38.お姉ちゃんの「告知」に揺さぶられます
『最後に告知させてください! 来月、私たち歌う、「ぶいぱらいぶ!」を開催します!』
『ぶいぱらは勿論、他の箱や個人勢の方も歌ってくださる、ライブイベント!』
『ぜひ、チェックしてくださいねっ!』
コラボの最後に、お姉ちゃんたちは歌イベントの告知を行った。
ぶいぱらはゲーム実況のコンテンツも多いけど、それと同じぐらい、歌にも力をいれている事務所だ。
女の子だけの事務所なので、歌って踊れるアイドルっていうイメージもある。
来月に開催される歌のイベントはぶいぱらの皆さんだけじゃなくて、色んな人たちが参加するらしい。
お姉ちゃんも、うたうさんも、すごいパフォーマンスをするんだろうなぁ。
『それじゃ、さよーならー!』
『ゆめめちゃん、またねー!』
『ありがとうございましたー!』
挨拶を終えて、配信終了の場面に切り替える。
一気に力が抜けていくのを感じる。
精神的にも、体力的にも大変な1時間だった。
だけど、胸の奥はまだドキドキしている。
楽しかったんだろうなって思う。
生まれて初めてのコラボが、すごくすごく。
「……お姉ちゃんはまだまだ遠いなぁ」
今日、お姉ちゃんと一緒にASMRをすることができた。
配信の内容としてもきっと面白いものになったと思う。
だけど、お姉ちゃんの背中はずっと先にあるって実感した。
笑いをとりながらも時間内できっちりと納める司会はとうてい真似できない。
うたうさんも自分の役割を理解していて、本当にプロだなぁって思った。
私はどうだったろうか。
今日の配信を見返す勇気が出ない。
なんだか変なこと言ってないかなぁって思ってしまって。
二人とのコラボは私のこれからを考えるに当たって、すごく実になるものだった。
だけど、一つだけひっかかったことがある。
それは、コラボが終わってからの内々の挨拶で、うたうさんにこう言われたのだ。
『それじゃ、ゆめめちゃんは、これからもASMR、頑張ってくださいねっ! 癒し枠、大事ですしっ』
その瞬間、私は「あ、はい、ありがとうございます!」と笑顔で返した。
――笑顔で。
何気ない一言だと思う。
だって、私はASMRをメインコンテンツとしてやってきたし、それを否定する気なんて、まるでない。
だけど。
なんだろう、この胸の奥に浮かぶ、モヤッとした感じは。
ASMR配信は大好き。
たくさんのリスナーさんが聞いてくれていることに感謝もしている。
でも、それだけなんだろうか。
私の声には、他の可能性はないのだろうか。
自分の中に芽生えた心のざらつきを、私はまだうまく言葉にできない。
どうして、こんなふうにひっかかってしまうんだろう。
うたうさんは、別に私をバカにしたわけでも、見下したわけでもないのに。
あぁ、せっかくのコラボなのにモヤモヤしちゃう自分が嫌だ。
時計はまだ9時過ぎ。
いつもなら、10時ぐらいに配信をしている。
どうしよ、少しだけリスナーさんと雑談しよっかな。
感想を聞くのは怖いけど、このままじゃ寝付けそうにもないや。
パソコンを操作して、ライブ配信の枠を確保。
それから、Xで告知をする。
『本日のコラボ、ありがとうございました。9時半から少しだけ雑談配信をしたいと思います。よかったら、いらっしゃってくださいね。』
温かい飲み物を飲んで、喉を潤す。
よし、大丈夫。いける。やれる。
モチベーションを上げるために、少しだけストレッチをしたりする。
そして。
「こんばんは、悠木ゆめめです。今日は二度目の配信となります。ぶいぱらの朝比奈ぴなさんと、音葉うたうさんとコラボをさせていただきました。えと、あの、ど、どうだったでしょうかね……」
誰かの評価に一喜一憂しないっていうのは、Vtuberを始めてからずっと心に止めていたことだった。
だけど、今日は少し違った。
生まれて初めてのコラボなのだ、どうしても弱気になってしまう私がいて。
『かわいかったよー!』
『俺氏、お兄ちゃんに就任しました』
『はぁ? 私がお姉ちゃんなんだがー?』
『ASMRの割に全然、作業ははかどらなかった』
『楽しかった!』
『ゆめめ様!』
リスナーさんからは温かい言葉が寄せられる。
よかったぁああって叫びたくなるけど、ここは我慢。
リスナーさんの耳をおかしくしちゃうから。
「ありがとうございます! 実はすごく不安だったんです。そのぉ、告知の時も言ってはいましたけど、初めてのコラボだったのもありますし、なんていうか、すごいVtuberさんとのコラボだったので」
『最初は緊張してたのわかるー』
『ラストの頃には慣れてたよ?』
『まじで堂々としてた』
『朝比奈ぴなは別格でうるさいからしょうがない』
『物まねうまかったじゃん』
チャットの中に少しだけヒヤッとするコメントを見つける。
そう、物まねだ。
私はお姉ちゃんのマネをして自己紹介をしたのだ。
うたうさんから、似てるって持ち上げられたけど、かなりぎりぎりのことをしてしまった。
お姉ちゃんは企業所属の有名人なのだ。
雑魚雑魚な私との関係がバレてしまうのは非常にまずいわけで。
「あ、あー、物まねですかぁ。たはは、ありがとうございます。難しかったです」
適当にお茶を濁しながら、雑談を続ける。
危なっかしい話題以外なら、すごく落ち着いて会話ができる。
やっぱり自分のチャンネルのリスナーさんっていいよなぁって思う。
さっきのコラボではチャットを拾うことなんてできなかったもん。怖くて。
『ゆめめちゃん、ぶいぱらの歌のイベントには出ないの?』
そんな時、ちょっと気になる質問がやってくる。
そう、お姉ちゃんたちがやっているライブイベントである。
「い、いやぁ、ないですよぉ! そのイベントがどんなものかも分からないですし、どんなの歌うんでしょうね?」
告知の時には他の事務所の人や、個人勢の歌い手Vtuberも出演するって言っていた。
たぶん、きっとすごい審査基準で選ばれた人たちなんだろう。
『調べてみたけど、オリジナルソングを歌うっぽいよ? 参加希望者のオーディションもあるみたい』
『有識者助かる』
『審査条件は、自分のオリジナルソングを持っているVtuberで、MVの再生回数が10万回以上だって』
『よっし、俺も……無理だわ』
『けっこう、ハードル高いなぁ』
『今回は無理だわな』
「オリジナルソングにMVですかぁ、いやぁ、たはは、私には無理ですね。いや、うん、わかってましたけど……うはぁ、別世界ですね」
こればっかりは完全に白旗をあげるしかない。
そっかぁ、オリジナルソングかぁ、うーむ、もはやどうやって作られるのかすら想像できない。
私、子どもの頃にピアノはやっていたけど、作曲とか全然わからないし。
『えー、ゆめめちゃんの歌声好きだから、歌ってほしいー』
『もしできたら鬼リピする自信ある』
『作業中、ずっと聞くわ』
『暇なボカロPとかいないのか?』
『ゆめめなら、どんな作曲家でも合うんじゃね?』
リスナーさんから歌についてのリクエストもちらほら。
このあいだの一周年記念配信の時もそうだったけど。
「そうですね、今年は少しだけ、少しだけ、歌も頑張ってみたいですね! そのぉ、生歌はわからないですけど……」
ここで私は悪い癖を出してしまう。
臆病者なくせに、ついつい調子に乗ってしまうのだ。
年末までに歌ってみた動画を一つぐらい出せたらいいかなっていう勢いだったのだけど。
『まじで!?』
『楽しみ過ぎる!』
『でも、ASMRもやめないで』
『ゆめめ様は神様です』
『なんか原理主義者湧いてね?』
『ゆめめはやっぱりASMRだよ』
リスナーさんの反応が著しく早い。
いや、歌うと決めたわけじゃないですよ!?
ただ……ほんの少し、その未来に心が揺れただけで。
反応の良さに驚きながら、私は今日の雑談配信を終えるのだった。
◇
「MVかぁ……。最近はどんな曲があるのかな?」
雑談配信が終わったのは11時前。
心は十分にリラックスして、眠気を感じる時間帯だ。
それでも私はマウスを握っていた。
最近のVtuberさんの曲を追っていたのだ。
キャラソングから、王道のラブソングまで、ありとあらゆるジャンルをVtuberは歌っている。
「うわ……すご……うたうさん、やばい人だったんだ」
今日のコラボでご一緒した、音葉うたうさんもオリジナルソングを出していた。
百万回再生を越えるその動画では、暴力的とまで言える歌声を披露していた。
声のかっこよさが尋常じゃない。
猛烈にかっこよくて、到底、私が同じステージに立てるとは思えない。
「……こっちも、一応、見とくか」
続いて、お姉ちゃん、朝比奈ぴなのMVもチェックする。
有名なボカロPさんから提供されたテンポの速い曲だった。
お姉ちゃんのキャラクターが前面に出ていて、とにかく元気になれる。
今まで敢えて聞いてこなかったけど、めちゃくちゃかわいい。
「すごいなぁ、二人とも……。ん?」
企業に所属する二人はやはり私とは生きている世界が違うんだって実感する。
そんな時だった。
私は関連動画の下の方に、気になるサムネイルの動画を見つける。
少し愁いを帯びた初音ミクの横顔が描かれていて、タイトルは「知らざぁ言って聞かせやGOAT -Original Music Video-」というもの。
ボカロ曲なのかなとクリックすると、不思議な音楽が流れてきた。
電子音だけじゃなくて、何かを叩いた音や人の声でビートを作っているようだ。
初音ミクはラップとも、朗読とも言えない、独特の歌い方をしている。
すごく変わった型破りな音楽。
でも、どこか懐かしい感じもする。
再生回数は……95回。
たった、それだけだった。
なんだかおもしろい曲だし、もっと伸びてもいいのにって思ってしまう。
インターネットの世界はどうしても才能が埋もれてしまうのかもしれない。
歌詞の内容がカニを食べたら手が汚れてしまうみたいな、ちょっと意味が分かりかねる感じだったからだろうか?
あんまり再生されていない曲。
だけど――私の耳は離れなかった。
動画の投稿主は、「Spring World」さん。
自己紹介欄には「新米ボカロPです。頑張っていい曲作ります!お仕事依頼はXで」と書かれていた。
だけど、悲しいかな、ここ最近はもう動画投稿をしていないのがわかる。
ボカロPの活動自体、やめてしまったのかな?
胸の中に少しだけ寂しさを感じる。
どれだけ頑張っても報われないことってあるのかな。
この人の曲、好きだったんだけどなぁ。
「……この人と、もし、曲が作れたら」
かなわないってわかっているけど、そんな夢みたいなことを、私は本気で思ってしまっていた。
◇ 音葉うたう、恐怖したり、ワクワクしたりする
「それじゃ! また、コラボの機会がありましたらよろしくお願いします!」
私の名前は音葉うたう。
VTuber事務所の「ぶいぱら!」に所属するVTuberだ。
もともと歌手志望だった私だが、何度かのオーディションを勝ち抜いて、VTuberとしてデビューした。
実を言うと、同期よりもずっと年上なのだが、Vの世界では加入年がすべて。
私はわいわいうるさい後輩として定着している。
「お疲れ様でしたー」
ふぅと息を吐いて、コラボを終了する。
今日のコラボは個人勢VTuberの悠木ゆめめさんという方だった。
配信は大人っぽいのに、普段の喋りはどちらかというと溶けていて可愛らしい。
「おつかれー、ゆめめちゃん、どうだったー?」
「おっそろしい人でしたね……」
私の先輩である、朝比奈ぴな先輩が声をかけてくれる。
気遣いの出来る先輩だと思う。
「だって、あの声、反則じゃないですか……」
今日の配信は抜群に面白いコラボだったと思う。
だけど、悠木ゆめめに対する私の感想は「恐ろしい」、その一言に尽きる。
「あははー、確かにねー。あのASMR、尋常じゃないよねー」
先輩は笑っているが、笑い事じゃない。
悠木ゆめめの声はわりかし先輩に似ているのだが、ASMRをすると一気に変わる。
トップギアに入るスピードがえげつなく、油断すると場の空気を全部持っていかれてしまうのだ。
悠木ゆめめはASMRを主戦場にしていて、歌を歌うことはないと聞いた。
つまり、私がメインとしている場所とは大きく離れている。
しかし、もし、この人が歌に乗り込んできたらどうなるだろうか?
彼女にぴったりの世界観の歌を歌ったらどうなるだろうか?
ぞくりと背中に冷たいものが走るのを感じる。
恐ろしいのだ、悠木ゆめめの持つポテンシャルが。
だけど、私が感じているのは恐怖だけではない。
悠木ゆめめの歌を聞いてみたい、そうワクワクしている自分もいる。
いつか、彼女と同じステージに立つ日が来たりしたら?
その時は全力で迎え撃つ。
私だって歌をずっと続けてきた。
絶対に負けない、負けてなんかやらない。
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