3.朝霧透子さんの野望:推しの秘密を知っているのは私だけ! バラ色の高校生活、始まった!
「透子さんは今日も一番! 偉いわね」
私の名前は朝霧透子。
私は子どものころから勉強の成績を褒められて育った。
中学受験までは、親の期待に応えるのが楽しくて、勉強するのが好きだった。
だけど、中学校に入った途端、すべてが変わった。
周りは優秀な生徒ばかり。
私は天才じゃなかったんだと身の程を思い知らされることになる。
中高一貫校の授業の速度は速く、ついていくのもやっとになった。
成績が落ちるのが怖かった。
試験があるたびに、胃がキリキリ痛んだ。
だから、私は睡眠時間を削ることで成績をキープしようとした。
眠る時間がもったいない。
寝なければ、もっと勉強できる。
もっと勉強すれば、私はみんなについていける。
そう思っていた。
だけど、結果は散々だった。
学校の授業は頭に入らず、テストではケアレスミスを連発。
実際、集中力はボロボロだった。
それでも、私は無理な生活習慣をやめられなかった。
私は成績でしか、自分の価値を証明できないと思っていたから。
「成績の悪い私なんて、本当の私じゃない」
そんなことばかり考えていた。
中学三年生にもなると、眠らないのではなく、もはや《《眠れない》》夜が続いていた。
脳が疲れているはずなのに、布団に入ると考え事ばかりしてしまう。
「次の試験で失敗したらどうしよう……?」
「寝てる場合じゃない」
「こんなの私じゃない」
焦りと自己嫌悪で、自分に罵声を浴びせる日々。
眠ることが怖くなっていた。
顔色は悪くなり、体重も落ちた。
実際、学校の教師にも、親にも心配された。
だけど、私は「大丈夫」と言って登校した。
成績が落ちることだけが恐怖だった。
そんなある日のこと。
なんとなくスマホを開いて、流れてきた配信に指を止めた。
時計は夜の11時、もうひと頑張りしようというタイミングだった。
『こんばんは。悠木ゆめめです。今日も一日、お疲れさま』
……不思議な声だった。
柔らかくて、心地よくて、まるで温かい毛布に包まれるような感覚。
その日の配信で、彼女は言った。
『今日一日を頑張った自分を労わってあげてね。あなたは偉いってほめてあげてくださいね』
その言葉に、私はハッとした。
私は自分のことを「ちゃんと頑張ってる」って認めてあげたことがあっただろうか。
私は自分のことを褒めてあげたことがあっただろうか。
私はバカだ。
一番の味方は、私自身じゃなくちゃいけないのに。
気づいた時には、私の両方の瞳からは涙が溢れていた。
『それじゃ今日のASMRを始めます。寝落ちしてもいいからね』
スマホから心地よい声が聞こえてきた。
ふわふわとしているのに、芯がしっかりした安心感のある声だった。
ASMRを聞くことは初めてだったけど、彼女がすごく真剣にそれに向き合っているのがわかる。
それまでずっと眠れなかったのに、気づいたら意識が遠のいて――翌朝、驚くほどすっきりと目覚めた。
びっくりした。
泥のように眠るってことを初めて体験した。
それから、私は毎晩のように「悠木ゆめめ」の配信を聴くようになった。
彼女のささやきを聴きながら眠ると、翌朝の目覚めが驚くほど違う。
ASMR配信と一緒に寝てしまうので、私は夜更かししてまで勉強するのをやめた。
しっかり睡眠をとり、授業を大切にするようになった。
結果、成績は自然と上がっていった。
バカみたいに単純な話だけど、それが事実、私に起きたことだった。
成績があがっていくのは嬉しいことだった。
でも、一方では成績に左右されることはもうなくなっていた。
私はようやく気づいたのだ。
私は「成績がいいから価値がある」んじゃない。。
今の私のままでも十分に価値があるんだ。
そのことを教えてくれたのは、誰でもない――「悠木ゆめめ」様の声だった。
中高一貫の進学校にいた私は、持ちあがりで高校に行くことをやめたいと親に伝える。
そして、家の近くにあった今の高校に通うことにした。
自由に、私らしく、高校生活を満喫したかった。
勉強もそれなりに頑張るけど、私にはやりたいことがあったのだ。
悠木ゆめめ様の推し活だ。
こんな素敵なASMRをする人はいないから、彼女を応援したいって思ったのだ。
私は推し活アカウント『悠木ゆめめ様の推し活隊』を立ち上げて、布教を繰り返している。
もっとも、どんな人かは分からない。
チャンネル登録者数も多いし、アバターから考えても、きっと大学生ぐらいのお姉さんなんだろう。
声がすごくかわいくて、それなのに大人びていて。
きっと、私の生きている世界とは違うところに生きているんだろう。
それなのに。
「ぉはようございます?」
私は出会ってしまった。
悠木ゆめめ様、ご本人に。
最初は聞き間違いかと思った。
でも、聞き間違うことはありえなかった。
私は彼女に話しかけられるまで、悠木ゆめめ様の「おはよう配信」を聞いていたのだ。
話しかける前の呼吸の音も、何もかもがそっくりだった。
似せてるどころの騒ぎじゃない。同じなのだ。
悠木ゆめめ様は「藤咲ゆうな」、という同い年の女の子だった。
背が小さくて、少し目立たないところのある子だけど、かわいい顔立ちをしていた。
動きも小動物みたいでかわいい。
私が言うのだから間違いない。
しかし、声も小さいし、どことなくオドオドしているためか影は薄かった。
実際、クラスメイトで彼女と親し気に話している人を見たことがない。
これはチャンスなのかもしれない。
推しを独占できる、チャンスなのかもしれない。
もちろん、私は彼女のリスナーでしかない。
もし、身バレしたってことに彼女が気づいたら、配信活動をやめる可能性さえある。
そんなことは私にはできない。
ゆめめ様がいなくなったら、今度こそ私は私じゃなくなってしまう。
それに10万人を超えているリスナーの仲間にも迷惑がかかる。
私のせいで引退したら、正直、八つ裂きにされてもおかしくない。
藤咲さんの声を聞きたい。
でも、身バレしていると気づいて欲しくない。
理性と本能がせめぎ合い、頭がショートしそうになる。
そうだ!
挨拶だ!
挨拶してもらえばいいんだ!
それだけ聞いたら、私は普通のファンに戻る!
「藤咲さん、おはよう」
決意した私は小さな声で藤咲さんに挨拶をする。
あんまり大きな声であいさつすると、変に思われちゃうかなって思ったから。
「ぉはようございます?」
うわぁぁあああ、悠木ゆめめ様!
本物だ!
この世界に実在したんだぅぁああああ!
「はふぅぅうう」
その衝撃に私の体は過剰反応してしまい背筋がびくんと跳ねる。
近くの机で頭を強打したが、興奮が勝って痛みなど感じない。
あぁああ、大変なことになった。
私の人生、大変なことになってる。
私の人生を救ってくれた、推しが、推しが目の前に現れた。
かくして、私と悠木ゆめめ様、いや、藤咲さんとの関係はスタートする。
休み時間でも、授業中でも、彼女のことを目で追ってしまう私。
ダメだってわかっているのに、教科書を読んでもらって狂喜する私。
そう、私はとっくに「こうなっちゃいけない」類いの厄介オタクになっていた。
あろうことか、今日の私は藤咲さんの体を抱きしめてしまった。
不可抗力とはいえ推しの体を、触ってしまった。
とても華奢な体だった。
この体で配信活動を頑張ってるんだなって思ったら、居ても立っても居られなくなる。
「私の推し、中の人も、最強にかわいい!」
全世界に向かって叫びたい。号外新聞を配りたい。
血圧が上がり、くらくらしてくるけど、なんとか持ちこたえた。
私は私の精神力に拍手を送る。鼻血は出たけど。
あぁ、推しの秘密をこの世界で私だけが知っている、この優越感。
推しとの高校生活を独占できるという、この高揚感。
嬉しさと興奮で武者震いさえしてくる。
そんな絶頂にも近い一日を過ごした日のこと。
放課後、一緒にカフェに行った友人がフラペチーノ片手にこう言ったのだ。
「最近さー、ASMRを聞いてるんだよねー? 悠木ゆめめって人なんだけどー」
「は?」
背筋に冷たい汗が流れていく。
嫌な予感がする。
「面白かった!」
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