第6話:第三階層の継承者
最近忙しくて更新が遅れてました。
また少しずつ投稿していきます。
“ティールの亀裂”第三階層へ続く転移陣が、淡く光を放つ。
第一階層の記録晶を起動したことで、次の扉が開かれた。だがその魔力は、明らかに先ほどのものとは異なる“濁り”を帯びていた。
「……転移、ちょっと嫌な感じするにゃ」
ミナがしっぽをぴんと立てて言う。その耳も、どこかピリピリと反応していた。
「魔力の流れが、通常の空間転移と違う。歪んでるわ。重力干渉の兆候も出てる」
フローラの冷静な分析が続く。
それでも、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。レイは星印に手を添えながら頷く。
「進もう。この試験……いや、“導き”に、意味があるはずだ」
転移陣が起動する。光がレイたちの身体を包み、第三階層へと送り出した。
* * *
視界が戻った瞬間、レイは地面に足をつけることができなかった。
いや、そもそも“地面”という概念がなかったのだ。
第三階層――それは空中に浮かぶ大小の足場が不規則に配置された、“断層迷路”のような空間だった。
「これ……どういう構造なの?!」
ミルが叫ぶ。彼女の足元も、ぐらつく浮遊床にわずかに乗っている。
「空間そのものが重力を持ってない……否、魔力で軌道を固定してる。重力軸がバラバラ……っ!」
フローラの言葉に、レイは焦りながら体勢を整え、足場に着地する。
ミナは風をまとってふわりと降下し、シャドウは軽々と影移動で安定した場所へ。
「とにかく、ここでは一歩間違えたら落下じゃ済まないにゃ……!」
足場の隙間は深淵のように暗く、底が見えない。
その上、空間には星のように輝く魔素の粒子が浮かんでおり、重力や風の流れさえ読みづらくしていた。
レイは星印を押さえ、微かに共鳴する力を感じる。
「この階層……“試されてる”感じがする。星の力が反応してる」
その言葉に、仲間たちは頷いた。
ここは、ただの試験ではない。
星を継ぐ者に向けられた、“真なる選別”が始まったのだ。
* * *
試される――その言葉に、全員の表情が引き締まる。
足場は不安定だが、魔素の濃度は高く、魔力の流れも複雑だ。ここでは魔法や調合の“精度”が問われる。何より、ちょっとした操作ミスが命取りになる。
「私、重力魔法で足場の補強してみるわ。ミル、前に出すぎないで」
「了解。下手に飛び込んだら終わりってことね」
フローラが調合杖の底部を床に打ちつけると、周囲の魔力がわずかに安定し、浮遊床がぐらつきを抑える。
「ミナ、風の流れを読むにゃ」
「にゃっ、了解! 魔素が巻いてる部分は落とし穴みたいになってるにゃ!」
シャドウも影に潜りながら、足場の裏側を確認していく。
「この感じ……罠じゃない。構造そのものが“星の試練”になってるんだ」
レイは星印の鼓動を感じながら呟いた。
突如、空間の一角に光の揺らぎが走った。ゆらゆらと浮かぶ青い残光のような魔素が凝縮し、人影のような輪郭を形づくる。
「あれ……人?」
いや、違う。影のようでいて、人に似せた“何か”だった。
「魔族の眷属……いや、“星喰い”だ!」
フローラの声に、空気が張り詰める。
「まさかこの階層にまで来てるとは……!」
第三階層は、単なる迷宮ではなかった。
星の力に導かれし者と、それを“阻もうとする者”が、ついに交錯する場所となるのだ――。
星喰い――星の記録を喰らい、星継者の覚醒を阻もうとする存在。
その姿はまだ定かではない。ただ魔素の塊のように形を変えながら、淡く青白い光を発し、そこに“顔”らしきものが浮かんでいるようにも見えた。
「来る……っ!」
ミルが剣を抜き、飛び出そうとする。だが、レイがそれを制した。
「待って。魔素の密度が高すぎる。今ここで斬ったら、爆発するかもしれない!」
「じゃあどうするのよ!」
「俺が引きつける。時空干渉で足場の重力を安定させるから、ミナとフローラは援護を!」
「了解にゃ!」
「わかったわ、位置調整する!」
レイが星印に魔力を流す。魔素が螺旋状に渦を巻き、空間にひずみが生じる。
「――《クロノ・ステイシス》!」
レイの周囲に時の檻が展開され、一瞬だけ星喰いの動きが止まる。
その隙にミナが風を巻き上げ、星喰いの前方に目くらましの霧を発生させる。
「目を……潰したわけじゃないにゃ。あれ、“見てる”んじゃない。“読んでる”にゃ」
「じゃあ……行動を、予測されてる?」
「逆に言えば、予測できない動きなら通るはずだ!」
ミルが一瞬、足場を踏み外すように跳び、通常ではありえない角度から斬りかかる。
「ここだッ!」
斬撃が、星喰いの中心をわずかに裂いた。そこに見えたのは、黒く染まった“星の核”のようなもの。
「これ……星の記憶を喰った残滓……?」
「やっぱり、あれは“星を汚す”存在だにゃ」
レイは星印に再び魔力を込め、空間をねじる。
「なら……星の力で、星の敵を消す!」
魔素が螺旋を描き、次の共鳴が始まった――。
レイの掌から放たれた魔力は、螺旋を描いて星喰いへと収束していく。
それは時間の糸を編むような動きだった。空間が振動し、魔素が歪む。星印が脈打ち、過去の記憶が一瞬、脳裏を駆け抜けた。
(……これは、誰かの“願い”?)
光の中に現れたのは、見知らぬ少女の背中だった。長い髪、細い肩、そして星のように輝く杖を手にしていた。
彼女は、笑っていた。深い闇の中で、ただ一つの希望のように。
「――“光は、いつか届く”」
誰かの声が、記憶の奥から重なる。レイの魔力がさらに高まり、足元の足場が青白く輝き出した。
「今よ、レイ! 魔素が逆流してる!」
フローラが叫ぶ。彼女の周囲では調合瓶が浮遊し、爆破・麻痺・霧毒の三重干渉が星喰いを包囲していた。
「押し込めにゃ!」
ミナが風を圧縮し、ミルが一閃。レイが最後に魔力を重ねる。
「――《星破の残光》!」
放たれた光は、星喰いの核心を正確に貫いた。
音もなく、存在が霧散する。その場所に、ほんの僅かな“白い欠片”が残されていた。
「これは……」
レイが拾い上げたそれは、星の記憶の結晶。
過去を記録し、星に還ろうとしていた“誰か”の想いの名残。
「継承者として認められたってことかもしれないな」
シャドウが静かに言う。
レイは胸元の印に触れた。
「まだ……俺は、ほんの入り口にすぎない。けど――前に進めた気がする」
第三階層。その試練の前半は、静かに終わりを告げた。
星喰いを退けたことで、空間に漂っていた魔素の濁りが徐々に晴れていく。
迷宮の空気が澄み、浮遊する足場も安定を取り戻し始めた。重力のバランスが整ったのか、フローラが調整していた補助魔法も自然に薄れていく。
「……終わった?」
ミルが剣を収め、深く息をつく。
「終わったように“見える”だけかもしれないにゃ。星の力、まだ動いてる」
ミナが足元の魔素の粒子を見つめながら、ふわりと浮かぶ。
レイの胸元で星印が再び脈動した。その脈動に反応するように、階層の中央に浮かぶ巨大な石柱が、音もなく回転を始める。
「……動いた。あれ、“扉”だ」
シャドウが低く呟いた。
石柱の表面には、いくつもの星型の刻印と古代文字が浮かび上がっていた。それはまるで、誰かの記憶を封じた“鍵”のようでもあった。
「星継者の通過を感知して、扉を開いた……?」
「けど、その奥……何かがいるにゃ。空間の“重さ”が違う」
ミナの警戒に、ミルも表情を引き締める。
「この試験、まだ中間地点ってこと……?」
フローラは魔導杖を構え、背中の調合鞄を軽く調整する。
レイは扉に向かって歩を進めながら、小さく呟いた。
「俺たちは、今……星神の記憶の中を進んでるのかもしれない」
それは直感だった。だが確かな確信でもあった。
彼の中で何かが、確実に“目覚め”つつあった――。
扉の周囲では、魔素が渦を巻いていた。まるで“何か”を拒むような動きにも見えるが、星印を持つレイにだけは、道を開けるかのように揺れていた。
「これ、本当に開くの?」
「たぶん……俺が触れれば、動くと思う。さっきの反応からして、星継者にだけ反応する扉だ」
レイが石柱に手をかざすと、星印が脈動し、淡い銀光が走る。
まるで心臓の鼓動のように、“扉”はゆっくりと開かれていった。
その先に広がっていたのは、空間そのものが歪んだような円形の大広間だった。
天井は見えず、星屑のような光が降り注ぐ。地面は水鏡のように滑らかで、足音すら吸い込まれていく。
「ここ……星神の記憶そのものじゃないか?」
フローラが呟く。彼女の目も、レイと同じように微かに星光を宿していた。
その中心に、ひときわ輝く“祭壇”があった。
まるで星を模したような球体が浮かび、周囲には六つの小さな魔石が円を描いて配置されている。
「六大大陸……いや、星神の“契約刻”?」
レイは足を踏み入れた瞬間、身体の奥で星印が熱を帯びるのを感じた。
思わず跪いた彼の脳裏に、再び“声”が響く。
――“よく来たな、継承の徒よ”
「また……この声……!」
「レイ!」
ミルが駆け寄るが、彼女の手が届く直前で、空間が淡く光に包まれる。
レイの意識は、星の記憶に包まれながら、深奥へと沈み込んでいった。
* * *
「これは……星神フィル=シエラの、記憶……?」
目を開けると、そこは別の空間だった。
見渡す限りの星原、無数の光が流れ、漂っていた。
そして、その中心に――“あの少女”がいた。
前にレイの記憶に現れた、星の杖を手にした少女。
今度は、その顔がはっきりと見えた。
長い銀髪、赤い瞳、そして悲しげに微笑む唇。
彼女は、微かに首を傾げて言った。
「レイ・フレル……ようやく、ここまで来てくれたのね」
それは、遥かなる星の継承を語る“導き”の始まりだった――。
星の記憶に包まれた空間の中で、レイは少女――星神フィル=シエラと向かい合っていた。
「……君が、フィル=シエラ?」
「そう呼ばれていたこともあったわ。けれど、今の私はただの“記憶”……君が目覚めるための道しるべよ」
少女の声はどこか儚く、けれど確かな意志を宿していた。
レイは一歩踏み出し、問いかける。
「君が……俺に、星印を託した?」
「正確には、“選んだ”のではなく、“応えた”の。君が世界の終わりを拒み、まだ見ぬ未来を求めた――その願いに」
空間に星の光が流れ出す。その一粒一粒が、誰かの記憶であり、祈りであり、絶望と希望の軌跡だった。
「星は記録するだけ。けれど、継ぐ者は、選び直すことができる。“道をつくる”存在になれる」
「俺が……その力を?」
「いいえ。“責任”を、よ」
少女が微笑んだ瞬間、レイの胸元の星印が熱を持ち、身体中に光が満ちていく。
「――継承の儀を始めましょう。“星継者”としての第一段階、記録干渉の解放よ」
空間に浮かぶ六つの魔石が軌道を描き、祭壇の中心でひとつに収束する。
レイの足元に星型の魔方陣が展開され、記憶の波が身体に流れ込んできた。
それは、世界の起源。星の誕生と滅び。
人が生まれ、争い、祈り、星を見上げた数千年の想念だった。
「っ……!」
圧倒的な情報量に、レイの意識が溺れかける。だが、彼の中で“何か”がそれを受け止めていた。
ミナとの契約。仲間との絆。
この世界で歩んできた“確かな今”が、彼の軸を保たせていた。
やがて光が収まり、祭壇の魔力が静かに沈んでいく。
「これで、君は星継者としての“扉”を開いた。これから先――試されるのは、君の選択よ」
少女の姿が徐々に光に還っていく。
「待って、君は……!」
「私は……いつかまた、“約束の時”に」
微笑みと共に、星神の記憶は霧のように消えた。
レイはその場に立ち尽くし、深く息を吐いた。
そして、開いた扉の先――
新たな階層が、彼らを待っていた。
* * *
「……目を覚ました?」
聞き慣れた声と共に、レイは意識を浮上させた。
そこは再び、迷宮の第三階層。星の祭壇の前。ミルが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「急に倒れるから、心臓止まったかと思ったにゃ……」
ミナがレイの胸にしがみつきながら言う。フローラは肩をすくめつつも、すでに調合薬の準備を整えていた。
「身体に異常は? 意識の混濁、幻覚、記憶の欠損は?」
「いや、大丈夫……むしろ、はっきりした気がする」
レイは静かに立ち上がる。そして、手をかざすと――指先に、淡い星光が宿った。
「その力……完全に継承されたのね」
「“第一段階”って、星神は言ってた。これで終わりじゃない。“選択”が始まるって」
レイの言葉に、全員の表情が引き締まる。
「じゃあ、これから本格的に“星継者”として歩むってことか……」
「責任も、選択も……すべて俺に返ってくる。でも、もう迷わない」
その時、背後の扉が音もなく開いた。
先へ続く階層は、真の試練の入り口――“星の回廊”と呼ばれる場所だった。
「行こう。俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ」
レイの声に、仲間たちが頷く。
そして、五つの影が静かに、光の階へと歩を進めていった――。
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