わなかった。金がないから盗ったのに決まっているのだ。誰かの命を救う為に盗ったのだ。そういう事情がはっきりと分かるので見ないふりをしようと思った。
「貴様、その手に持っているものは何だ!」
「ああっ!!?」
少年が広い通りに出た次の瞬間、何者かが呼び止める声と少年の悲鳴が重なった。シェルリは何を考える間もなく走りだし、建物の隅に隠れながら大通りの様子を見た。先ほど薬を盗った少年が馬上の騎士三人の前で震えていた。
「まさか、それは例の薬ではあるまいな!」
少年は騎士団が見逃す事を神に祈りながら、必死になって首を横に振る。
「調べろ!」
一番前にいた騎士が後ろの二人に命令すると、少年は薬を懐に入れて抱き込んだ。
「見逃してくれよ、この薬があれば母さんが助かるんだ……」
そう訴えた少年の前に、シェルリは跳び出していた。
「この薬はわたしがあげました! 例え違法でも、この薬で墳血症が治るんです! 人の命が助かるんです!」
騎士達が呆気にとられている隙気にシェルリは少年にだけ聞こえるように言った。
「早く逃げて!」
シェルリは少年とは逆方向に走り、騎士たちの横をすり抜けて裏路地に入った。
「追え! 必ず捕まえるんだ!」
シェルリの後ろから、そう言う声と一緒に蹄鉄が地を蹴る音が聞こえた。シェルリが角を曲がったところで先の家の窓から女が顔を出して言った。
「薬屋さん、特効薬を売ってちょうだい!」
「御代は結構です!」
シェルリは女に薬を投げ渡してから、さらに細い路地に入って行った。後を騎士が追いかけてくるので、女は貰った薬を慌てて隠した。
ミースと同じように馬では侵入出来ない狭い路地に入り込んだシェルリだったが、ニイナから教えられていた逃走経路からは大きく外れていた。先ほどの少年の逃がす為には、逃走経路から逆方向に逃げなければならなかったのだ。
まだ十数個残った薬は重かったが、これ一つに一人の命があると思うと捨てて逃げる訳にはいかない。その上、少女の足では大の男から逃げるのには無理もあった。シェルリは張り裂けんばかりに苦しい胸を押さえながら走り続けが、騎士たちが追いかけてくる足音は次第に近づいてきた。更に最悪な事には、路地を曲がると運命の女神が嘲笑うかのようにその先は行き止まりになっていた。正面に聳える四階建の木造の建物を見上げて少女は絶望の余り呻いた。まだ諦めずに窓に手を掛けるが、どれも鍵がかかっていた。ガラスを割ってまで侵入しようという粗暴さは持ち合わせていない。シェルリは建物の前にぺたんと座り込んで、顔を覆って泣き出した。
「ニイナさん、ミース、わたしもう駄目みたい……」
誰もいない狭い路地に追手の足音が異様な程に響いていた。騎士たちは間もなくシェルリの前に姿を現すだろう。もうどうにもならない、完全に袋の鼠だ。深い絶望の中でシェルリは足音がぴたりと止まって騎士たちが叫ぶのを聞いた。
「何奴!?」
その瞬間、次々と悲鳴が起こり、それから路地裏は荒涼とした静けさの底に沈んだ。悲鳴は曲がり角の向こうであがったので、何が起こったのかシェルリには分からなかった。少女は恐る恐る歩いていって、曲がり角のところにある家の壁に隠れて向こうを覗く。三人の騎士が倒れていた。シェルリは死んでいるのかと思ったが、近づくと気を失っているだけだと分かった。どうしてそうなったのかと考えてる余裕はなかった。すぐにその場から逃げ出して、隠れ家に向かって走っていた。
狭い隠れ家に先に着いたミースは、シェルリの帰りを待っていた。
「お姉ちゃん、帰ってこないよぅ……」
帰りが余りに遅いので、ミースは心配の余り泣きだしてしまった。ニイナはそんなミースを抱きながら、慰めの言葉はなく、最悪の事態に備えて頭を回転させていた。シェルリが帰ってきたのはそんな時だった。ミースは途端に泣き顔を明るさで染めた。
「お姉ちゃん帰ってきた!」
息せき切って入って来たシェルリは、後ろ手に扉を閉めてからふらつく足で歩いてベッドの上に倒れ込んだ。その時に鞄の薬が溢れて二つ三つ床に落ちて転がった。ガラス瓶が高く鳴り響いてもシェルリは気づかないで、ただ今にも死にそうなくらいに浅く小刻みな息継ぎを繰り返していた。
「お姉ちゃん大丈夫!? 死んじゃやだよ!?」
ミースがまた泣きそうになると、シェルリは反転して仰向けになり、それなりに膨らんだ胸を上下させながら言った。
「大丈夫……ちょっと、走りすぎて……」
「まったく、心配させるな。騎士団に捕まったかと思ったぞ」
腕組みして言うニイナにシェルリは何か言いたそうだったが、まだ息が続かない。
「シェルリが今にも死にそうだ。これはわたしの元気を分ける必要がありそうだな、うん」
ニイナが妙な事を言うので、シェルリは身の危険を感じていやいやと首を横に振ったが、ニイナはかまわずにベッドに跳び込んだ。
「うう~っ!?」
「シェルリ大丈夫か、いま助けるぞ」
シェルリはニイナに抱きつかれて手足をばたつかせた。
「お姉ちゃん、余計苦しそう……」
ミースが止めて欲しそうな顔をしていた。それから息を回復したシェルリはニイナの体を押しのけて言った。
「止めてください~っ!」
「お姉さんの元気をもらって少しは回復したかい」
「お構いなく、自然に回復しますから!」
「そんな、遠慮するなって」
「いや~っ!」
ニイナの頬ずりを受けたシェルリは、顔を薔薇色に染めて何とか離れようともがいていた。その様子がおかしくてミースは側で声をあげて笑った。
それから少し経って、ニイナの手を逃れたシェルリはベッドの上で膝を抱えてむくれた。
「もう、本当にいい加減して下さいよ。こっちはもう少しで捕まりそうになって、必死に帰ってきたのに」
「可愛いシェルリが苦しそうだったからついね」
「余計に苦しかったですよ!」
「悪かった、悪かった。それよりも、あんたが捕まらないでよかったよ」
「本当だったら捕まってたと思うんですけど……」
「そいつはどういう意味だ?」
ふやけていたニイナの顔が急に鋭くなった。シェルリは先ほど騎士たちに追いかけられた時の事を全て語った。
「なるほど、愛しい王子様が守ってくれたってところかな」
「そんな訳ありません!? そ、そ、それに愛しいなんてそんな……」
シェルリは激しく狼狽して顔を緋色に染める。あまりの分かりやすさにニイナは思わず吹き出していた。
「あんたは隠し事は出来ない性質だね。分かりやすいにも程があるぞ」
「お姉ちゃん、王子様が好きなんだ~」
「う~っ……」
シェルリは赤く染まった顔が見えないように俯いたが、今の状況ではまったく意味のない行為だ。ニイナは恥ずかしがるシェルリに何のことはないという風に言った。
「別に隠す事はないじゃないか。年頃の女の子が王子様に憧れるなんて普通の事だよ」
シェルリは黙っていた。ニイナの言う憧れるという言葉に非常な違和感を覚えつつ、身の丈に合わない情愛を前にして自分を責めた。心の底から王子エリオを愛していた。そして、王子をごく身近な婚約者のようにも感じていた。本当に自分は馬鹿だと思ったが、そんな思いを持つくらいは許してほしいと心の中で王子に謝った。
翌日の早朝、何者かが隠れ家兼店舗の木窓を三回叩いた。常連客である合図だが、こんな早くから客が来るわけはない。それを待っていたかのように早くから起きていたニイナは、ベッドで寝ているシェルリとミースに気を遣いながら近づいて窓を少し開けた。それから窓の向こうにいた者と二言三言の話をしてから外の者に金を渡した。それからニイナは窓を閉じて少し考え込んだ。
「……いよいよ潮時か」
そう言うなり、ニイナはシェルリとミースを温める毛布を一気にはぎ取った。
「起きろーっ! 子供たち、仕事の時間だ!」
「ふぅ、寒いよぅ」
「何ですか、こんな朝早くから……」
ミースは寒いと言いながらまだ丸まって寝ている。眠りを妨げられて起きたシェルリは酷く機嫌を損ねながら目をこすっていた。
「逃げるんだよ、荷物を馬車に運ぶから手伝いな」
「ん……逃げるって?」
「朝になったら騎士団がここに来る。この場所を密告した奴がいるんだ」
それを聞いてシェルリはいっぺんに目が覚めた。
「密告って、誰が!?」
「恐らく同業者だ」
ニイナの同業者、つまり密告したのは薬師という事だ。信じがたい言葉に、シェルリは嘘だと言いたかった。しかし、今まで同じ人間の恐ろしさを知ったシェルリには、何となく密告した者の意図が分かるような気もしていた。
「この街に古くからいる薬師が、若輩なのに町中から信頼を得たわたしを疎ましがっているのは知っていた。違法な新薬を売った事をこれ幸いと密告したと考えるのが妥当だが、実のところはそうじゃない。気に入らなかったのさ、自分たちでは決して作る事の出来ない薬を作って売ったわたし達がね。人間っていうのは嫉妬深い生物だ」
「そんな! そんなのってないです! わたしたちはただ病気で苦しんでいる人を助けたいだけなのに、人の命を救いたいだけなのに! どうしてそれを邪魔する人がいるんですか!?」
シェルリは知らず知らずのうちにニイナを責めていた。もちろんシェルリにそんなつもりはないが、ただ苦しんでいる人を助けたいだけの自分たちを邪魔する者が許せず、憎くて悔しくて瞳に涙を滲ませて、どうにも抑えきれない気持ちをニイナにぶつけた。
「人間っていうのは、そういうもんなんだよ。あんたみたいに天使のような子もいれば、想像を絶する悪魔もいる。わたしたちを密告する奴がいるのが現実だ。今は悲しむときじゃない、逃げる時だ。薬は逃げた先でまた作って売ればいい」
ニイナはシェルリの激しさを受け止めて、今ある世界を淡々と教え諭す。それからニイナは、もう話をしている暇などないというように、命令的に少女たちに言った。
「外に荷馬車が来ているはずだ。必要なものをすべて乗せるんだ、夜明け前には出発する、もう時間がないよ!」
シェルリが激したときにミースも目を覚ましていた。幼い少女はベッドから飛び降りると、何も言わずにニイナの言う事に従った。無垢な子供だからこそ、ニイナの言う通りにする事が生き延びる道だと本能で分かっていた。
シェルリが材料の入った皮袋を持って外に出ると、確かに2棟立ての荷馬車が待機していた。それ以外に御者らしき者はいなかった。考えている時ではないので、シェルリは荷物を乗せて隠れ家に戻った。
春とはいえ朝方の空気は刺すように冷える。しかし、馬車と入り口の間を往復して何度も重い荷物を運び込む少女たちの顔には汗が滲み、吐く息は濃霧のように白かった。やがて遠くの空に明かりがさしてくる。
「もうすぐ朝だ、時間がないな。シェルリ、ミース! 細々したものはもう良いから馬車に乗れ! 早く出発しないと騎士団に捕まる!」
「これで最後です」
シェルリは生活用品が入った袋を最後に乗せて、ミースと一緒に馬車の荷台に飛び乗った。二台に少女たちの居場所は確保できたが、隠れ家の狭さから想像できないくらいの荷物があった。その大部分は薬の材料と薬を精製するための機器だった。
「出発するよ!」
御者代のニイナが鞭を入れると、二頭の馬が動き出し荷馬車がゆっくり前に進みだした。何とか間に合ったとニイナがほっとしたその矢先に、後方から蹄鉄が地を穿つ音と声が後ろから飛んでくる。
「そこの荷馬車! 止まれ!」
三棟の騎馬が荷馬車を追走してくる。それを見たニイナは痛打を受けたように顔を歪めた。
「くそ、予想よりもずっと早く来た。二人とも飛ばすぞ! 舌噛まないように気をつけろ!」
ニイナが強く鞭を入れると、二頭の馬が走り出す。荷台は振動に加えて冷風が渦巻き、少女たちは荷物に体を預けて耐えた。荷台の一番後ろに乗っていたシェルリには、薄闇の中を追ってくる騎士たちが良く見えていた。騎士たちは明らかに荷馬車に近づきつつあった。
「こっちは馬二頭に対して荷物に加えて人間が三人も乗ってる。このままじゃ追いつかれる、ちくしょう!」
常に冷静だったニイナが、癇癪を起こして言葉を吐き捨てる。それほどに状況は逼迫していた。シェルリも近づいてくる騎士たちを見ながら、今度こそ駄目かもしれないと思わず考えてしまう。その瞬間、シェルリの目に奇妙な影が映った。その影に阻まれて、騎士たちは急停止を余儀なくされた。追ってきていた一番前の騎士が手綱を引き、馬が高く足を上げて嘶く。シェルリはそれを聞きながら奇妙な影の正体が馬に乗った人間だと知った。馬上の人がフードを取ってシェルリを見た。その青年は近衛騎士レクサスだった。
「レクサスさん。昨日わたしを助けてくれたのも貴方だったんですね」
シェルリの声が聞こえる距離ではなかったが、レクサスはそうだと言う様に頷いた。
レクサスに道を阻まれた騎士たちは剣を抜いて殺気立った。
「貴様、どけ!!」
「すまない、俺の馬はなかなか言うことを聞かない奴でね、ここから動こうとしないんだ」
「斬ってしまえ!!」
一番前の騎士が剣を振り下ろした刹那、その剣が高く跳ね上がり、差し込んできた朝日を反射して輝きを帯びながら落下し、甲高く鳴いて地面に転がる。目にも止まらぬ速さでレクサスは剣を抜いていた。
「乱暴はよしくれよ。そっちがどうしてもやるって言うのなら相手になる、容赦はしないぜ」
再びフードを被ったレクサスと騎士たちを朝日が照らし出す。前面で剣を弾き飛ばされた騎士は青白い顔で呆然とし、剣を構える後ろの二人はレクサスの身を貫くような言葉に戦意を著しく削がれていた。
朝日を背に荷馬車は走る。とりあえずは事なきを得た少女たちは、朝日の優しく包み込むような温もりの中で安心を得た。相変わらず酷く揺れる中でニイナが言った。
「あの騎士がいなければ確実に捕まっていたよ、あれも王子様の差し金か?」
「あの方は近衛騎士のレクサスさんです。王子様が私を守る為に遣わしてくれた人なの。わたしをリドさんの所に連れて行ってくれたのもあの方です」
「王子様に騎士か、あんたまるでお姫様だね」
からかうように言うニイナに対して、シェルリは何も答えずに頬を染めた。それからシェルリはふと浮かんだ疑問を口にした。
「ニイナさん、これからどこに向かうんですか?」
「どこって、そりゃ決まってるだろう。墳血症の患者がいる所さ」
「それってもしかして」
「フロスブルグだ!」
少女たちは荷馬車に揺られながらフロスブルグへ、特効薬に対する悪辣な迫害により、シェルリがすべてを失った街、シェルリの旅の始まりの街へと向かっていた。
レインブルグの薬師・・・終わり




