第三話 記憶
斬られた背中が熱く、痛すぎて息ができない。
あぁ、せっかく長生きできそうだったのにバカだなぁ。
崩れ落ちるフィオナの目から涙が流れた。
「フィー!」
兄リチャードの声が聞こえる。
「ワイズ! なんてことを!」
「俺を選ばなかった王子など、この国には必要ない!」
将来有望だと言われていたがワイズはリーダーに選ばれなかった。
だからといって守るべき王子を斬ろうとするなどあってはならないだろう。
「フィー! しっかりしてください! フィー!」
珍しく動揺しているカインの声。
フィオナがうっすらと目を開けると、必死に自分を呼ぶカインと目が合った。
「……今度こそ……生きら……」
今度こそ生きられると思ったのに。
またダメだった。
「フィー! 目を開けろ! フィオナ!」
リチャードは息をしていないフィオナを泣きながら抱きしめた。
なぜ救えない?
なぜフィオナは悲惨な死を遂げるのだろうか?
取り押さえられる騎士ワイズの肩には光る糸。
ワイズも蜘蛛に操られていたのか?
フィオナが亡くなってすぐリチャードは病に倒れ、後を追うように亡くなった。
世界は再び真っ白に。
物語は白紙に戻った—―。
◇
九回目はフィオナもリチャードも流行病で亡くなった。
フィオナは一歳、リチャードは七歳だった。
なぜフィオナは生きられないのだろうか?
『……今度こそ……生きら……』
泣きながら八回目のフィオナが最後に言った言葉。
……今度こそ?
カインはようやく違和感に気がついた。
毒入りスープ、リーネ川の氾濫、宰相の娘。
フィオナの行動が変だと思ったが『今度こそ』という事は『前回』があるという事だ。
まさかフィオナには記憶がある……?
真っ黒なカラスの姿のカインはウセキ国の上空を飛んだ。
十回目。
リチャードは少しやんちゃな王子だが生まれたばかりのフィオナを可愛がっている。
今度こそ物語を百年続けてみせる。
カインは再びカラスの姿から十三歳のリチャードの補佐官となった。
◇
またカインがいる。
柱の影から覗いたフィオナは今日から急に現れたカインを眺めた。
「フィー? どうした?」
くすくす笑いながら柱を覗き込むリチャードは今日もサラサラで綺麗な金髪。
「フィオナ姫、かくれんぼですか?」
黒髪のカインはフィオナの横に膝をついても音が鳴らない。
「カイン」
今のカインは十三歳。
まだ背が伸びる前の若いカインだ。
死ぬ直前の必死な二十二歳のカインを思い出したフィオナは俯いた。
「どうしましたか?」
「……なんでもない」
泣いてはダメだ。
「どこか痛いところでも?」
「なんでもない」
急いで手で涙を拭うフィオナの顔をカインは優しくハンカチで拭いた。
「擦ってはダメですよ」
フィオナの泣き顔が一瞬亡くなる前の顔に見えたカインは悲しそうな顔でフィオナを見た。
まだ七歳のフィオナは今回も婚約者にしてくれるだろうか?
「フィオナ姫、急な話で驚かれると思いますが私と婚約してくれませんか? 姫をお側でお守りしたいのです」
前回は守りきれなかったけれど。
カインはフィオナの両手を握った。
前回はイヤだと断られた。
何度かお願いしてようやくお試しの婚約者にしてもらったのだ。
「フィーとお呼びする許可を頂けませんか?」
優しく微笑む黒色の眼。
フィオナはあっさりコクンと頷いた。
「カインと婚約します。フィーと呼んで」
以前のように。
フィオナの目から涙がボロボロと溢れる。
カインは驚きながら優しく涙を拭き取った。
「あー! なんでフィーを泣かせているんだ、カイン!」
妹をいじめたら許さないぞ! というリチャード。
全部横で見ていたくせに。
「ありがとう、フィー」
カインはフィオナの手を持ち上げると手の甲に口づけを落とした。
毒入りの緑のスープ事件もクリア。
リーネ川の氾濫もクリア。
大臣達に賞賛されるリチャードを十歳のフィオナは嬉しそうに眺める。
後ろから近づいたカインに気づいたフィオナは振り返った。
「街が無事で良かった」
フィオナが微笑むとカインはそうですねと答えた。
氾濫が起きなかったので大災害も起きない。
兄リチャードをまた隣国の優しい姫と婚約させ、騎士ワイズに気をつければ今度こそ17歳になれるかもしれない。
今のところ、順調だ。
「一緒にクッキーでもいかがですか?」
「えぇ。頂くわ」
あとでお兄様の部屋に行きますと言うとフィオナは長い綺麗な金髪を揺らしながら部屋へと戻った。
「カイン、騎士のハリウスだが有能だと思わないか?」
お気に入りのクッキーをかじりながら兄リチャードが告げた名前にフィオナは驚いた。
えっ?
ワイズじゃない。
どういうこと?
「ハリウスは面倒見が良いのでリーダーに向いているでしょうね」
カインはリチャードに紅茶を、フィオナにはミルクティーを差し出した。
ミルクティーは少し甘めのフィオナ好み。
前回もカインが淹れてくれるミルクティーが大好きだったが、今も味は変わっていない。
「お前達幸せそうだな。俺も婚約しようかな。宰相の娘あたりで良いか」
「ダ、ダメッ!」
「ダメです!」
フィオナとカインの声が重なるとリチャードは「お前達はお似合いだな」と笑う。
フィオナの希望通り、リチャードはピンクが似合う可愛い系の隣国の姫と婚約。
ワイズもいない。
宰相の娘には刺されないし、騎士ワイズにも斬られない。
ホッとするフィオナをカインはジッと見つめた。
修復士カインの師匠ローレルは『修復中』の札がついたウセキ国物語の本をテーブルに置いた。
簡単には修復させてくれないようだ。
新人のカインでも本来なら二時間程度で修復が終わるかと思っていたが。
本の状態は悪くない。
物語の中でカインは蜘蛛の糸に気づいたようだが、本には蜘蛛の巣は見当たらない。
気をつけろと言った騎士ハリウスは何者だろうか。
師匠ローレルは修復中の本を手に取り立ち上がった。
◇
「縁談?」
このまま順風満帆に十七歳を迎えられると思っていたフィオナは国王陛下の言葉に耳を疑った。
「あぁ、先日我が国に遊びに来ていたルダー国の第一王子がフィオナを気に入り、ぜひ妻にしたいと」
「でも、私の婚約者はカインで」
このままカインと結婚するのだと思っていたと言うフィオナに国王陛下は困った顔をした。
「カインは我が国の公爵家。ルダー国の王子の方が国としては有益。カインは身を引くだろう」
フィオナは手をギュッと握った。
他国の王子に嫁ぐために馬車で移動中、盗賊に襲われて死んだのは何度目かはわからないが十六歳。
また今回も死ぬのか。
「……イヤです」
「フィオナ、お前は王女。国のために我慢してくれ」
「イヤです! 絶対にイヤ!」
もう死ぬのはイヤだ!
フィオナは挨拶もせず、部屋から走り去った。
走ってはいけない廊下を泣きながら走る。
「危ない!」
カインの焦った声と同時に腕で腰を掴まれたフィオナは驚いて目を見開いた。
「えっ……?」
足の数センチ先は階段。
いつの間にここまで走っただろうか。
階段から落ちて死んだこともあった。
そう。ここの階段だ。
「……よかった、無事で」
落ちてしまうかと思ったと言うカインにフィオナはごめんなさいと謝った。
「どうしたのですか? 何があったのですか?」
カインが心配そうな顔で覗き込むと、フィオナは俯いてしまった。
「フィー?」
泣いたまま動かなくなったフィオナをカインはふわっと抱き上げる。
「つかまっていてくださいね」
人生初のお姫様抱っこだ。
泣き顔が見えないようにカインの胸に顔を埋める。
「姫様、どうなさいましたか?」
「医師を呼びますか?」
「階段から落ちそうになり驚いただけです。部屋で休ませます」
部屋の扉を騎士が開け、カインはそのままフィオナの部屋へと入った。
一緒に入ろうとする侍女を断り、部屋に二人っきりに。
このアリエナイ状況が許されるのは婚約者だからか、補佐官という信頼された立場だからか。
「大丈夫ですか?」
カインはフィオナをソファーに座らせると、優しく頭を撫でた。
「ミルクティーを淹れますね」
立ちあがるカインの上着をギュッと握りながらフィオナは泣きそうな顔でカインを見上げる。
「どうしたのですか?」
カインは紅茶を淹れるのは止め、フィオナの隣に座った。
「カインは……」
そのまま目を伏せ何も言わなくなってしまったフィオナ。
カインはフィオナの手をそっと握った。
「フィー? どうし……」
フィオナの顔を覗き込みながらカインが尋ねようとすると、フィオナの部屋の扉がバンッ! と開いた。
「お兄様?」
「リチャード様?」
驚いた二人が扉を見ると、急いで走ってきたリチャードが肩で息をする。
「カイン! フィーから離れろ」
もう婚約者じゃないと言うリチャードにカインは驚き、目を見開いた。
「どういうことです?」
リチャードとフィオナを交互に見るカイン。
「ルダー国の第一王子がフィオナに求婚した」
「えっ?」
そんな展開は知らない。
今までの十回の中に他国の王子は出てこなかった。
新しい展開にカインが焦る。
やはりフィオナは救うことが出来ないのか?
「だから泣いて……?」
カインがフィオナの手をギュッと握ると、フィオナは泣きながら微笑んだ。
フィオナは王女。
ルダー国の第一王子に求婚されれば受けざるを得ない。
ただの公爵子息の自分では守り切れない。
「輿入れはいつですか?」
「すぐにでもと言っている」
「せめて十七歳の誕生日まではこの国に居られませんか?」
フィオナの誕生日まではあと三ヶ月。
十七歳になれば、物語は百年続くかもしれない。
「婚約者でなくていいです。あと三ヶ月だけ、十七歳の誕生日までフィーの側にいさせてください」
懇願するカインにリチャードは溜息をついた。
「フィーの気持ちは?」
「わ、私も、カインの側にいたい……」
「わかった。父上に相談しよう」
三ヶ月くらいなら身支度だと引っ張れるだろうと、リチャードはすぐに国王陛下の元へ行ってくれた。
再び二人っきりになった部屋。
カインはフィオナの手を握ったまま、ソファーの下に跪いた。
「もう二度と二人っきりで話す機会がないと思うので確認させてください」
変な前置きをするカインにフィオナは頷いた。
「『前』の記憶がありますか?」
カインの言葉に驚き、目を見開くフィオナ。
その反応にカインは確信した。
彼女には記憶があり、彼女の行動が変わるので毎回ストーリーが違う。
彼女も要因の一つだ。
「他国の王子のパターンは?」
「向かう途中の馬車で盗賊に」
「十六歳ですか?」
フィオナが頷くと、カインはわかりましたと頷いた。
「必ず助けます」
グッと手を握るカインにフィオナは泣きながら頷いた。
あぁ、カインはお助けキャラなのかもしれない。
お兄様が優しくてなんとかすれば十六歳を超えられそうな場合にだけ来てくれるヒーロー。
「今まで十六歳を超えたことは?」
フィオナは首を横に振る。
「他のパターンはわかりますか?」
「さっきの階段と、魔女と、病死と、災害と、戦争と、お兄様と、宰相の娘、騎士」
泣きながら一生懸命答えてくれるフィオナ。
何度も何度もフィオナは頑張ったのだ。
そのたびに十六歳で亡くなり、また繰り返す。
永遠に終わらない日々はツラかっただろう。
「リーネ川が氾濫しないようにしたり、お兄様が宰相の娘と結婚しないようにしたり、今回騎士のワイズがいないのも全部カインのおかげなのね」
ありがとうと言うフィオナ。
抱きしめたいのに、もう婚約者ではないので抱きしめられない。
カインは切なそうな顔でフィオナを見つめた。
「フィー! カイン! 感謝しろ!」
戻ってきたリチャードは、十七歳の誕生日まではこの国にいられるようにしたと笑う。
「ありがとうお兄様」
「リチャード様、ありがとうございます」
カインはフィオナを見つめると、必ず守ると決意を込めて頷いた。
婚約者ではなくなったカインはフィオナには近づけなくなった。
遠くから見守るだけで、カインからは王女フィオナに話しかけることもできない。
長年二人の姿を見守ってきた侍女達も騎士達も大臣も、どうすることもできずに目を伏せた。
他国へ行くまであと二ヶ月。
「やっぱり、ダメなのね」
宰相に出発日を伝えられたフィオナは苦笑した。
フィオナの誕生日まではこの国で過ごせるという約束だったが、ルダー国の第一王子がフィオナの十七歳を祝いたいと言い出したのだ。
誕生日の五日前にこの国を出発することに決まったと言う宰相からフィオナは目を逸らした。
あぁ、やっぱり盗賊に殺されて今回も十六歳で終わるのだ。
出発の前日に家族が誕生日を祝ってくれたが、そこにカインの姿はなかった。
会うとツラいだろうと、兄リチャードが配慮したのだと侍女エルメがこっそり教えてくれた。
「フィー、元気で」
「はい。お兄様も。お元気で」
見送ってくれる人達の中にもカインの姿はなかった。
兄リチャードが申し訳なさそうに笑う。
兄がカインに見送るなと命令したのだろう。
もうカインに会えないだろうか。
盗賊に殺されたら、また『次』でカインに会えるだろうか。
泣いたフィオナを乗せた馬車は国境へと向かう。
次の角を曲がると盗賊に襲われてこの左の崖から馬車が落ちるのだ。
フィオナは深呼吸した。




