2.エスカレートする朝霧さん、ちょっとやりすぎなのでは
「藤咲さん、おはよう」
今日も朝霧さんに話しかけられた。
もう三日連続だ。
彼女は決まって小さな声で、秘密の話をするような姿勢で話しかけてくる。
みんなにそうやっているわけではなく、私にだけ、である。
不可解だ。
不可解だけど、どう切り出していいものか分からない。
天下の美少女様に「なんでその姿勢で話すんですか」なんて聞けない。
「ぅ、おはようございます」
私も同様に小さな声であいさつを返すのみである。
相手が小声で話せば、こちらも小声で返す。
コミュ障ゆえかちょっとどもってしまったのは悲しい。
「ぉはふぅぅぅ」
朝霧さんは、まるで幸福をかみしめるかのようにため息をつき――
そのまま、机に頭をぶつけた。
ごんっ!!
「だ、大丈夫ですか!?」
痛そうな音に思わず声を上げた私。
朝霧さんは頭を抑えながら急いで体勢を整える。
どこかで見た光景である。
いや、実を言うと三日連続でぶつけている。
「いいえ、なんでもない、なんでもないわ……」
いやいや、机に頭を打ち付けておいて「なんでもない」はおかしい。
でも、ツッコミができるほどの度胸は私にはない。
胸の奥底にとりあえず秘めておこうと思う。
「ぃいえ、その……具合が悪いとかじゃ?」
私は恐る恐る聞いてみる。
朝霧さんは頬を赤らめながら、手をぱたぱた振って否定する。
「違うのよ! その、ちょっと幸せを噛みしめていただけだから……」
「幸せを……噛みしめる?」
私は思わずポカンとしてしまう。
朝霧さんは「しまった!」という表情になり、急いで話を逸らす。
「その、昨日ちょっと寝不足だったから……今日はいい日だなって思って。ほら、そういう日ってあるでしょ?」
それ説明になってなくないですか!?
もちろん、そんなツッコミはできない。
朝霧さんには謎の説得力があるのだ。
「あ、あるのかもですね……」
私は愛想笑いで朝霧さんの行動をうけ流すのだった。
実際、私に話しかけてくれるだけで嬉しいっていうのもある。
コミュ障は話しかけてくれる人が好きなのである。
◇
「藤咲さん、ちょっと、ここ読んでくれない?」
休み時間。
私は次の現代文の授業の準備をしていた。
そんな私の前に、朝霧さんがスッと教科書を差し出してくる。
相変わらず小声である。
「私だとどうしても、読みづらくて」
「……えっ? 読みづらい?」
「なんだかしっくりこないの。藤咲さんなら上手に読めるかなって。声、かわいいし」
「そ、そうですかねぇ。そこまで言われるなら、たはは」
朝霧さんの「声、かわいい」という言葉にノックアウトされそうになる。
豚もおだてりゃ木に登るというが、私もたいそうお世辞に弱いらしい。
国語の教科書を見ると、ちょうど「愛の告白」的な一節が載っていた。
恥ずかしい気がする。
ちょ、なんでこれを私に読ませるの!?
「……ぅあ、あの、どうして?」
「なんとなく? あ、いや、お金が必要なら払うわよ?」
「い、いや、お金とかはいらないですけど……」
理由はわからないけど、断る理由もない。
いや、断りようがない。
私は戸惑いながらもページをめくり、読み始めた。
恥ずかしいので小声で、呟くように。
「――あなたのこと、誰よりも大切にします?」
「っ!!!」
読んだ瞬間、朝霧さんが胸を抑えてうずくまる。
そして、体をビクンと震わせると――
「……ちょ、ちょっと待って……これは……ヤバい……有料ボイス……」
悶えるように何事かをつぶやいた。
呼吸が荒く、顔が真っ赤である。
どう考えても、普通じゃない。
「ぅ、ちょ、どうしました!?」
「なんでもない。ありすぎて困るけど、大丈夫」
「心臓病とかじゃなくてですか?」
「健康すぎるぐらい、健康よ。やっぱり、払うわ! PayPayでいい?」
「い、いや、お金はいりませんよぉ」
朝霧さんのリアクションにたじたじである。
同級生からPayPay経由でお金を巻き上げたら大変なことになりそう。
「ふぅ……、藤咲さんのおかげで今日はいい夢を見られそうだわ。ありがとう」
「ど、どういたしまして?」
私はただ教科書を読んだだけなのに、何が起きたのだろうか。
朝霧さんは「魂が浄化された」みたいな顔をしててふらふらと廊下へと出て行ってしまう。
私はその背中を黙って見送るしかないのだった。
◇
「ふぅー、疲れた」
何かと慌ただしい一日だった。
朝霧さんは教科書を読んで以降は、特に絡むことはなかった。
彼女にはお友だちが多い。
それも、どちらかと言えば、目立つ女子がお友だちなのだ。
平和と言えば平和なのだが、ちょっと胸騒ぎを感じる。
朝霧さん、完璧美少女なのは前と変わらないんだけど、なんだか挙動がおかしい。
そんな風に考え事をしていたのが悪かった。
「っわ!?」
私は下駄箱のところでバランスを崩してしまったのだ。
あわわ、お尻から着地しないと危ない!?
痛みを覚悟して目を閉じた瞬間だった。
ふわっと私を支えてくれるものがあった。
それは――
「大丈夫?」
朝霧さんだった。
倒れかけた私を後ろから支えてくれたのだ。
「あわわわ、ごめんなさいっ!」
自分の体を預けてしまいパニックになる。
運よく支えられたからよかったものの、怪我でもさせたら大変なことだ。
しかし、問題はこの体勢である。
朝霧さんに完全に体重を預けてしまっていて、身動きのとれない感じなのだ。
密着しすぎというか妙に柔らかいというか。
耳元に息がかかる距離感というか。
「っ……!」
後ろから肩を抱きしめられているみたいな状態なのだ。
私の血圧は一気にあがった。
「大丈夫……ゆっくり動くわね?」
朝霧さんの優しい声とともに、吐息が私の耳にかかる。
「う……」
その感覚に、全身が震えた。
叫ばなかったけど、思わず体がぎゅっとなる。
私こと藤咲ゆうなはASMR好きが高じて配信者になった女だ。
つまりASMRが大好きであり、特に耳元で囁かれるのにはめっぽう弱いのだ。
こんなリスナーが最も興奮するシチュエーションを生身で体験してしまうなんて。
しかも、天下の朝霧透子さんと!
あわわ、罰が当たる。
「ぉ、おぉ、ぉ願いします」
恥ずかしくて、私の顔は耳まで真っ赤になっているだろう。
かといって、自分じゃ抜け出せないのが情けない。
「ん……ふ……」
耳にかかる朝霧さんの吐息、メイクなのかいい匂いもする。
こ、これもうダメだァァァァァ!
靴下のまま駆け出したい衝動に駆られる。
思考が完全にフリーズした瞬間だった。
「さぁ、もう大丈夫よ。じゃあ、さよなら、また明日ね」
「ぁぅ、さようなら……」
朝霧さんは私をがばっと引き離すと、手を小さく振って去っていった。
片方の手で鼻を抑えていた。
私は胸がドキドキするのを抑えながら帰路に就くのだった。
っていうか、私、幸せの青い鳥でも捕まえたんだろうか?
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