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第35話 それでも、答えを探している




 王城の回廊は、昼下がりになると不思議な静けさを帯びる。人の気配は確かにあるのに、声だけが、薄く、遠い。


「……炊き出し、まだ続けているらしいな」


 ふと、そんな言葉が耳に入った。立ち止まるほどではない。けれど、歩みを緩めるには十分だった。


「善意としては立派だ。だが――」


 少し間が空く。言葉を選んでいる、というより、結論はすでに共有されているような沈黙。


「結果が見えない」


 低い声が、淡々と続けた。


「数字が動いていない。治安も、物価もだ」

「支援というのは、続かなければ意味がない」

「……まあ、若いからな」


 最後の一言は、苦笑まじりだった。


「理想を持つのは悪くない」

「だが、理想だけでは街は回らない」


 さらに別の、大人たちの声が重なる。


「兄殿下なら、もっと現実的に進めただろう」

「手段を選ばない、という意味ではなく」

「最初から“限界”を見据える、という話だ」


 そこに、責める響きはない。怒りも、失望も、露骨には滲ませない。ただ、距離を置く声だった。


「止めるほどではない」

「だが――期待はしない」


 話題は、自然に別のものへ移っていく。式典の予定。予算の話。次の会合。誰も、名指しでは何も言わない。それでも、空気だけは、確実に変わっていた。


 ――ああいうのは、続かない。

 その結論だけが、回廊の静けさに溶け込んでいく。 


 若い王族が考えた支援策は、いつの間にか「評価の対象」ではなく、「様子見の案件」になっていた。


 止められてはいない。だが、支えられてもいない。

 それが、この場所の“答え”だった。



「……これだけ?」


 呟きは小さい。誰かに向けたものでもない。


「前は、もう少し多かった気がする」

「今日はパンは硬いな」


 声は重ならない。怒鳴る者もいない。列の後ろで腕を組む人。受け取ったあと、鍋をもう一度見返す視線。


「こんなものしかないのか」


 並んでいた男が、配られたパンを見つめて呟いた。


 かつて溢れていた「ありがとう」の声は、もうどこにもない。


「次はもっと増やせよ」

「ずっと続くんだろ?」


 善意はいつの間にか「当然の権利」へと変質していた。救われ続けることが当たり前になった人々にとって、支援が滞ることは「裏切り」に等しい。


 誰も悪くない。誰も、間違ってはいない。ただ――距離だけが、少しずつ変わり始めていた。



 王城の一室には、無駄なものがなかった。


 余白のない机、整いすぎた書類、静かすぎる空気。そこに集められたのは、結論を出すための人間だけだ。


「……支援は、一時的な効果に留まっています」


 役人の声は低く、感情が混じらない。


「物資の流れは滞り」

「民の不満は解消されず」

「むしろ、期待値だけが上がっている」


 誰もギルバートを見ない。すでに“過程”は終わっていた。


「――だから、言っただろう」


 兄の声が、淡々と割り込む。


「凡人と同じ目線に立てば、同じ沼に沈む」


 視線だけが、ギルバートを捉える。値踏みするように。昔から変わらない目だった。


「炊き出し?物資?」


 鼻で笑う。


「そんなものは、最初から“失敗の形”だ

感謝は一時、要求は永続する」


 断定だった。


「お前は、分かっていなかった。

――いや、分かろうとしなかった」


 ギルバートの喉が、わずかに鳴る。


「人は、救われるときに感謝するんじゃない。

救われ続けられないと知った瞬間、敵になる」


 兄は、机に指を置いた。


「お前は“民を見た”つもりになっていただけだ。

自分の正しさに酔っていただけ」


 逃げ場のない、痛烈な言葉が、ギルバートの胸を抉る。


「王族は、民から好かれる必要はない。利用されず、管理できればいい。……お前は優しい。だが、所詮お前は俺のスペアにすぎない」

 

 沈黙。誰も反論せず、誰も彼を庇わない。その静寂が、何よりも残酷な否定だった。


 ギルバートは拳を握ることすらできず、ただ視線を落とした。


 方法でも覚悟でもなく、自分の在り方そのものが否定された気がした。信じていたものが砂のように指の間から零れ落ち、彼の世界から光が消えていく。


――やはり、自分は間違っていたのだろうか。


 そう思わせるには、十分すぎる言葉だった。





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