10.お掃除当番で一緒になった加賀見さんの様子もなんだかおかしい&お掃除ASMR配信
「二人とも来ないなんて……」
今日、朝霧さんと鏑木さんは学校をお休みした。
相変わらず、連絡先を聞いてないので原因はわからない。
久しぶりの独りぼっちを噛みしめる私。
今までも寂しかったけど、いないって実感するのはもっと寂しい。
朝霧さんや鏑木さんが話しかけてくれるのに甘えていたのかもしれない。
今日はASMR配信するつもりだから準備もしなきゃ。
放課後はYoutuberさんが紹介していたマイクを試しに行こうかな。
「あ、藤木さーん、悪いけど、今日の掃除、変わってくれる―?」
「ぅえ?」
帰り支度をしていると、クラスメイトから話しかけられる。
ちょっと派手目の女の子で、皆岡さんって人だ。
私の名前を盛大に間違っている。
いや、昨日の一件でそう覚えられたのかもしれないけど。
「ちょっとー、藤咲さんだって! やばすぎー」
「あはは、うけるー! 覚えなきゃ悪いよ」
彼女の友達がケラケラ笑う。
声がナチュラルに大きくて、苦手な部類の人たちだ。
「今日さー、ちょっと緊急の用事があるんだよね。だから、片付け、私の代わりにやってくれない?」
「あ、えと、はい……」
「ありがと! あと一人は加賀見さんだから、よろしくー」
皆岡さんはそう言うと、友達と一緒に教室から出て行った。
ふむ、緊急の用事ならしょうがない……のかな?
掃除当番は教室の本棚を整理したり、ゴミをまとめたりといった日替わりの仕事だ。
通常、二人でやることになっている。
「一緒にやるのは加賀見さんか……」
加賀見さんという女の子を私は知っていた。
彼女の特徴は何と言っても、いつも大きなヘッドホンをしていること。
そして、髪の毛がちょっと青みがかっている。
ここまで聞くと派手なのかなって思うかもだけど、私は彼女に陰の者のにおいを感じ取っていた。
だって、加賀見さん、無口で誰かと話してる様子を見たことがないんだもの。
類は友を呼ぶというか、今回の出来事をきっかけにお友だちになれたら嬉しいかもしれない。
ちなみに彼女のパステルカラーのヘッドホンには猫耳がついている。かわいい。
「あ、今日、私が代理で掃除をする藤咲と言います。えと、よろしく」
教室の片隅でスマホをいじっていた加賀見さんに声をかける。
加賀見さんは背の小さな女の子だ。
150センチの私よりも低いのだから、145センチぐらいだろう。
華奢な体つきで顔も幼げなので小学生と言われても、わからないかもしれない。
「加賀見ふみです……のじゃ。お、おぬしがわしと組むというわけじゃな?」
「は、はい……」
ヘッドホンを外して、加賀見さんは挨拶を返してくれる。
しかし、私は二の句を継げられない。
加賀見さんは私の予想とはちょっと違う感じの人だった。
もっとこう、「あ、えへへ、よろしく」みたいな陰の波動を持つタイプだと思っていたのに。
一人称が「わし」だし、人を「おぬし」と呼ぶし。
「ふむふむ、今日は掃除当番なのかぁ、こりゃ失念しておったのじゃ」
のじゃのじゃしていた。
アニメや漫画の影響なのか、それとも方言なのか、わざとなのか、いまいちわからない。
いや、引いてちゃダメだ。
VTuberの世界では変わった語尾をつける子も多いし、それも個性だと思う。
そうだよ、偏見はよくないよね、これが素なのかもしれない。
私だって、配信する前に自分の語尾に「ゆめ」をつけるか真剣に迷ったもの。
「ほら、何してるのじゃ。わし一人じゃ、机を持ち上げられないじゃろ? 手伝うのじゃ」
「は、はい、やりましょう」
困惑のあまりワンテンポ遅れてしまった。
私も小柄な方だが、加賀見さんはさらに小柄だ。
今日のお掃除当番、ちょっと苦労しそうだ。
「それじゃ、わしは本棚のあっち側を整理するから、藤咲さんはこっち側をやってもろてなのじゃ」
アクが強いけど、極端なことを言うタイプでもないらしい。
大きめの本棚の整理なら二手に分かれた方が効率的だ。
教室の本棚には課題図書が置かれていたり、誰かの荷物が置かれていたりする。
それらを整理整頓するのも、片付け仕事の範囲なのだ。
実を言うと、この私、お掃除は結構好きなタイプである。
配信活動もそうだけど、自分のペースで取り組めることが好きなのかもしれない。
「ふふーん、ふん、ふーん」
一人で作業しているというのもあり、私は鼻歌まじりで片付けを行う。
すると。
「ひきゃぁー!?」
がたがたがたっ!
加賀見さんの片付けていた本棚の中身が凄まじい勢いで崩落した。
バランスが悪く置かれていたのか、これはまずい。
そもそも、加賀見さんは下敷きになっている。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だだだだだ、大丈夫じゃないわ……のじゃっ!? あんたじゃなくて、おぬし、今のはえと、なんなのじゃ!?」
「わ、私のせいじゃないですよぉ」
「いや、その、今の空耳だった……のじゃ?」
加賀見さんは誰かが置きっぱなしにしていたカバンの下で混乱していた。
怪我は一切していなかったので一安心だけど。
「き、気のせいか、そう、きっとそうよ……のじゃ。ここはわしがやっておくから、おぬしは床掃除をお願いするのじゃ」
「で、でもぉ、一人じゃ大変ですよ?」
「別に大したことないわい。任せるのじゃ」
加賀見さんは本棚を崩した責任を感じたのか、一人で整理すると言いだした。
彼女の身長では本棚の一番上に手が届くのか非常に怪しいのだが。
「ふむむむ……。まったく、本棚が大きすぎるのじゃ。くそぉ」
彼女は実際、椅子を使って本棚を整理していた。
口ではぶつくさ言ってるけど、仕事ぶりはまじめだと思う。
一方の私はというと、床掃除を開始する。
ホウキで掃いて、モップをかけるだけなので簡単だ。
「ふふーん、ふん、ふーんふふん」
お掃除好きな私は鼻歌交じりにさくさくすすめる。
床がきれいに磨き上げられていくのがたまらない。
「うにゃばぁあ!?」
「加賀見さん!?」
どういうわけか加賀見さんが足を滑らせて机に盛大に頭を打ち付ける。
ごん、と痛そうな音がした。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だだだだ、大丈夫なわけが……ないわけじゃないのじゃ!」
「どっちなんですか!?」
「こっちのセリフ……なのじゃ!」
「えと、とりあえず、座っててください。残りは私がやりますから! 安静にしててください」
加賀見さんはのじゃ属性だけではあきたらず、ドジっ子属性なのかもしれない。
道を歩けばすぐに転んだり、ぶつかったりするタイプ。
そういえば、朝霧さんも何もない所で転がっていた。
うちのクラス、ドジっ子多すぎ?
私はあれこれ考えながら床にモップをかけていく。
水拭きだけでもかなりきれいになる。
きゅっきゅっとリズムよく床を磨く。
「はかどるっ! はかどるっ! 本物! いひひひひ!」
ふと加賀見さんを見ると、机に向かって猛烈に何かを書いていた。
手持ち無沙汰なのでお勉強してるんだろうか。偉いなぁ。
「これが生の威力かぁああ!?」
とは思うものの、表情が血気盛んすぎて怖い。
目は血走ってるし、かわいい顔なのに鬼気迫っている。
何がはかどっているんだろう。
「ありがとう! おぬしのおかげで、わしは」
「え、ぇえ、どういたしまして……?」
掃除を終えると、加賀見さんがお礼を伝えてくれる。
私の手を取って目はキラキラ。
まるで命を救われたかのような態度だ。
「おぬしの、おぬしのおかげで……いや、なんでもない! うちのバカ!」
「ひぃ!?」
加賀見さんは突如として机に頭を打ち付ける。三度目。
直前まで機嫌がよさそうだったのに、何がどうしたんだろ。
この人、情緒、大丈夫なのかな?
「えっと、その、今夜は月がきれいです……なのじゃ?」
「まだ夕方ぐらいですけど」
「で、ですよねぇ……」
加賀見さんはそうとう錯乱していた。
うわ言めいたことを言ってるし、頭の打ちどころが悪かったのではないか。
三度も打ち付けるなんて危険だ。
そのせいもあるのか、もはや「のじゃ」を言ってない気がする。
「あ、あのぉ、大丈夫ですか? 保健室に行った方が」
「大丈夫って言っているのじゃ! ええい、話しかけてくるでない! うちの頭がおかしくなるのじゃぁああ」
加賀見さんは自分のバッグを持つと、教室の外に駆け出していった。
な、なんだったんだろう、一体。
途中までいい感じだと思ったんだけどなぁ。
がらんどうになった教室でふぅとため息をつく。
私も帰らなきゃ。
気を取り直して、今日は配信するぞっ!
◇ 悠木ゆめめのお掃除ASMR配信
「こんばんは、悠木ゆめめです。えっと、今日はちょっと早い時間なのでお掃除のASMR配信をしたいと思います」
今日、学校でお掃除当番になった。
その時に私は確信した。
私はお掃除が好きだって。
そこで今日は生活音、特にお掃除の音のASMR配信だ。
私がお掃除している様子を配信するという、ただそれだけの内容。
アバターも出ないし、基本的に音声だけ。
できるだけノイズを乗せないように注意しなきゃならないんだけど。
『勉強に集中できていいかも』
『ゆめめ様のおおせのままに』
『作業がはかどる』
『私も一緒に掃除するー!』
リスナーさんからもOKのコメントがずらり。
生活音のASMRは私が予想している以上に、リスナーさんに人気だ。
人間って言うのは不思議なもので、無音よりも多少の雑音があるほうが作業に集中できるという。
あとは、誰かが近くにいる気がしてリラックスするって人もいるらしい。
まずはお部屋の片づけから。
それが終わったら、お風呂もやっちゃおう。
「ふふーん、ふん、ふーん」
鼻歌交じりに掃除をしていくと、心が落ち着いていくのがわかる。
床のカーペットを粘着ローラーできれいにする。
お風呂もしゃかしゃか、きゅっきゅっときれいにする。
『ゆめめちゃん、どんな服でお風呂掃除してるのー?』
ふと、スマホをみると質問が来ていた。
VTuberはどうしても実態が見えないので服装を聞かれることはよくある。
部屋の中だし個人を特定されようもないので、私は答えるようにしている。
「えーっと、ショートパンツとTシャツです、お掃除ですので」
『助かります』
『へぇえー、いいなぁ』
『作業に集中できないんだが』
「はぁい、それじゃ、シャワーで流しますね」
泡を流していくと、ピカピカになった浴室が現れる。
気分がすっきり。
『ゆめめ様、一緒に住んでるみたいですね』
『お掃除楽しいー!』
『リラックスできた』
『ショートパンツ』
マイクの向こう側の人たちも思い思いに楽しんでくれているようだ。
お掃除配信なんて地味だけど、こういうASMR配信もあっていいよね。
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