火事と喧嘩は江戸の華!粋な火消しと変態紋様の謎
鎮火後の喧騒がまだ残る江戸の夜。め組の若頭、辰五郎は、部下たちに指示を出し、後片付けに追われていた。その額には玉の汗が光り、煤で汚れた顔には達成感と疲労の色が浮かんでいる。そんな彼の前に、ぬっと影が差した。
「おお、辰五郎殿!先程の獅子奮迅のご活躍、この桃色助平太、しかと拝見いたしましたぞ!炎にも怯まぬその勇姿、そして何よりも、あの火勢の中で光り輝いていた貴殿の…その、汗に濡れた逞しき前腕筋!ああ、まるで打ち立ての鋼の如き硬質感!実に、実に…男前でござる!」
助平太は、うっとりとした表情で辰五郎の腕に視線を注ぎ、今にも触れんばかりの勢いで顔を近づける。
「な、なんだテメェは!?さっきの変なフンドシ野郎か!馴れ馴れしく声かけてんじゃねえ!あと、その気持ち悪い目つきやめろ!」
辰五郎は、助平太の変態的なオーラに思わず後ずさりし、鳶口を掴んで威嚇する。その傍らから、カゲリとプルルンが慌てて顔を出した。
「こ、これは失礼!うちの者が、貴方様のあまりの男っぷりに感銘を受けまして…」
カゲリが取り繕うように頭を下げる。
「このド変態、さっき火事場で助けられた恩も忘れて、もう次の獲物(?)にロックオンかゾ…」
プルルンは呆れ顔で呟いた。
「それよりも辰五郎殿!拙者が気になりますのは、貴殿のその粋な半纏!特に、その背中に染め抜かれた紋様!あれは、もしや…」
助平太は、真剣な表情で辰五郎の背中を指さす。そこには、確かに鬼灯島で見つけた金属片の紋様と酷似した、巴紋をアレンジしたような力強い意匠が描かれていた。
辰五郎は、助平太の指摘に眉をひそめた。
「あぁ?この纏印がか?これは、め組に代々伝わる火伏せのお守りみてえなもんだ。だが、なんでテメェがそんなことを…」
話の途中だったが、辰五郎は急に何かを思い出したように表情を険しくする。
「…まさかテメェら、近頃この紋様を嗅ぎ回ってるっていう、怪しい連中の仲間か!?」
辰五郎の言葉に、助平太とカゲリは顔を見合わせた。おコン婆の情報では、鍵の破片は各地に隠されているという。め組の纏印がその一つである可能性は十分にあった。
「いえ、我々は敵ではありませぬ!むしろ、その『怪しい連中』とやらを探しているのでござる!」
「そうか、なら話が早え!」
辰五郎は、助平太の言葉を最後まで聞かずに鳶口を振り上げた。
「最近、この纏印を狙って、夜な夜な詰所に忍び込もうとしたり、俺たちの後をつけ回したりするヤツらがいて迷惑してんだ!悪党の仲間じゃねえってんなら、そいつらを捕まえるのに手を貸せ!話はそれからだ!」
その目は、曲がったことが大嫌いな江戸っ子特有の、真っ直ぐな光を宿していた。
こうして、半ば強引に、助平太たちは辰五郎に協力する形で、め組の詰所に厄介になることになった。詰所は、江戸の町火消しの心意気を体現するかのような、質実剛健ながらも活気に満ちた場所だった。若い衆が威勢よく立ち働き、壁には歴代の纏や番付が飾られている。
「しかし辰五郎殿、その纏印、一体どのような謂れがあるので?」
夜も更け、詰所の一室で、助平太が改めて尋ねる。カゲリは負傷者の手当てを手伝い、プルルンは火事場の残り物のおにぎりを頬張っている。
「詳しいことは俺も知らねえ。ただ、じいさんの代から『この印籠がある限り、め組はどんな大火も鎮められる。悪しき者から守り抜け』って言い伝えられてるんだ。最近じゃ、お偉い侍やら、胡散臭い坊主やらが、やけにこの印に探りを入れてきやがる。何か特別な力でもあるのかねえ」
辰五郎は、愛用の煙管をふかしながら、どこか他人事のように言った。彼自身は、紋様の力よりも、自分たちの腕と度胸を信じているようだった。
その時、詰所の外から、複数の怪しい気配が近づいてくるのを、助平太とカゲリ、そしてプルルンは同時に感じ取った!
「来たか…!」カゲリがクナイを握る。
「むふぅ…この妖気、昨晩の火事の残り香とはまた違う、ねっとりとした粘り気…さては、おなごの妖怪か、あるいは、おなごの生き血を啜るタイプの…」
「今はそんなことどうでもいいんだゾ、このド変態!敵だ、敵が来たんだ!」
窓の外を見ると、月明かりの下、黒装束の集団が詰所を包囲しようとしているのが見えた。その動きは明らかに手慣れており、ただのチンピラではない。
「ちくしょう、やっぱり来やがったか!助平太の旦那、カゲリの姐さん、プルルンのチビ助!腕っぷしは知らねえが、度胸はありそうだな!いっちょ揉んでやるか!」
辰五郎は、ニヤリと笑うと、壁にかかっていた自身の名を染め抜いた纏を掴み取った。
「おお!その勇ましさ!まるで、これから合戦に赴く武将の如し!この助平太、貴殿のその心意気に、我が変態魂も燃え上がりますぞ!」
四人は詰所の外へ飛び出した。黒装束の集団は、見るからに妖しげな雰囲気を漂わせた妖術使いや、奇妙な形をした武器を持つ怪人たちで構成されている。その数は十数人。
「纏印を渡してもらおうか、火消しの小僧」
集団の中から、甲高い声の女が前に進み出た。顔は笠で隠れているが、その体つきはしなやかで、どこか蠱惑的な雰囲気を漂わせている。
「おお!あの声!あの腰つき!そして、笠の隙間から覗くうなじの白さ!間違いありませぬぞ、あれは極上の美女妖怪!この助平太、鑑定眼がそう告げております!」
「うるせえ変態!お前らこそ、江戸の平和を乱す悪党か!」辰五郎が纏を構えて啖呵を切る。
「問答無用!」
女の号令と共に、黒装束たちが一斉に襲いかかってきた!
江戸の路地裏を舞台に、変態侍、くノ一、毒舌スライム、そして火消しの若頭という、奇妙な取り合わせによる大乱戦が始まった!
辰五郎は、纏を振り回し、鳶口を巧みに使って敵を打ち据える。その動きは、火事場で鍛えられただけあって、力強くも無駄がない。
「火事と喧嘩は江戸の華よ!なめるんじゃねえぞ、田舎もんが!」
カゲリは、その素早い動きで敵の攻撃をかわし、クナイや手裏剣で的確に反撃する。時には、敵の懐に飛び込み、柔術のような技で投げ飛ばす。
「お主たちの動き、大雑把すぎるぞ!」
プルルンは、助平太の頭の上から、敵の顔面に粘液を飛ばしたり、擬態した小石をぶつけたりして援護する。
「このド変態の盾になるのは癪だが、アタイの力、思い知るがいいんだゾ!」
そして助平太は…
「おお!その斬りかかってくる太刀筋!実に力強く、そして美しい!しかし、その脇の甘さ!まるで『どうぞここを撫でてください』と言わんばかりの無防備さ!この助平太、見逃しはしませぬぞ!」
敵の攻撃をひらりひらりとかわしながら、筆と墨壺を取り出し、敵の「美しい瞬間」をスケッチし始める始末。時には、敵の攻撃をわざと誘い、その「必死の形相」を間近で堪能しようとしてカゲリに蹴られる。
「そこの笠の美女妖怪殿!そのおみ足、実にしなやかで力強い!もしや、日頃から舞踊など嗜んでおられるのではござらんか?その舞、一度拝見したいものでござるな!」
助平太は、女頭目にまで声をかける始末。女頭目は、その変態的な言動に一瞬怯んだが、すぐに怒りの形相で妖術を放ってきた!
「黙れ変態!塵にしてくれるわ!」
強力な妖風が助平太を襲う!その時、辰五郎が助平太の前に飛び出し、纏を盾にして妖風を防いだ!
「危ねえだろうが、変態の旦那!スケッチなんぞしてる場合か!」
「おお!辰五郎殿!その背中、実に頼もしい!まるで、荒波から乙女を守る岩壁の如し!この助平太、貴殿のその心意気に、またもや惚れ直しそうでござるぞ!」
「ったく、こいつら、変なヤツらばっかりだ!」
辰五郎は悪態をつきながらも、どこか楽しそうに笑っていた。
激しい戦いの末、助平太の変態的奇策(敵の女妖怪の着物の帯を筆でくすぐり、戦闘不能にするなど)、辰五郎の火消し魂、カゲリの的確な技、そしてプルルンの小賢しいサポートにより、黒装束の集団は次々と倒されていった。
追い詰められた女頭目は、捨て台詞を残して煙のように姿を消した。
「覚えていろ…必ずや『天逆毎の鍵』は我が主の手に…!」
戦いが終わり、助平太は女頭目が消えた方向を名残惜しそうに見つめていた。
「ああ…行ってもうたか、あのお方…。あの妖艶な腰つき、そしてあの気位の高そうな瞳…実に、実に惜しい人材を…いや、妖怪を逃してしもうた…」
「おい、変態の旦那」
辰五郎が、息を切らせながら助平太に声をかけた。
「テメェら、一体何者なんだ?ただのお尋ね者ってわけじゃなさそうだな。それに、あの女が言ってた『天逆毎の鍵』ってのは…」
助平太は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「うふふ、それはまた、長くなりそうな話でござる。もしよろしければ辰五郎殿、この助平太の『美の探求』の旅、ご一緒しませぬかな?貴殿のような『粋でいなせな漢』がいれば、旅路もさらに華やかになること間違いなしでござるぞ!」
辰五郎は、助平太の変態ぶりには心底呆れながらも、その不思議な魅力と、仲間たちの絆、そして何よりも江戸の平和を脅かす存在を許せない義侠心から、深くため息をついた後、こう答えた。
「…ったく、しょうがねえな。面白そうだし、付き合ってやるか。ただし、俺の前であんまり変な目で女を見るんじゃねえぞ。特に、俺の惚れてる女にはな!」
こうして、天下御免のド変態・桃色助平太一行に、江戸一番の火消し・辰五郎という、頼もしくも騒々しい仲間が加わった。女頭目が残した言葉と、辰五郎の持つ纏印。天逆毎の鍵を巡る冒険は、ますますその深みを増していくのであった。