7.鏑木さんと学食に行くことになったら、様子がおかしい
「朝霧さんは今日、お休みなのかな……」
一時間目のクラスになっても朝霧さんは現れなかった。
ひょっとしたら具合が悪いのかもしれないけど、わからない。
私はクラスメイトの連絡先を誰一人として知らないのだ。
最近になって朝霧さんと仲良くしてもらってはいるけど、連絡先を聞くことはできない。
私なんか尋ねるのがおこがましいって思ってしまう。
「陰キャのあなたが私の連絡先を聞くなんて、百年、早くないかしら?」
なんて言われたら、私、絶対に泣くと思う。
朝霧さんに限って、そんなこと言わないと思うけど。
そうこうするうちに午前中のクラスは終了する。
よぉし、お昼ご飯だ。
えへへ、今日はお弁当、頑張ったんだよね。
一人で食べるのはちょっと寂しいけど、スマホ見ながら食べればいいか。
好きな配信者さんの雑談でも見ようかな。
「藤咲ちゃーん、おっはよー!」
「あ、えと、鏑木さん?」
お弁当袋を机の上に出したタイミングで、ひときわ大きな声で話しかけられる。
相手は鏑木エリカさんだった。
今、登校してきたらしい。
相変わらず、太陽みたいに明るい。
「とーこ、風邪ひいて熱あるって聞いたよー? 藤咲ちゃん、今からご飯? じゃあ、一緒に食べようよー、学食いこ!」
「あ、あのぉ、えと、今日はお弁当を持ってきておりまして」
「学食でお弁当食べればいいじゃん! 私、藤咲ちゃんと仲良くなりたかったんだよねー。お弁当もったげる」
「は、はい? ちょ、え!?」
有無を言わさないとはこのことなのか。
鏑木さんは片手に私のお弁当袋、片手に私の手を取ると、教室の外に歩き出す。
もう一度言おう、私の手を取っているのだ。
つまり、私は今、モデルの鏑木さんと手をつないでいる。
「あはは、藤咲ちゃん、手が小さいねえ!」
鏑木さんは天真爛漫な笑顔である。
うはぁ、顔の破壊力抜群。
どこから切り取っても絵になる。
『鏑木、今日もかわいいわ』
『あれで高校生一年とか反則だろ』
『鏑木が連れてきてる女の子だれ?』
『えーと、同じクラスの藤木だっけ?』
『藤原じゃね?』
学食に入ると、鏑木さんを見てひそひそと噂話みたいなのをしている。
そう、彼女は光り輝くスターだ。
すごい人なんだと改めてかみしめる。
一方の私は消え入りたい気持ちでいっぱいだった。
鏑木さんの前にいる私はいわば真夏の太陽にさらされた氷だ。
陰キャらしく溶けていくしかない。
「藤咲ちゃん、周りの目なんか気にしなくていいからね! どーんと構えて。かわいいんだから!」
「うは」
鏑木さんは笑顔でとんでもないことを言ってくれる。
か、かわいいなんて初めて言われた。
お世辞だってわかってるけど、わかってるけど、何だろうこの気持ち。
たぶん、鏑木さんは緊張している私の心をほぐそうとして言ってくれたんだろう。
自然体で人を気遣えるのって、かっこいいなって思う。
気高いライオンのような人だと思う。
「ここに座ってて。すぐに私の持ってくるからねー」
「あ、はい……」
私はもはや借りてきた猫状態である。
心がぽわぽわとして落ち着かない。
幸い鏑木さんが見つけてくれた席は学食の隅っこで、少し静かだ。
ふぅう、隅っこは落ち着く。
ここで一生暮らしたい。
「お待たせ―。はい、藤咲ちゃんのお水とお茶。一緒に並んで食べよ」
「あ、ありがとうございます……って、え!?」
鏑木さんは私の分まで飲み物を持ってきてくれた。
なんで気の利く人なんだろう。
自分のことで精一杯になっていた自分が恥ずかしくなる。
しかし、鏑木さんのトレイの前に置かれたものを見て、私は戸惑ってしまう。
だって、白いご飯とお箸、そして飲み物しかないのだ。
白いご飯は昔話の絵本に出てくるぐらい、山盛りである。
どういうことなんだろう?
おかずを持参してるのかな?
「これ? 私、太っちゃいけないから調整してるのー。白米じゃ太らない体質なんだよね」
「そうなんですかね……」
モデルさんというのは体型維持のために血のにじむ努力をするという。
やっぱりプロは違うんだなと私は感心するのだった。
白米で太らない体質っていうのは初めて聞いた。羨ましい。
「そうなんだよ! いただきまーす」
鏑木さんはうんうんと言いながら、手を合わせる。
高校生になると恥ずかしくて人前でしなかったりするけど、偉いなぁって思う。
「それじゃ、いただきます……」
私も手を合わせて、いただきますをする。
ちょっと恥ずかしくて小さな声になってしまった。
「んふうぅううう! うまい!」
すると不思議なことが起きた。
鏑木さんが白米をぱくりぱくりと食べたのだ。
「私のことはいいから続けてー! 私なんかいないって思っていいからねー?」
「そ、そういうもんですかね? それじゃ……」
私としては鏑木さんと話してみたいという欲はあるものの、まだまだ苦手だ。
だって、めちゃくちゃ美人なのだ。
隣の席に横並びに座っているためか、すごくいい匂いがする。
多分、私が男子だったらフェロモンみたいなのでやられてると思う。
私は緊張しながらも、自分のお弁当に集中することにした。
今日のお弁当は冷凍食品のハンバーグに手作りの卵焼きだ。
白ご飯にはゴマがふりかけてある。
身長は低いが、私はしっかり食べる系の女子なのである。
「美味しい! たまらない! 白ご飯が進む!」
隣に座った鏑木さんは、私の動きに合わせるように白米を口に運ぶ。
ふりかけも使わず、ぱくぱくと白米だけをかきこんでいる。
学食の白米ってそんなに美味しいんだろうか。
「ごちそうさまでした……」
不思議に思いながら、私は食事を終える。
最後に飲むのは鏑木さんの持ってきてくれたお茶だ。
鏑木さんの振る舞いに緊張して、急いで食べたのもあったのか喉が渇いていた。
冷たいお茶がごくごくと喉を流れていくのが心地いい。
「ん?」
「はにゃわぁああああああ!? 飲み込むうぉとぉおお」
すると、どうしたことだろうか。
鏑木さんが猫みたいな声を出して、床に転がったのだ。
その様子はまるで猫が床に転がってくねくねするポーズ。
この人、ライオンだと思っていたけど、猫だった!?
いや、違うよね!?
「だ、大丈夫ですか!? しょ、食中毒とか!?」
「にょわ!? だいじょーぶ。だいじょーぶ。藤咲ちゃんと一緒に食事ができてすごく嬉しくてー。えっと、お金払っていい?」
「お、お金!?」
「やばいよー、もうふにゃふにゃだよー。私、立てないよぉ」
鏑木さんは床を転がっている時に頭を打ったのだろうか。
私には理解しがたいことを口走っている。
いや、そう言えば、先日の朝霧さんもこんな調子だった。
いったい、何が起きてるんだろうか。
「鏑木さん、あ、あの、とりあえず座りましょう。皆さん、見てますし」
「藤咲ちゃん、私のこと、……エリカって呼んでくれない?」
床でくねくねしている鏑木さんには他の生徒たちの視線が集中していた。
あれだけ目立つ人が奇行に走ったら、さもありなんである。
しかし、彼女は衆目など一切考慮に入れないタイプらしい。
私の手を取ると、上目遣いでお願いをしてきた。
その内容は名前呼び。
お友達の証である。
で、でもいいのかな?
私、鏑木さんと仲良くなるようなことをしてないと思うんだけど。
そもそも、なんで私なんかが、殿上人である鏑木さんと?
「あ、私はゆうなちゃんって呼ぶよ? だめ?」
「ぐぅっ!?」
鏑木さんはこくんと首を傾ける。
かわいさの衝撃波で吹っ飛ばされそう。
しかも、なんと私のことを名前呼びしてくれるというのだ。
生まれてこの方、「藤咲さん」だった私にとって初めてのチャンスかもしれない。
もしかすると、これから先、一生、名前で呼んでもらえないかもしれないわけで。
「あ、え、えと、それじゃ、その……」
私の喉がごくりとなる。
ここで彼女の手を取って、「エリカさん、よろしくお願いします」と言えば、契約(?)は完了だ。
これで私にも名前呼びのお友達ができる!
そう思った矢先の出来事だった。
「エリカぁ、あんた、何やってるのよ?」
低い声がした。
まるで地獄の底から聞こえてくるような、怨嗟に満ちた声だった。
「ひ……」
振り返るとそこには、朝霧さんがいた。
点滴のスタンドを押して、赤い顔で立っていた。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるんじゃっ……!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。