18.加賀見さん、藤咲さんの行動に驚愕する。朝霧さん、いよいよ極まってくる
「今日は『のじゃ』って言わないっ……!」
私、加賀見ふみは、のじゃを語尾に着けるような女ではない。
正直、ちょっと痛いかなとさえ思っている。
藤咲さんにも変に思われているに違いないだろう。
だから私は決意した。
今日こそは藤咲さんに本当のことを話すのだと。
そして、私は「のじゃ」から解放されるのじゃ!
それなのに。
「ぁぁのぉ、えと、その、加賀見さんの、のじゃってかわいいですよね! 私、好きですよ、よく似合ってます!」
挨拶に来てくれた藤咲さんは私の口調を気に入ったという。
嘘のない満面の笑みだ。
かわいすぎる。
好きです、なんて配信でも言ってくれないのに。
私にだけ、言ってくれた。好きって。
「のじゃ? す、好き……? ぶひぃ」
私はとっさに額を机に打ち付けた。
にやけ顔をみせるわけにいかなかったから。
「な、なんでもない……のじゃ。嬉しいのじゃよ? 嬉しいのじゃ、いひひひ」
威厳を出すために口を真一文字に結んでも、やっぱりにやけてしまう。
やばい、今の録音しとけばよかった。
わかってはいた。
藤咲さんは私のことが好きなんだって、予感してはいたのだ。
そっかぁ、かわいいか、かわいいよなぁ、私ってかわいいんだ。
でへへ、あの時の私、グッジョブ!
のじゃ娘も悪くないのかもしれない。
そうだよ、藤咲さんの前では、のじゃをつければいいのじゃ!
「加賀見さん、説明してもらえるかしら?」
「ふみふみ、フライングは禁止だったはずだよねー?」
デレデレしていると、ふらりと二つの影がやってくる。
一人は朝霧透子、キレイな顔をした勉強もスポーツもできるチート女。ただし、性格は陰湿。
もう一人は鏑木エリカ。顔がよくて足も長くて胸も大きいチート女。ただし、性格はバカ。
その化け物二人が絡んできたのだ。
「はぁ? 嫉妬しないでくれる?」
今までの私なら、恐れおののいていただろう。
しかし、今の私はわかっている、奴らを動かしているのは醜い嫉妬だ。
所詮、私と同じ穴のムジナ、つまり、悠木ゆめめのオタク。
同類を恐れる筋合いはない!
「こうなったら私も口調に特徴をつけなきゃいけないわね」
「まじで言ってんのー? じゃあ、にゃん、とかにすれば?」
「安直すぎるでしょ、似合わないわ」
「似合うよー。透子、黙ってればかわいいんだから」
「一言よけい……にゃん?」
朝霧透子と鏑木エリカは私の机のところに来てまで、口げんかをする。
タイプは全然違うのに、本当に仲のいい奴らだと思う。
まぁ、いくら考えたところで、私の「のじゃ」には勝てないだろうけど。
語尾をかわいくすればいいってもんじゃない。
キャラクターに合っているのかが大事なのじゃよ!
「あんた、ASMRなんか聞いてるの? うっわー、まじで!?」
朝霧と鏑木の二人に完全勝利したのを感じていると、教室の中央からひときわ大きな声が響く。
その声の主は皆岡。
派手なメイクをした、頭空っぽのアホだ。
鏑木エリカは暴走型のアホだけど、皆岡はSなアホ。要は人をいじって笑いをとろうとするタイプ。
奴とその取り巻きたちは、ASMRについて暴言を吐いていた。
攻撃されているのは気の弱い男子生徒、山崎。
皆岡みたいなやつの近くで不用意にスマホを見てるからそうなる。
オタクに優しいギャルは鏑木ぐらいしかないっていうのに。
「へぇ~」
「なるほどねぇ」
朝霧と鏑木が口元に笑みを浮かべた。
ASMRを否定されて怒るのかと思いきや、真逆の反応だ。
私は内心、皆岡たちの言葉に怒りを感じていた。
それなのに、奴らは笑っていたのだ。
これから狩りでも始めるかのような表情。
こいつらのことだ。
皆岡を論破しようとするのかもしれない。
でも、一つだけ問題がある。
「あんたたち、何かいうのはいいけど、ASMRを聞いてるってバレたらダメだからね! まじで!」
「わかってるわよ」
「りょーかい」
そう、私たちは自分がASMRリスナーであることを藤咲さんにバレてはいけないのだ。
「ASMRを聞く→悠木ゆめめを知る」という構図ができてしまうから。
身バレを防ぐために、藤咲さんは私たちから距離を置くだろう。
しかし、ここで私が引き留めたのがまずかった。
躊躇している間に藤咲さんが立ち上がったのだ。まさかの事態だった。
「ぇぅあ、あのっ! それは、そのっ、違うと思います!」
彼女の声は震えていた。
きっと怖いんだろうと思う。
それでも勇気を振り絞った姿はまぶしかった。
「はぁ? えっと、藤木さんだっけ? なにー、どうしたのー? 何か言いたいことあるとか?」
皆岡はへらへらと笑う。弱いと思った相手にはとことん強く出る女だ。
それなのに藤咲さんは毅然と皆岡に向かい合った。
いや、彼女は悠木ゆめめの中の人なのだ。強いに決まっている。
「お、男をかばった? そういえば、あの男のスマホのVtuber、ゆめめ様も好きだって言ってたやつだわ。かばわれたあの男はゆうなさんに惚れて、無理やり交際を迫る。押しに弱いゆうなさんは男にずるずると引きずられ、そのうち情が湧いて、いずれ結婚。配信活動さえしなくなっていく。……そんなの、そんなの、いや!」
「おーい、とーこー? 大丈夫ー? バッドトリップー?」
藤咲さんに感動する一方で、朝霧は相変わらずの奇行をきめていた。
頭を抱えながらぶつぶつと独り言を言っている。
いったい誰だ、この女を校内で五本の指に入る美人とか言ってるの。
「ちょっとぉ、黙らないでよ? こっちが悪いみたいじゃん。うちらは別に間違ったこと言ってないでしょ?」
朝霧の奇行はさておき、藤咲さんと皆岡は言葉を何度かかわす。
しかし、最後には気圧されて、藤咲さんは黙ってしまった。
もしかすると、泣き出してしまうかもしれない。
あぁ、もう!
それなら、うちが出ていく!
とにかく自爆でもなんでもいいから、興味をこっちに逸らさなきゃ!
そう思った矢先。
さっきまで私の近くにいたはずの二人が藤咲さんの方に移っていた。
「へぇえ、皆岡ぁ、そんなに最新の流行に詳しいんだー?」
「皆岡さん、とても興味深いわ。私も最新の流行とやらを詳しく知りたいわね」
朝霧と鏑木は藤咲さんを守るように立っていた。
まさしくヒーローの登場。
尊敬するよ。二人とも。
二人は皆岡を論理的に詰めていく。
間違ったことは言っていない。
つまり、ASMRはダサいっていう考え方自体がダサいってことだ。
事実、ASMRはただの動画コンテンツの種類でしかない。
エロいのもあるし、そうじゃないのもあるってだけ。
しかし、論理でぶつかっても感情で押し切ろうとするやつもいる。
皆岡はその典型的なタイプに思える。
「べ、別にハリウッド女優がやってたからって何だってわけ? そんなのこいつの痛いVtuberと一緒にならないでしょ?」
皆岡は案の定、感情論で話をすり替えてきた。
くだんのちょっとエッチなVtuberだけは認められないという。
クラスメイトたちは静まり、口論の行く末を見守っていた。
皆岡とその一味 VS 朝霧と鏑木という大きな対立が生まれそうな雰囲気。
朝霧と鏑木は今回の論戦では勝利するかもしれない。
しかし、一方的に勝つことが正しいわけじゃない。
あくまでも、私たちはクラスメイト同士。1年近く付き合っていかなければならないのだから。
何かないか?
何か?
私は必死でスマホを操る。
今こそ、私のディグり力を発揮する時!
そう言えば……!
「あのぉ、皆岡さんって、Aesopのキャリー、好きだったよね? たしか」
とっておきの情報を見つけた私は思い切り声を出す。
朝霧と鏑木だけに、いい格好をさせてたまるかっていう気持ちもある。
でも、それ以上に、藤咲さんのために何かしたかった。
Aesopのキャリー、それをなぜ私が知っているのか?
なぜなら、先日の掃除の時に、皆岡たちが廊下で踊って動画を撮っていたからだ。
その時に奴は言った。
「私、Aesopのキャリーがめちゃくちゃ好き! まじでかわいいの!」
皆岡のやってることは全部嫌いだけど、その言葉だけは妙にひっかかった。
嘘じゃないだろうなと思えたのだ。
自分の推しを語るとき、人は誰だって幸福状態に入る。
「はぁ? まぁ、好きっていうか、そうだけど……それがどうしたってわけ?」
皆岡の瞳に動揺が走ったのをみた私は勝負に出る。
やつの推してるK-Popアイドルこそが、自分のバカにしているVtuberとコラボしていることを示してやる。
しかも、朝霧と鏑木のアシストもあり、その場でASMRの世界に引き込むことにも成功!
皆岡はASMRの奥深さに触れることになる。
かくして、皆岡とその取り巻きは、バカにしていた男子生徒に、そして、藤咲さんに謝罪するのだった。
溜飲が下がるとはこのことだ。
勇気を出して良かった。
それに、皆岡たちも朝霧たちと打ち解けたみたいだし、クラス内対立は消えていく気がする。
藤咲さんにサインを送ると笑顔で小さく手を振り返してくれた。
かわいいなぁって思う。
胸の奥が温かくなっていく。
退屈な先生の話が終わると、一限目の授業だ。
その前にスマホをチェックすると、件の編集者からのメールが届いていた。
……あ。
藤咲さんに夢中で、締め切りのこと忘れてた。
やばい。
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