14.朝霧さんの誓い:三人で力を合わせて最愛の推しを守る!
「で、あんた、いつから気づいてたの?」
「昨日、一緒に掃除をした時に……。その拳、なに?」
私の名前は朝霧透子。
悠木ゆめめ様を推ししている女である。
同時に、中の人である藤咲さんを守る女でもある。
我ながら不甲斐ないことだが、風邪をひいて学校を休んでしまった。
私と同じく藤咲さんの正体を知っているエリカも風邪をひいたという。
ひとまず、あの子の暴走を止められたのなら安心だ。
さすがにこれ以上、正体に気づく人間が現れるとは思えない。
実際、相当、聞きこまないと現実世界で他人のASMRに気づくわけがないのだ。
と、思っていた。
学校に着いた途端、私は嫌な予感に襲われる。
クラスの中で孤高を気取っている、あの加賀見ふみという女が藤咲さんに近づいていたのだ。
聞けば、掃除を手伝ってくれたお礼がしたいとのこと。
怪しい。
怪しいが、藤咲さんは快くそれを受け入れていた。
「罠です、それは!」と押しとどめることもできない。
だって、喜ぶ藤咲さんが可愛すぎたから!
こんなことなら、私が先に藤咲さんを家に招待すればよかった。うぅ。
唯一、できるのはこの加賀見という女が変なことをしでかさないか見張ることだけ。
加賀見ふみは、ふざけた女だった。
あろうことか、自分の描いた漫画を藤咲さんに、いや、悠木ゆめめに音読させたのだ。
私でさえ国語の教科書だったのに!
悔しい!
恥を知れ!
無性に腹が立つ。
藤咲さんが帰路に就くと同時に、私は加賀見ふみを詰めるのだった。
この女は危険だ。
絶対に秘密を明かさないように念押ししなきゃならない。
冒頭の会話は、その時の念押しの時の様子だ。
あくまで平和的解決を目的とした、慈悲深い提案。
「何って、返答次第では鉄拳が飛ぶかもしれないってだけ」
「こっわぁあ!? あんた、正気!?」
「あんたみたいな小悪党にゆめめ様を利用されるぐらいなら、私は絶対悪になるわ!」
「なんかかっこいいけど、私、そんなんじゃないよ!? いったん、落ち着いて!」
加賀見はぷるぷると顔を横に振る。
私が覚悟が伝わったのだろうか、そっと拳を収める。
「あはは、でもさぁ、掃除で気づくってどういうこと? 相当の変態じゃない?」
「変態って言わないで! ……鼻歌よ。あの子が歌ってた鼻歌で気づいたの。ゆめめと全く同じだったから」
「鼻歌かぁ、なっとくー! ゆめめちゃん、料理作ってるときも歌ってるよねー」
「様をつけなさいよ、このデコ助野郎!」
「ひぃいいい!? 結局、怒られてる!?」
確かに盲点だった。
ゆめめ様のお掃除ASMRは私もたしなんではいる。
しかし、鼻歌についてそこまで真剣に考えたことがなかった。
エリカの咀嚼音といい、世界は広い。
「実は、私、鼻歌だけ集めてるんだよね? 聞く? めちゃくちゃかわいいよ?」
「聞く―! 絶対癒されるよ、それ」
加賀見はスマホを取り出すと、そこに自分で作ったであろう音声ファイルを表示させる。
『悠木ゆめめ 鼻歌総集編01』と銘打ったそれは、あきらかにマニアの仕様だ。
私にはわかる。
だって、私も彼女の『ゆめめ様の おやすみなさい 総集編』を作っているから。
「私は聞かない。っていうか、再生しないで! 真剣な話をしてるんだから」
マニア仲間だからといって油断は禁物だ。
加賀見ふみ、この子が邪悪な思惑を持っていないとは限らない。
藤咲さんを監禁して、一生自分の漫画を読み上げさせようとするかもしれない。
「ふみふみ、じゃー、透子は放置して聞こうよー?」
「OK。ぽちっとな」
「あなたたち、人の話を聞きなさいっ!」
こういう時にエリカはいつまでもマイペースだ。
彼女に促された加賀見はスマホを操作して、音声ファイルを再生する。
『ふふーん、ふふん、ふーふふ、るるー、るるー』
一気に空気が変わる。
刺すか刺されるかぐらいに殺伐とした空気だったのに、今はもうメルヘン。
悠木ゆめめ様の鼻歌を聞いていると、争うことさえバカらしくなってくる。
かわいい、あぁ、かわいい。
どうしてこんなにかわいい声が出てくるんだろう。
箱に閉じ込めておきたいぐらいかわいい。
一生、私が面倒見てあげたい。
毎日、ご飯を食べさせてあげたい。
「透子、あんた、よだれ出てるけどー?」
「涙よっ! 感動したの」
「口から出る涙。こっわ」
「確かに、何か企んでる顔だった」
「うっさいわね! あんたら、何で急に距離を詰めてんのよ!?」
ゆめめ様の鼻歌の破壊力があまりにすごいので、妄想の世界に突入していた。
本当に危険だ。
自動車を運転している時は聞いちゃいけないレベルだと思う。法改正すべき。
「加賀見さん、お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「ふふ、これは真剣なお願いだよー?」
「な、なに? 改まって」
少し空気がほぐれたところで本題に入る。
私たちは加賀見に伝えなければならないのだ。
悠木ゆめめ様の正体について、他言無用であることを。
「見くびらないで! 私だって、悠木ゆめめを推してるの! 正体を明かそうとか、ありえないから!」
すると、意外なことに加賀見は怒って見せるではないか。
さっきまで私とエリカに怯えてたはずなのに、きっぱりと言い切ったのだ。
「私だって、悠木ゆめめを大事に思ってるんだから!」
彼女の真剣な顔つきと口調から私はやっと理解するのだ。
この子も悠木ゆめめの配信がなければ生きていけないっていうことに。
様をつけないことについては腹立たしいことこの上ないが。
「なぁんだー、お仲間だったんじゃーん! よかったぁ! ふみふみ、仲良くしようぜー!」
「うぉお、なんだ、あんた近いって!?」
頭が単純なエリカは感極まって、加賀見に飛びつく。
お仲間ね、なるほど、いい響きかもしれない。
「あなたたちも分かっての通り、藤咲さんはかなり天然ボケよ。自分のことなんて誰も気づかないと思っていて、ガードが低いわ」
「だねー、あの人、自覚ないと思うー」
「まぁ、わかる人はわかるかもね、あれじゃ」
「だから、こうしましょう。私たちで藤咲さんを守り、サポートするの!」
私の提案はこうだ。
藤咲さんが身バレしそうな行動をとらないように未然に防ぐというわけ。
さすがに鼻歌を阻止することはできないが、それでも一挙手一投足見守るわけである。
そもそも、藤咲さんはかなりぽわぽわしている。
人を疑うことを知らない純粋な女の子なのだ。
昨今、治安は急速に悪化している。
学校からの送り迎えなども行った方がいいかもしれない。
いや、いっそのこと、私と住んでしまえば四六時中、守ることができるわよね。
藤咲さんと一緒に暮らして、一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂、一緒に睡眠。
夜には私の為にASMRをしてくれたり……。
「透子、あんた、たまーに、顔が怖くなるからね? 変質者の顔になる」
「あー、うちもそう思った。なんか目がパキパキになってるもん。絶対、妄想してる」
「うわぁあああ!?」
思考を読まれたこともあり、苦し紛れに机に頭を打ち付ける私なのであった。
痛い。
「でも、いいよ! 藤咲ちゃんを守ろう!」
「うちも参加する!」
「そうこなくっちゃ! リーダーは私だけど!」
加賀見の加入によって、さらなる推し活友達をゲットしたともいえる。
三人もいれば、絶対に藤咲さんを守れるはず!
そう思っていたのに。
後日、私たちは一触即発の事態に陥ることになる。
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるんじゃっ……!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。