57.朝霧さん、キレ散らかすけど、持ち直す
「ゆ、ゆめめ様!?」
私、朝霧透子は焦っていた。
なぜなら、ゆめめ様がMV制作の振り返り配信で、ミスティの音声を公開してしまったからだ。
しかも、あろうことか録音したもの全部を再生してしまった。
最初は猫被っていたものの、後半には普段通りの私の口調に戻っていた。
ミスティのキャラ、崩壊したわよね、これ。
しかし、しかし、私にとってミスティは終わった話。
もう二度と世界に顕現しないはずだった。
どうでもいいのだ、本当は。
だが、エリカと春野セカイの邪悪な二人組は、先日の私が歌っている様子をミスティの動画にして、Youtube上に公開してしまったのだ。
あの時にカメラで撮っていたのは策略だったのである。
その動画は歌うたいの獣ミスティが横揺れしながら熱唱していた。
我ながら、歌っているミスティはかわいい。目つきが悪いところ以外は。
ゆめめ様のMVが伸びたと同時に、なぜかミスティのチャンネルも注目を集める。
それも尋常ではない伸びで、私の歌ってみた動画の再生回数も数万回を超えている始末である。
動画が一本しかないVtuberとして、これは異常なことだ。
何が起きているのか、恐ろしくなる。
さらには、
『悠木ゆめめの歌の先生なのか、どおりで上手いはず』
『ゆめめちゃんと一緒に歌ってみたしてくれないかな』
『わかる。相性良さそう』
などと、私の精神をかき乱すコメントまでつき始めた。
「わ、私が、ゆめめ様と、デュエット!?」
コメントを書いた人間は軽い気持ちで投稿したのだろうが、それを読んだ私の脳内は一瞬で書き直されてしまった。
「これは……盛り上がってきたティよ!」
やばい、私の中のミスティが、ゆめめ様と絡みたいと叫んでいる。
でもそれは一人のファンとして許されない行為。
いや、そもそも、この私がミスティなんていうキャラを演じるのは無理がある。
デュエットとなると、二人で一緒に練習するわけで、自然と距離は近づくわけで、合同練習したりとか、お泊り会をしたりとか。
いや、何を考えてるんだ、私は。
あくまでも、お仕事として仲良しになるわけで、プライベートでの距離が縮まるわけではなくて。
いやダメだ、どこかでボロが出たら終わりだ、きっとすべてが台無しに。
待て待て私。
そもそも、こんなに簡単に歌い始めていいのだろうか、あの日の失敗から立ち直ったわけじゃないのに。
ゆうなさん、かわいいんだよなぁ、本当にかわいい。
それでも、それでも……などと、枕を抱えてベッドの上でゴロゴロ転がる私。
気づいたら、一睡もできなかった。
おのれ、エリカと春野セカイめ。
絶対に許されないことをしたのだ。
土下座ぐらいしてもらわないと気が済まない。
そんなこんなで寝不足のまま登校する私は、絶体絶命のピンチに陥った。
ゆうなさんは昼食の時に悠木ゆめめのMVについて話し始めたのだ。
は?
うそ?
バレた!?
背筋が凍り、教室から逃げ出したくなった。
私たちの暗躍がバレたと思ったのだが、そうではなかった。
「偶然、こんなMVが流れて来て……」
彼女は純粋に私たちにMVを布教し始めたのだ。
「私は全然知らない」などとしらばっくれる姿が微笑ましくて、かわいい。
知らないはずがないのだ、本人なのだから。
思わず吹き出しそうになるが、ここは我慢だ。
ゆうなさんはふみとエリカの仕事をすごく褒めてくれた。
今回、ふみはイラストレーター、エリカはマーケティングと、完全に裏方に徹してもらった。
そのため、どうしてもゆうなさんとの絡みが少なかった。
でも、今日の言葉で完全に報われたと思う。
普段の私はゆうなさんに抱き着くエリカを阻止するところだけど、今日はそのままにしておいてあげた。
「このVtuberの人、すごくかわいい先生ですよね。声も仕草もかわいくて、あ、いや、別に、偶然、知っただけなんですけどね?」
さらに。
ゆうなさんはあくまでも知らないふうを装って、ミスティについて解説してくれる。
推しにかわいいって言われた。それも、目の前で。生で。
「おふぅううう」
心の中が満たされていくのを感じる。
頭からつま先までびりびりと電流が流れる。
このために私は生きてるのかもしれない。
思わず、涙が出そうになるけど、ぐっとこらえる。
……もう少しだけ、ミスティごっこを続けても、いいのかもしれない。
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