37.悠木ゆめめのコラボ配信 その2:コラボを通じて少しずつ変わっていく私を感じる
『お兄ちゃん、お姉ちゃんって、なんなんですかこれ!?』
『ちょっとぉお、キツイですよぉ!?』
運営さんからのお題が、妹ロールプレイだった件。
アバターの表情から、お姉ちゃんたちが阿鼻叫喚してるのがわかる。
ASMRでは妹ささやき入眠みたいなロールプレイも定番だ。
とはいえ、私もまだ未経験なジャンルである。
果たして、お姉ちゃんは無事に妹になれるのだろうか?
『それじゃ、ぴなの妹力しっかりみときなっ! ……ぉ兄ちゃん、ぉ姉ちゃん、だ、だぁいすきっ! うっはぁあ、恥ずかしい、ダメだ、終わった、死ぬ』
お姉ちゃんはよく頑張った。
私でもびっくりするぐらいのロリ声である。
小学生かって思えるほど、かわいい声。
しかし、素に戻るのが早すぎる。
かわいすぎるセリフにむずがゆくなってしまったのはわかるけど、癒しを求めているリスナーさんの反感を買うこと間違いなし。
『あはははは! 切り抜き師のみなさん、今のチャンスですよー!』
音葉さんは鬼みたいなことを言いだす。
いや、Vtuberとしてみたら美味しいのかもしれない。
恥ずかしくて顔真っ赤だろうけど。
『じゃ、次はうたうの番だよ。あんたも早く地獄に落ちてこい! 切り抜き師のみなさん、お仕事よろしくお願いします!』
『先輩みたいなポンコツASMRと一緒にしないでくださいよ。私はやるときはやりますからね!』
『はよやれ』
『……お兄ちゃん、お姉ちゃん、だぁいスキ……無理だ、これ! くっ、殺せっ! コロシテクダサイ……』
うたうちゃんは最初こそかわいい声を出す。
一見、成功に見えたのだが、後半では恥ずかしさが爆発。
最終的には女騎士か、エイリアンに乗っ取られた人みたいになってしまう。
『あんたもじゃんっ! あはははは、笑えるっ!』
お姉ちゃんは盛大に笑い声を届けたのだった。
『ダメだこれぇ、やっぱりASMR無理だよぉ』
『我々には向いてないんですよぉ、うわぁああ、顔から火が出る!』
大笑いもつかの間、二人のアバターは落ち込んだ顔になってしまう。
私よりも遥かに高性能なアバターなのがすごくわかる。
顔色がころころ変わってたのしい。
うーむ、どうしよう。
二人にアドバイスをしなきゃなんだよね。
自信喪失してるっぽいし、褒める方向で行こうかな。
「ぴなさんは、えっと、そのぉ、途中まですごくかわいかったと思いますよ? 最後に力んじゃっただけで。うたうさんも、恥じらい含めてかわいかったと思います。ただ、言葉を最後まで言い切る勇気が必要ですね」
ASMRの講師として呼ばれたのだから、その職務みたいなのを全うするまでだ。
面白いことを言いたいのだけど、なかなか難しいし、真面目にやるしかない。
『それじゃあ、ゆめめちゃんもやってよぉ』
『そうですよね! こんな罰ゲーム、私たちだけじゃ不公平です』
『罰ゲームって言わないでよー』
「おぉう……」
こちらにも矛先がやってきた。
ロールプレイはあんまりしたことないけど、やるっきゃない。
それに私にはアドバンテージがある。
お兄ちゃんはいないけど、お姉ちゃんはリアルでいるのだ。
「えっと、それじゃ……お兄ちゃん、お姉ちゃん、……大好き」
『うぉおおおお! 私、ゆめめのお姉ちゃんだらねっ!』
『かっわ、かっわ、かわいぃいいいっ! あちら側に飛ぶ、あふ……ごめんなさい、鼻血でまひた』
「えぇええ、ぴなさん、それはちょっと!? 音葉さん、大丈夫ですか!?」
私がささやくとお姉ちゃんがとんでもないことを言い始める。
さすがにバレないとは思うけど、すれすれすぎる。
音葉さんは再び何かを倒したらしい。
無事を祈るしかない。
『やばいわ、これ! え、Xのトレンド、見てって?』
『うは。先輩、見てくださいよ! 「清楚版朝比奈ぴな」がトレンドになってますよ!』
『えぇええ、待ってよぉ。それは違うじゃん! 私じゃないじゃん』
リスナーさんからの反応も悪くないとのこと。
実を言うと、私はチャット欄は怖くて見れていないのだ。
よかった、と胸をなでおろす。
『それじゃ、次のお題が最後になります!』
『もうここまで来たら何も怖いものはないですよ』
時計を確認すると、もうすでに開始40分が経っていた。
企画は60分を予定しているとのことだったので、ちょうどいいペースだ。
さすがお姉ちゃん、わぁわぁ言いながらもきっちり回している。
『最後のお題は、おやすみ朗読! 短めの文章をささやきながら読んでもらいます!』
『これなら行けそう!』
「頑張ります!」
最後は私の好きな朗読ASMRだった。
これは台本通りで、安堵する。
『今日、学んだことを活かしながら三人でお話を交互に読んでいこう』
『先輩、何か学びました?』
『学んだよ? そのぉ、ゆめめちゃんが私の妹であるとか』
『学んでないじゃないですか!』
「あぅうううう……」
お姉ちゃんは絶対にバレないと思っているのか、すれすれな冗談を飛ばす。
いや、普通にアウトだと思う。
私たち、声が似てるんだし、邪推する人がいるかもしれないし。
心臓が縮み上がるからやめて欲しい。
読み上げのテキストはもう渡されている。
あとは、お互いの呼吸を読みながらささやくだけである。
おやすみ朗読だから、聞いている人の心を平穏にするのが目的なのは忘れないようにしなきゃ。
『それじゃ、ナレーションはゆめめ先生、妹役が私、姉役がうたう、って感じで読み上げるからね。それじゃ、ゆめめちゃんから始めるよ』
お姉ちゃんの合図に合わせて、私たちは朗読を始める。
私:『静かな夜の森の中、一人の少女が目を覚ましました……』
ぴな:『ねぇねぇ、だいじょうぶ? 怖いよぉ』
うたう:『だ、だいじょうぶ。しっかりついてきて……ほら、手、にぎってて……』
私:『二人が歩き出すと、足元の落ち葉がかさり、と音を立てました……。どこか遠くで、フクロウの声がします』
ぴな:『お姉ちゃん、あれ、見て……! あっち、光ってるよ!』
うたう:『えっ……光ってるって?』
私:『光の正体は銀色に光る小さなウサギでした。ウサギは森の奥に逃げていきます』
ぴな:『うわぁ、かわいい! ねえ、お姉ちゃん、追いかけてみようよ!』
うたう:『ま、待って、そんなに走っちゃダメだってば……!』
二人の朗読は抜群に上手だった。
もともと声の仕事がしたかったお姉ちゃんは抜群の安定感を見せる。
うたうさんもまるで声優さんみたいだ。
声のボリュームも抑揚も、聞いてる人のことを思って調整されている。
ガサツだなんだ言っていたけど、二人とも根はすごく繊細なんだろう。
私はいつも一人で朗読していたから、すごく不思議な気分になる。
ヘッドフォンの向こう側の二人と物語を共作しているような感覚。
物語の世界にゆっくりと沈んで行って、意識が溶けていきそうになる。
私:『二人はやっとのことで森を抜けて、自宅へ辿り着いたのでした。めでたしめでたし……』
読み上げてから静かに息を吐く。
3分少々の朗読だったにもかかわらず、すごく濃密な時間を過ごした気がする。
『うわぁ、やばかったぁ! 噛まずに読めたよぉ! 二人ともすっごく上手いじゃん!』
『先輩もすごかったですよ! 人が変わったみたいでした!』
「お二人とも、本当にすごくて……私ももっと練習したくなっちゃいました……!」
朗読が終わると、二人は元のワイワイ系のVtuberに戻ってしまう。
でも、これがASMRの醍醐味なのかもしれない。
ささやいている間は別の人格が顔を出すというか。
『ゆめめ先生のおかげだよっ! まじで感謝!』
『本当! 今日の企画、すっごく楽しかった! またコラボしましょう!』
『何言ってるのよ、私が先だからね!』
『先輩、イベントで忙しいんですからいいじゃないですかー!』
二人は相変わらずだ。
コラボを始めた時には面食らっていたけど、今では信頼の証なんだってわかる。
「ありがとうございます! ぜひ、また、コラボ、お願いします! お二人とも優しくて、すごくすごく楽しかったです!」
私の口から自然にそんな意外な言葉が飛び出していた。
誰かと一緒に何かをすることを自分がここまで楽しめるとは思っていなかった。
でも、社交辞令ではなくて、この気持ちは本気だった。
それに、お姉ちゃんと同じ画面に映れるようになったことがひしひしと嬉しい。
今さらながら、喜びを実感する私がいた。
ずっと前を走っていたお姉ちゃんに、少しの間だけでも並べた気がしたから。
始まる前はあんなに緊張していたのに、今はコラボが終わるのが寂しいとさえ思っている。
私は少しずつ変わり始めているのかもしれない。
あぁ、楽しいなぁ。
そんな風に喜びをかみしめていた時のこと、お姉ちゃんたちが告知を行う。
それは来月に開催されるVtuberの歌イベントについてのものだった。
その告知が私のVtuber人生を大きく変えるものになるなんて、その時の私は気づいてさえいなかった。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるんじゃっ……!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。




