54.悠木ゆめめからの大切なお知らせ
「こんばんは、悠木ゆめめです。えと、今日は皆さんに、大切なお知らせがあります」
1週間後、私はマイクに向かっていた。
今回の配信のタイトルは「悠木ゆめめからの大切なお知らせ」というもの。
真っ黒なサムネイルに私の顔と大きな文字のみという、シンプルな配置だ。
ただし、私のママに用意してもらった新作イラストの悠木ゆめめを用意した。
これから告知することは完全なサプライズだ。
リスナーさんをびっくりさせたくて、私が歌を練習していることは黙っていた。
気づいている人はいないんじゃないかな?
でも、ひょっとしたら何人かは勘づいてくれるかもしれない。
私のリスナーさんは勘の良い人が多いから。
『覚悟、できてません』
『ええぇええ』
『心の準備が』
『やめてよ、やめて』
『俺を置いて行かないで』
『お前らゆめめ様の話を聞け!』
1日前から配信枠を確保していたのもあってか、視聴者さんがすごく多い。
その数は1800人を越えていて、コラボ以外では一番多い。
ひぇええ、この中で説明するのか。
心臓がドキドキと音を立てる。
だけど、これはバッドニュースじゃない。
誤解を解かなきゃ!
「あ、ええと、そんなに身構えなくても大丈夫ですよ! えっと、その悪いニュースじゃないですから、えと、私の新しい一歩というか」
思わぬリアクションにしどろもどろになってしまう私。
悠木ゆめめになりきっていない気がする。あわわ。
『新しい一歩!?』
『嘘だろ!?』
『やめて、それ以上言わないで』
『お前らこそやめろよ、ゆめめの決断を祝ってやれよ』
『嫌だ、俺は認めたくない』
『推しは推せるうちに推せっていうけど、唐突過ぎないか』
『今月から推し始めたんだ。撤回してくれ』
『ゆめめ様、こいつらアホです!』
チャットが猛烈な勢いで流れていく。
コメントを拾うのに慣れてはいるけど、かなり早い。
しかし、どれもこれも勘違いというか邪推というか。
「あ、あの、えと、皆さん、私が引退すると思ってます……? ま、まさかですよねぇ……?」
念のため、尋ねてみる。
いや、さすがに引退するなんて思ってないとは思う。
だって、ここ最近は毎日のように配信活動を頑張ってたし。
配信がとびとびになってたなら、そう思われても仕方ないかもだけど。
『……引退!?』
『やっぱり!』
『嘘だろ』
『思ってないよ(涙)!』
『思いたくない!』
『嫌だ、絶対に嫌だ』
『転生しても、俺は絶対に地の果てまで探すからな!』
『ストーカーおるぞ』
『通報した』
だだだだと猛烈なスピードでチャットが進む。
あわわ、引退って言葉を出したからか過剰反応してるみたいだ。
どうしよ、もしかして告知方法を間違った!?
「ちょっと、皆さん、落ち着いてください! 私、引退とかないですから! 落ち着いて、深呼吸しましょう! ね? えへへ、すぅーはぁー」
『Xのトレンドに入ってたぞ』
『悠木ゆめめ、深呼吸』
『こないだ一周年記念したばっかじゃん!』
『企業に転生?』
『ゆめめ様がいなきゃ寝られない』
『やべぇ、同時接続数3000越えてるじゃん』
『深呼吸かわいい』
私が慌てれば慌てるほど、リスナーさんの邪推は激しくなる。
しまいには同時接続数の自己新記録を塗り替える。
3000人の目が私の動画を見ていると思うと、さらに緊張してしまう。
私たちのMVは果たして受け入れてもらえるのだろうかなんて思ったりして。
焦っちゃダメだ、焦っちゃダメだ。
ふぅと息を吐くと、DiscordにSpring Worldさんからメッセージが来ているのに気づいた。
そこには「ゆめめさんなら大丈夫です。リスナーとしても楽しみにしています」と書かれていた。
短いけど、力強い言葉だ。
そうだよね、今までずっと頑張ってきたんだもの。
リスナーさんたちも受け入れてくれるよね。
早鐘を打つ心臓をなだめるように私は小さく息を吐く。
「えっと、今日は皆さんにご報告があります! 私、悠木ゆめめは……」
少しだけ言葉をためる。
その間もチャット欄はどんどん流れていく。
『やめて』とか、『お願い』とか、『殺してくれ』とか、阿鼻叫喚の嵐。
でも、これってリスナーさんに大事に思われている証拠なのかもしれない。
うぬ惚れかもしれないけど。
「オリジナルの新曲を出します!」
言葉に合わせて、MVのサムネイルをどどんと出す。
そこにはMVのイラストレーターさんが用意してくれた、私のイラストがでかでかと載っていた。
曲のタイトルは「Whisper Slave」。
日本語で言うと、ささやきのトリコみたいなイメージだろうか。
正直言って、攻めたタイトルだと自分でも思う。
実際、サムネイルに描かれた悠木ゆめめは、挑戦的というか、挑発的というか、大人っぽい顔をしている。
あと……ちょっと胸元が開き過ぎかもしれない。
賛否両論あると思う。
だけど、聞いてもらいたい。
Spring Worldさんの世界観を味わってもらいたい。
どんな反応が返ってくるだろうか。
ごくりと唾を飲んで、私は画面を見つめた。
『は?』
『え?』
『引退じゃないの?』
『歌を出すの?』
『良かったぁ』
『嬉しい』
『見事に釣られた俺氏、大歓喜』
『ゆめめ様、おめでとうございます!』
『思い込み激しすぎて草』
画面に踊るのは、引退宣言ではなかったことへの安堵の声。
サムネイルやタイトルについての感想はまだ見えない。
いや、そもそも、私が歌を歌うってことについてどう思われるのか……。
『超嬉しい!』
『何はともあれ聞きた過ぎる!』
『やったぁあああ!』
『おめでとうございます!』
『めちゃくちゃサプライズじゃん!』
『大切なお知らせすぎる!』
『どんな経緯で決まったのー?』
リスナーさんたちのコメントは次第に、歌への期待や祝福へと移り変わっていく。
いきさつを知りたがるコメントが現れ始めた。
「えっと、こちらはSpring Worldさんという方に作曲して頂いたんですけど、お仕事以前に曲を作って頂いていて。でも、私、歌を出すこと自体、初めてだったので、すごく緊張してて……」
時系列に沿って話していくだけで、少しだけ涙腺がずきずきする。
一人で勝手に感動してて、なんて痛い奴だろうか、私は。
「それで、えっと、歌の先生としてミスティさんというVtuberさんに指導していただいて、すごく感謝していて。そして、イラストはKGMさんというイラストレーターさんに描いて頂いて、めちゃくちゃかわいいので、ぜひ、ご覧ください! あれ、私、何言ってるんだろ……」
感極まり過ぎてほとんど支離滅裂なことを言いだしてしまう。
本当は関わってくれた人に感謝を伝えたかっただけなのに。
「えと、こちらの曲の配信があと5分で始まります。URLはコメント欄に固定しておきますね! まずは、お楽しみいただければ幸いです! 明日の配信で裏話とか、もっと詳しい内容をお伝えできればと思います! おつゆめめです!」
『超楽しみ!』
『やっば!』
『イラストかわいいぞ!』
『セクシーじゃね?』
『うぉおおお!』
『いいのか、これ?』
『えっ』
『ふーん、いい感じじゃん』
機関銃のような勢いで流れていくチャットを眺めながら、私は配信を閉じるのだった。
同時視聴する手もあったけど、私の弱い心臓が砕けてしまいそうなのでやめた。
たぶん、今日はちゃんと眠れそうにない。
歌イベントの申請は10万回再生からだったけど、とにかく、公開できたことに満足している私がいた。
再生回数は大事だ。
だけど、どんな結果になっても受け入れようと思う。
だって、これはSpring Worldさんをはじめとする、関わってくれた人、みんなの結晶なのだから。
「ゆうな、起きて!」
そして、あくる朝、寝不足の私を叩き起こしたのは、お姉ちゃんだった。
彼女は血相を変えた表情で言う。
「あんた、バズってるよ!?」
「ふぁ?」
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