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プルルン悶絶!牢獄の美学と魂抜きの怪


鬼灯島の朝は、錆びた鐘の音と共に始まる。それは、重罪人たちの新たな一日、すなわち過酷な強制労働の開始を告げる合図であった。岩運び、土木作業、そして時折、看守たちの気まぐれで行われる「余興」という名の私的リンチ。この島では、人間の尊厳など、浜辺の砂より軽い代物であった。

「よいしょっ、こらしょっと!ふぅ……この岩の肌触り、実に無骨にして力強い!まるで、鍛え上げられた武士の背中のようでござるな!そして、この苔の生え具合!おお、しっとりとした緑が、まるで高級なビロードの如し!この助平太、岩石にも『美』を見出す男でござるぞ!」

周囲の囚人たちが汗みずくになって呻き声を上げる中、桃色助平太は一人、巨大な岩を愛おしそうに撫で回しながら、その美的価値について熱っぽく語っていた。その手には、いつの間にか小さな筆と墨壺が握られ、岩の表面に何やら細かい模様をスケッチし始めている。

「このド変態!さっさと岩を運ばねえと、看守の鉄拳が飛んでくるゾ!アタイまで巻き添え食らったらどうするんだ!」

助平太の頭の上で、ぷるぷると震えながらプルルンが叫ぶ。彼女(?)は、助平太の奇行に付き合わされるのがもはや日常となりつつあったが、その度に新鮮な驚きと強烈な羞恥心に襲われるのだった。

「おお、プルルン殿!心配ご無用!この岩の『重心』と『力の流れ』は既に見切った!あとは、この表面に残る風雨の痕跡、いわば『自然の筆致』を写し取れば……むんず!」

助平太は、鍛えられたとは言い難い細腕で、しかし絶妙なバランスで巨大な岩をひょいと持ち上げた。その動きは、まるで熟練の舞踏家が小道具を扱うかの如く滑らかである。

「……ったく、こういう時だけ無駄に器用なんだから、このエロガッパは」

プルルンは呆れ顔で毒づくが、内心では助平太の持つ奇妙な能力に舌を巻かずにはいられなかった。

そんな彼らの日常(?)に、鬼灯島の暗い影が、じわりじわりと迫っていた。

ある日の昼餉どき。粗末な握り飯を頬張りながら、助平太が隣の古株の囚人、片目の源五郎に声をかけた。

「源五郎殿。近頃、この島で『魂抜き』なる怪異が噂されておりますな。まこと、そそられる響きではござらんか?魂を抜かれたおなごの、あの虚ろな瞳……想像しただけで、背筋がゾクゾクいたしますぞ!」

「げっ、助平太!てめえ、そんな不気味なもんにまで興奮するのか!やめとけ、そいつは本物の地獄だ。俺も見たんだ、魂を抜かれたヤツをよ。まるで生きた屍だ。目ん玉は濁って、口からはよだれを垂れ流し、何を言っても反応しねえ。ただ、時々、か細い声で『かえして…かえして…』って繰り返すだけだ。あれは、美しくもなんともねえよ」

源五郎は顔を青くして首を振る。その脳裏には、数日前に作業場で突然倒れ、魂を抜かれた仲間の姿が焼き付いていた。

「ほう……『かえして』とな。何を返して欲しいのでござろうか?貞操か?若さか?それとも、昨晩の残りのおかずでござるかな?」

「このド変態が真面目な話ぶち壊しやがって!アタイが代わりに魂抜いてやろうか!」

プルルンが助平太の額に体当たりをかます。その時だった。

「うわあああああっ!」

作業場の一角から、甲高い悲鳴が上がった。見れば、一人の若い囚人が、まるで糸の切れた人形のように崩れ落ち、白目を剥いて痙攣している。その顔からは急速に血の気が失せ、みるみるうちに生気が抜け落ちていく。

「ま、まただ!魂抜きだ!」

「逃げろ!こっちに来るんじゃねえ!」

囚人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。看守たちも、顔を引きつらせながら遠巻きに見ているだけで、助けに入ろうとはしない。

しかし、助平太だけは、その惨状に目を輝かせ、倒れた囚人に駆け寄ろうとした。

「おお!なんと劇的なる生命力の減衰!あの皮膚の色の変化、瞳孔の収縮速度!これは記録せねばなるまい!まさに『死に至る生のグラデーション』!」

「行くなド変態!お前まで魂抜かれたら、アタイが誰の頭の上で威張ればいいんだゾ!」

プルルンが必死で助平太の着物の襟を引っ張る。その時、倒れた囚人の懐から、何かがポトリと落ちた。それは、女物の小さな櫛。質素だが、椿の花の細工が施された、可愛らしい櫛であった。

助平太は、その櫛を素早く拾い上げた。

「ふむ……この櫛、持ち主は若いおなごと見た。それも、かなり大切に使い込まれているご様子。このような美しい櫛を持つ者が、なぜ魂を抜かれねばならぬのか……。これは、美の冒涜!断じて許しがたい暴挙でござる!」

先程までの変態的な興奮とは打って変わり、助平太の瞳に、珍しく真剣な怒りの色が浮かんだ。

その夜。囚人たちが寝静まった牢の中で、助平太はプルルンと声を潜めて話し合っていた。

「プルルン殿。あの魂抜き、どうやら単なる病や呪いの類ではなさそうでござるな。何か作為的なものを感じる……。まるで、熟練の絵師が、最も美しい瞬間に筆を止めるが如く、生命の輝きが最も鮮烈な若者ばかりを狙っているかのようだ」

「ふん、アタイに言わせりゃ、ただの悪趣味な妖怪の仕業だゾ。この島には、そういうヤツらがウヨウヨしてるからな。昔、長老から聞いたことがある。この島の奥深くには、『魂喰らいの祠』があって、そこに封じられた大妖怪が、時々こうして魂を集めているってな」

「魂喰らいの祠……。ほう、それはまた、おぞましくも甘美な響き。して、その祠の場所はご存知かな?」

「知るかそんなもん!アタイは世界征服で忙しいんだゾ!そんな下らんことに首突っ込んでる暇は……って、おい、どこ行くんだド変態!」

助平太は、いつの間にか牢の格子を器用に外し、闇夜に紛れて外へと這い出していた。

「決まっておるでしょう。美の冒涜者を、この助平太が許しておくわけにはまいりませぬ。それに……ひょっとしたら、その祠には、絶世の美女妖怪が囚われているやもしれませぬぞ?うふ、うふふふふ!」

「結局そっちかよ!この救いようのないド変態があああ!」

プルルンも慌てて助平太の後を追う。月明かりだけが頼りの暗い島の中を、一人と一匹は、危険な冒険へと足を踏み入れていく。

途中、見回りの看守に見つかりそうになるが、プルルンが岩に擬態し、その上に助平太が「岩と一体化する修行でござる」と奇妙なポーズで静止するという連携プレー(?)で切り抜けた。

やがて、彼らは島の奥深く、禁断の森と呼ばれる場所にたどり着いた。そこは、昼なお暗く、不気味な形にねじくれた木々が立ち並び、そこかしこから動物とも妖怪ともつかない呻き声が聞こえてくる場所だった。

「うう……なんだか気色悪いゾ、ここ……。本当に祠なんてあるのかよ?」

プルルンが不安そうに助平太の肩にしがみつく。

「ご安心なされ、プルルン殿。この助平太の『変態アンテナ』が、ビンビンに反応しておりますぞ!この森の奥に、何かとてつもなく『濃密な気配』を感じる……。それは、恐怖か、絶望か、あるいは……至高の『お色気』か!」

助平太が大きく深呼吸し、何かの匂いを嗅ぎ分けるように鼻をひくつかせた、その時だった。

茂みの中から、微かな衣擦れの音が聞こえた。そして、女の押し殺したような吐息も。

「むむっ!この気配は……間違いなくおなご!それも、かなりの手練れと見た!さては、魂抜き事件の犯人か、あるいは……拙者のような『闇に潜む美の探求者』でござるかな?」

助平太の目が、暗闇の中でギラリと光った。プルルンは、「また面倒なことになりそうだゾ……」と、小さくため息をつくのだった。

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