11.加賀見ふみが作業音ASMRにはまって、「のじゃ」になるまで
「持ち込み、読ませていただきました。絵は上手い。コマ割りもいい。……だけど、君はキャラが弱いんだよね、個性が欲しいっていうか」
「はぁ……」
私の名前は加賀見ふみ。
高校生にあがる直前の春休み、私はとある出版社に持ち込みをした。
といっても、リモートで原稿のファイルを送り、パソコンの前で話をするだけだけど。
編集者さんは親身になって話をしてくれたと思う。
絵やコマ割りについては褒めてくれた。
いい人だと思う。
だけど、キャラが弱いという言葉をもらうと、その後のアドバイスは私の頭を素通りしていった。
自分でも自覚があったのだ。
私の描いたキャラはどこかで見た人気キャラの寄せ集めだったからだ。
「キャラが弱いって何だよ……」
面談が終わって、私の部屋は再び静かになる。
私の家は古い日本家屋で、さらに私の部屋はその奥になる。
そのためか良くも悪くもすごく静かだ。
夜は静寂に押しつぶされそうになる。
「個性なんて、私がわかるわけないじゃん」
私、加賀見ふみは、目立つところのない人間だ。
背も低いし、起伏は少ないし、女の子らしくもない。
友だちも少ないし、コミュニケーションに長けているわけでもない。
そんなつまらない人間が描くキャラクターが面白くなるんだろうか?
考えれば考えるほど、暗い気持ちになっていく。
おかげで面談をして3日ほど、まったく漫画を描く気がなくなっていた。
ぼんやりとYoutubeを眺める私。
VTuberの切り抜きでも見ようかな。
「ん? お掃除ASMR?」
動画を巡回していくと、ふと気になるサムネイルに出くわす。
悠木ゆめめというVTuberの動画だ。
ASMRなら私も知っている。
ささやいたり、耳をマッサージしたり、食事の音を立てたりする配信だ。
しかし、作業音ASMRは聞いたことがない。
「ふぅん、まぁ、いっか」
どうせ暇で漫画を描くこと以外、することはない。
私はその動画のサムネをタップする。
『今日はお掃除配信をしますね! 3月も終わりですし、新生活に入る人も多いと思うので、新しい季節を迎えるために私と一緒にお掃除をしましょう』
いい声だった。
私は大手の箱や個人勢問わず、VTuberを何人も追いかけている。
だから、わかる。
いい声だと思う、決して乱暴なことはいわないのに光るものがある気がする。
『それじゃ、映像は出ないんですけど、音声でお楽しみください。できるだけ大きい音をたてないようにしますけど、うるさかったらごめんなさい。それじゃ、まずはカーペットからコロコロしていきますよ』
画面が変わり、悠木ゆめめはいなくなる。
代わりに、床を掃除する音が聞こえてくる。
粘着ローラーでカーペットのほこりをとっているのだろうか。
不思議な感覚だった。
私が透明人間になって、悠木ゆめめの近くに座っているような、観察しているような、そんな感覚。
のぞき見とか、そういう感覚じゃなくて、友だちが近くで掃除をしているような感覚。
雑音が、ノイズが、気持ちいい。
誰かがそこにいて、私と着かず離れずいてくれるような。
『ふふん、ふふーん』
時折、悠木ゆめめの鼻歌が聞こえてくる。
きっと、掃除をしながら鼻歌を歌う癖があるんだろう。
オリジナルソングの鼻歌だ。だって、聞いたことのない曲なんだもの。
きっと大学生ぐらいのお姉さんなんだろう。
すごく透き通った声だ。
掃除をするなんて、このお姉さんも生きてるんだなって実感する。
画面の中の存在ではないのだ、現実世界を生きている。
こうして、私は悠木ゆめめの世界に引き込まれていく。
実際、春休みの間、ずっと聞き続けた。
派手さはないけど、彼女のかわいさのつまった配信に夢中になったのだ。
「そっか……!」
私は少しだけ個性というものを理解する。
悠木ゆめめは別に突飛な発言をしたり、際どい行動をするわけではない。
肌も見せないし、どんな姿をしているのかもわからない。
それでも、楽しんでいるのはよくわかる。
声だけで、私には悠木ゆめめがどれだけASMRが好きなのかが伝わってきた。
私の心が軽くなったのは、彼女の「好き」っていう気持ちに感応したからなんだろう。
そっか、個性って「好き」を形にすればいいんだ。
前に描いた漫画は評価されやすい売れ線の属性を詰め込んだだけだった。
今度は好きなことに本気で取り組んでいるキャラクターにしてみよう。
「よっし、やろう!」
私は夢中でタブレットの上にペンを走らせた。
今度こそ、うまくいく。
この間の編集者さんと面談するために、夢中で下書きを仕上げた。
「いいですね。キャラが立ってますよ。この調子で進めるといいですね」
結果は上々。
編集者さんには褒められた。
すごく、すごく嬉しかった。
悠木ゆめめ、ありがとう!
飛び上がりたかった。
そして、私は決意する。
せっかく高校生に入ったのだから、私も個性を出していこうって。
1週間遅れの高校デビューだ。
まず、眼鏡は外してコンタクトに変える。
髪型も変更して、少しだけ青く染める。
極めつけはかわいいヘッドホンだ。もちろん、悠木ゆめめのASMRを聞く。
鏡の前で微笑んでみる。
もっさりしたメガネ女子から垢抜けた気がする。
いい感じかもしれない!
うへへ、これで私の学校生活もバラ色に!
友だちになりたーいなんて話しかけられたりして!
……と思っていたのは、学校に到着してからの3時間だけだった。
誰も話しかけてくれないし、話しかける勇気もない。
そもそも、入学式からまともに周りの子と喋れてなかった。
プライベートのお粗末さからか、再び、漫画にも熱が入らなくなっていく。
うぅう、友だちがほしい。
私のバカ。
「あ、今日、私が代理で掃除をする藤咲と言います。えと、よろしく」
そんなある日、私に話しかけてくるクラスメイトがいた。
藤咲さんという女子だ。
入学式から1週間ほど欠席して、クラスの輪に入れていなかった子。
ぼっち同士、シンパシーを感じていた。
実を言うと、話しかけたくてウズウズしていた。
しかし、異変が起きたのだ。
彼女は最近になってクラスの猛獣二人と親しくなっていた。
一人は朝霧、もう一人は鏑木。
地味目な藤咲さんとは接点がなさそうに見える派手な怪物だ。
校内でも群を抜いた美人たちで、クラスメイトも明らかに一目置いている。
そんな二人が積極的に藤咲さんに話しかけていた。
鏑木に至っては藤咲さんに抱きつくなど、かなり懐いているようだ。
うぅむ、どうするべきだろうか?
せっかくの機会だし、仲良くなりたい。
でも、地味な私を受け入れてもらえるだろうか?
個性、そうだ、個性だ。
個性を爆発させて、この子に一緒にいて楽しいって思われたい。
私はなぜそう思ってしまった。
「加賀見ふみです……のじゃ。お、おぬしがわしと組むというわけじゃな?」
気づいた時には、私は「のじゃ」口調になっていたし、藤咲さんを「おぬし」と呼んでいた。
断っておくが、私はキツネの神様の化身でもないし、実家が神社でもないし、巫女装束も着ないし、実は数千年生きているエルフなわけでもない。
普通の人間だ。
それなのに、やってしまった。
安直すぎると自分の中でツッコミを入れたいが、時、すでに遅し。
「は、はい! よろしく!」
藤咲さんはニコッと笑って受け入れてくれる。
むしろ、大笑いしてくれたらよかったんだけど!
「ふむふむ、今日は掃除当番なのじゃ」
内心を見透かされないように、私はのじゃ口調で話し続ける。
うぅう、どうしよう。
今さら、「噓です、普段は『のじゃ』なんて言いません」なんて言えないっ!
いや、まずは掃除当番だ。
ゆっくり仲良くなっていけばいい。
私は偉そうに藤咲さんに指図をする。
のじゃ口調だと、どうしても偉そうになってしまうのじゃ。
いけない、いけない、思考まで「のじゃ」に占領されかけている。
「ふふーん、ふん、ふーん」
ここで私の思考が真っ白になる。
聞こえてきたのだ。
あの歌が。
聞き覚えのある声の、聞き覚えのあるメロディ。
忘れもしない、オリジナルソングの鼻歌。
「ひきゃぁー!?」
気づいた時には本棚の中身をぶちまけていた。
死ぬかと思ったけど、別に何の問題もなかった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だだだだだ、大丈夫じゃないわ……のじゃっ!? あんたじゃなくて、おぬし、今のはえと、なんなのじゃ!?」
「わ、私のせいじゃないですよぉ」
「いや、その、今の空耳だった……のじゃ?」
待てよ私、幻聴かもしれないじゃないか。
この藤咲という女子から、あの鼻歌が聞こえるはずがない。
悠木ゆめめのASMRを聞き続けていたから、脳がバグって再生したのだ。
そうだ、気を確かに持て。
しかし、奴が掃除を続けていくと、再び私の耳にあの声が入り始める。
間違いない、この藤咲は、悠木ゆめめだ、だって、あの鼻歌は……!
「うにゃばぁあ!?」
「加賀見さん!?」
脚がもつれて態勢を崩し、頭を机にぶつける。痛い。
うぅう、どうしよう。
どうしたらいいんだ、いや、「あなた、悠木ゆめめですよね?」なんて言えるはずがない。
VTuberは顔が見えないことが命。
身バレは引退に即つながる業界だ。
それを面と向かって指摘するのは絶対にまずいし、ファンの風上にも置けない。
藤咲さんは私を心配して座っているように言う。
悠木ゆめめの中の人は性格も素晴らしいらしい。
そして、聞こえるのは掃除音だ。
床をホウキで掃く音、きゅっきゅっとモップをかける音、机が揺れる音。
校庭で騒ぐ生徒たちの声。
遠くから聞こえる、吹奏楽部の音。
それらが渾然一体となって、素晴らしいハーモニーを奏でていた。
私はとっさにノートを取り出すと、アイデアをまとめ始める。
行き詰っていた着想がどんどん結びついていく。
あぁ、すごい!
「はかどるっ! はかどる! 本物! いひひひ!」
思わず、声も上がってしまう。
それぐらい、藤咲さんの掃除の音は心地よかった。
一定のリズムがあって、掃除を愛してるって言うのが伝わってきた。
あぁ、藤咲さん、一生、そばにいてもらえないだろうか。
彼女がいれば私は有名漫画家になれると思う。
「ありがとう! おぬしのおかげで、わしは」
「え、ぇえ、どういたしまして……?」
悠木ゆめめ本人ならお礼を言うべきだ。
興奮した私は彼女の手を取る。
「おぬしの、おぬしのおかげで……いや、なんでもない! うちのバカ!」
「ひぃ!?」
しかし、次の瞬間には冷静になって、再び頭を打ち付ける。
ここで身バレをにおわせるなんてバカすぎる。
絶対に、私が彼女の正体に気づいたことは伏せなければならない。
たとえ、私が死んだとしても。
まともに礼も伝えられず、私は教室を飛び出すのだった。
あぁああ、私のバカ!
明日はちゃんと話しかける。
絶対に、「のじゃ」なんて言わない!
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
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