8.朝霧さんと鏑木さんが修羅場になりそうだけど、愛の力で仲直り
「エリカ、あんた、何やってるのよ?」
それは私が鏑木さんの手を取ろうとした瞬間だった。
振り返ると、朝霧さんがいた。
点滴スタンドを杖代わりにしているのか、ちょっとしがみつくような姿勢だ。
朝霧さんはすごい剣幕で鏑木さんをにらんでいる。
そもそもちょっと涼しい瞳をした朝霧さんだ、鋭い目つきになるとかなり怖い。
「ええぇ、とーこじゃん。熱あるんじゃないの? 顔赤いよ、大丈夫?」
一方の鏑木さんは相変わらずマイペースである。
私なんか「ひ」と言ったっきり、一言も発せないというのに。
「大丈夫じゃないわ! っていうか、あんた、食堂で何してるのって聞いてるの」
「えー、二人で一緒にご飯食べただけだよ? 普通じゃん」
「あんた、Xに上がってたけど、白米だけ食べてたらしいわね? 藤咲さんに奇行を働くなんて許せない」
「べ、別にー? その、えと、なんだ、炭水化物だけダイエットだしー?」
朝霧さんはスマホを鏑木さんに見せつける。
そこには鏑木さんを隠し撮りした様子の写真が挙げられていた。
『yeriが白米だけ食べてるんだけど、めちゃくちゃかわいい』
写真はいきおいよく白米を食べている様子だったけど、確かにかわいい。
隣にいる私はモブらしく完全に見切れていた。
それにしても、隠し撮りはよくないなぁと思う。
いくらモデルさんとはいえ、一介の生徒なのだ。
「藤咲さん、この女に何か変なことされてない? 大丈夫? 怖くなかった? 馴れ馴れしすぎて嫌だったでしょ?」
「い、いや、べ、別に大丈夫ですけども」
朝霧さんは私の肩に手を置いたり、腕を触ったりして、安否を確認してくる。
心配してくれているのは嬉しいけど、その、えと、なんだ……近い。
「もー、とーこ、大げさすぎ。びっくりしてるじゃん。私たち、もう仲良しだもんね。ゆうなちゃん?」
今度は鏑木さんが私と朝霧さんの間に入る。
その時に朝霧さんの手を私の肩から振り払う。
「ゆうなちゃん……」
頭の中で鏑木さんの名前呼びがリフレインする。
私の思考は完全に硬直。
うわは、名前呼びされちゃったよ。
生まれて初めてだよ。
私、一生、「藤咲さん」のままだと思ってたのに。
「へぇー? ゆうなちゃん?」
朝霧さんの雰囲気が変わった。
彼女は慣れた手つきで注射を腕から抜くと絆創膏のようなものを貼り付ける。
視線は鏑木さんから一切外さないまま。
こ、これって、よくない雰囲気なのでは?
「エリカ、ずいぶん、身のほど知らずなことを言っているのね? 神様に対して失礼だと思わないの?」
「べっつにー? 自分がいいなぁって思ったら突き進むのが人間の生き方だし」
朝霧さんと鏑木さんが手を四つにして組みあい、、力比べの態勢になる。
二人とも神話っぽいことを言っている。
ひぃいい、始まってしまうのかも、神と巨人族の終末戦争が。
「エリカ、あんたとは友達だけど、こればかりは譲れない。突発的で向こう見ずな行動が未曽有のトラブルを引き起こすのよ? わきまえなさい」
朝霧さんがぐぐぐっと鏑木さんを押す。
さっきまで点滴してたのにすごい力だ。
「わ、私だってわきまえてるもん! あくまで、一人の人間として興味があるって言うのがそんなにダメなの? とーこだってベタベタしてたくせに!」
今度は鏑木さんのターンだ。
そもそも、鏑木さんは身長も大きい。
パワーで負けるとも思えない。
「おぉう……」
私は二人の間に入って、あわあわしてるだけである。
だけど、それでいいんだろうか。
朝霧さんはぼっちの私に手を差し伸べてくれた人だ。
鏑木さんはすごく気づかいができる優しい人だ。
だから、本音を言うとぶつかってほしくない。
「ぅ、あの、二人とも……やめてください!」
そんなに大きな声は出せない。
出したことがないし、慣れてもいない。
だけど、精一杯、伝えなきゃ。
「たぶん誤解だと思いますし、ぅ、その……えっと仲良くしましょ? ね? 二人ともいい子だから、えと」
二人にケンカして欲しくない。
はっきり言うと、他の生徒の視線が怖いっていうのもある。
だって、眼前で一年の二大美人がぶつかってるのだ。いたたまれない。
「ごめんなさいっ!」
「私も調子に乗りました!」
「へ?」
ここで二人はわけのわからない行動に出る。
即座に土下座したのだ。
私に対して。
なにこの反応!?
ひょっとして無視されるかなって思ってたのに。
「お、おい、ケンカしてると思ったら土下座してるよ!?」
「朝霧と鏑木だよね?」
「土下座されてる相手は誰だ? 藤木?」
「バカ、藤垣だろ?」
騒然とした雰囲気の中、他の生徒さんたちはさらにガヤガヤし始める。
当然、土下座されている私に視線が集中するわけで。
「と、とりあえず、立ってくださいよぉ。土下座とか困りますよ!」
慌てて二人に立ち上がってもらう。
このままじゃ、私が変な目で見られるよ、絶対。
「で、でもぉ、エリカが藤咲さんのこと名前で呼ぶなんて許せなくて」
「わかったよ、もうやらないからぁ」
二人はハンカチで涙をぬぐいながら立ち上がる。
仲直りってわけじゃないけど、ひとまずは落ち着いたってことでいいのかな。
「そんなことで……?」
ここで私は二人が衝突した理由を知ることになる。
何の理由か知らないけど、朝霧さんは私への名前呼びが許せなかったらしい。
彼女は礼儀正しい人なので、普段から丁寧語だ。
一日やそこらの関係でしかない私のことを名前呼びするのはどうなのかと問題視したのだ。
親しき中にも礼儀あり。
そんな朝霧さんの気持ちも分かる。
一方で、仲良くなったら距離を縮めたいという鏑木さんの気持ちも分かる。
私のことをそんな風に思ってくれて、嬉しい。
だったら、ここで勇気を出すべきじゃないか。
「あの、二人とも、よければ、私をゆうなって呼んでください。……透子さんも、エリカさんも」
今までの私なら絶対に言えなかった言葉だと思う。
仲直りしてほしいって気持ちが勇気を引き出してくれたのだ。
「……ぶは」
「ちょ、いきなりだよぉ」
二人はその場でハンカチを目頭から鼻先に移した。
真っ赤に染まっていくそれを見て、私は確信する。
鼻血だ。
ケンカして血圧が上がり過ぎたんだ。
特に朝霧さんは熱があったらしいし、かなりまずい。
「二人とも大丈夫ですか!?」
ほどなくして、二人は保健室へと直行するのだった。
私はその後、1週間ほど、朝霧さんと鏑木さんを土下座させた上に流血させた女、藤木として認知されることになる。
藤木じゃ、ないんですけども。
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