第4話|星印と昇格試験
第4話|星印と昇格試験
トリエンの町――ロドナとは違い、ここは冒険者・錬金術師・魔術ギルドの各支部が集中し、王都に近い“監視都市”として知られている。
レイたちが訪れたその日も、中央広場では数件の討伐依頼が貼り出され、冒険者たちが騒然としていた。
「ここがトリエン支部……なんか、空気がピリッとしてるね」
猫耳剣士のミルが、しっぽを揺らしながら周囲を見渡す。
シャドウはレイの肩であくびをかみ殺しながら、ぼそりとつぶやいた。
「魔術ギルドと兼任する支部だからな。星印持ちとなると、逆に警戒されるぞ」
「俺、まだ何もしてないんだけど……」
「それが問題なんだ。あんたの“存在”がすでに特例なんだよ」
ギルドの扉を開けると、奥行きのある木造のホールが広がっていた。正面の掲示板には各種依頼、右手のカウンターには整った制服姿の職員。左奥には試験受付とランク昇格専用の窓口まである。
「……ようこそ、トリエン支部へ。ご用件をどうぞ」
受付にいた黒髪の女性が、丁寧に頭を下げる。対応は柔らかいが、目の奥に“識別する者”の視線があった。
「レイ・フレル。ロドナ支部にて冒険者登録済み、D級認定、星印保持者です。情報の引き継ぎと昇格審査の件で来ました」
カウンターの向こうで、女性の手が止まった。
「……星印確認のため、星晶板をご用意いたします。失礼ですが、こちらに手をかざしていただけますか?」
提示された魔導具“星晶板”に手を添える。レイの胸元がわずかに発光し、反応が伝導する。
周囲にいた冒険者たちが、さっと視線を向けた。
なかには、目を細めてこちらを値踏みするような魔術師風の男もいる。
「――確認完了。“星印共鳴度・AA”判定。これは……かなり高いわね」
「共鳴度AAって高いんですか?」
「最高位に近いです。通常、王都本部に招かれるか、あるいは――」
その時、背後から声がかかった。
「なるほど。君が“特異共鳴者”か。ちょうどいい」
長身の男が現れた。青銀のローブに身を包み、胸元には《ギルド教練官》の証が輝いている。
「レイ・フレル。君には“昇格試験”の推薦が入っている。今週末、“三塔試験区”で特別昇格枠の実技試験を受けてもらう」
「突然ですね……」
「星印持ちに“突然”はつきものだ。事前に一件、試験対象となる依頼をこなしてもらう。それも含めて、君の“今”を見たい」
男の視線は冷静で、どこか試すようでもあった。
「その依頼、どんな内容なんです?」
ミルが一歩前に出ると、教練官は手元の書類を提示する。
【試験任務指定】
任務:迷宮跡“ティールの亀裂”調査/魔物掃討
推奨人数:3名以上
危険度:B-級
報酬:試験評価による変動+素材別支給
「なるほど……本気の試験ってことか」
レイは静かに頷いた。新たな壁、新たな出会い、そして新たな力を得るため――
この“次の一歩”を踏み出さなければならないのだ。
トリエン支部での再認証と、昇格推薦――。
それはレイにとって「力が認められた証」であると同時に、「星印持ちとして監視対象になる」ことを意味していた。
「試験の前に、この“指定任務”をクリアしろってことね?」
ミルが教練官の手渡した書類を確認しながら眉をひそめる。
「“ティールの亀裂”……名前からして物騒ね。これ、迷宮跡じゃないの?」
「そう。かつて封印結界で閉ざされた場所だけど、最近になって局所的な魔力漏れが観測された。星印持ちの反応に“同期”する可能性があるらしくてね」
教練官は静かに言った。そこには、ただのギルド職員以上の“思惑”が滲んでいた。
「……つまり、俺の星印が“何か”と共鳴する可能性があるってことか」
「そう解釈してくれていい。言い換えれば――試験と探索を兼ねた“誘導”でもある」
「ふむ、面白くなってきたな」
シャドウが肩の上でしっぽを揺らす。
「それと、この任務には“同行者”をもう一人、推薦している」
教練官が横を向くと、後方の待機スペースからひとりの少女が歩み出た。
すらりとした細身の体、肩まで伸びる赤紫の髪、真紅の瞳。
その腰には魔導短杖と小さな調合鞄。肩には何やら煙を吐く小型のフラスコ型従魔が乗っていた。
「紹介する。“国家認定・見習い錬金術師”、フローラ・イーゼルだ」
「フローラ・イーゼル。……君が、レイ・フレル?」
少女はまっすぐにレイを見つめ、少しだけ口元を引き上げた。
「星印を持つ転生者。……興味はあるわ。サンプルとしても、戦力としても」
「……なんか怖いこと言ってないか?」
「気にしないで。ただ、必要なものを“形”にするのが私の仕事。あなたの“欠片”がどう反応するのか、見てみたいだけ」
フローラの態度に、ミルがすっと一歩前に出る。
「レイに“妙な調合”とかしたら承知しないからね?」
「あら、剣士さん。あなたの神経反応も測ってみたいけど?」
「にゃーお……バチバチしてんなあ」
シャドウが苦笑まじりに空気を和ませる。
そんななか、ミナがぽてんと足元に着地して言った。
「新しいお姉ちゃん、ちょっと変なにおいするけど……悪い人じゃないにゃ」
その一言で、場がほんの少しだけ和んだ。
「ともあれ、チームは三名+従魔で構成される。出発は明朝。“ティールの亀裂”第3階層が目標だ」
教練官が静かに告げる。
レイは一同を見渡し、小さく頷いた。
「じゃあ――試験、受けてみるか。次の一歩を踏むために」
トリエン支部での再認証と、昇格推薦――。
それはレイにとって「力が認められた証」であると同時に、「星印持ちとして監視対象になる」ことを意味していた。
「試験の前に、この“指定任務”をクリアしろってことね?」
ミルが教練官の手渡した書類を確認しながら眉をひそめる。
「“ティールの亀裂”……名前からして物騒ね。これ、迷宮跡じゃないの?」
「そう。かつて封印結界で閉ざされた場所だけど、最近になって局所的な魔力漏れが観測された。星印持ちの反応に“同期”する可能性があるらしくてね」
教練官は静かに言った。そこには、ただのギルド職員以上の“思惑”が滲んでいた。
「……つまり、俺の星印が“何か”と共鳴する可能性があるってことか」
「そう解釈してくれていい。言い換えれば――試験と探索を兼ねた“誘導”でもある」
「ふむ、面白くなってきたな」
シャドウが肩の上でしっぽを揺らす。
「それと、この任務には“同行者”をもう一人、推薦している」
教練官が横を向くと、後方の待機スペースからひとりの少女が歩み出た。
すらりとした細身の体、肩まで伸びる赤紫の髪、真紅の瞳。
その腰には魔導短杖と小さな調合鞄。肩には何やら煙を吐く小型のフラスコ型従魔が乗っていた。
「紹介する。“国家認定・見習い錬金術師”、フローラ・イーゼルだ」
「フローラ・イーゼル。……君が、レイ・フレル?」
少女はまっすぐにレイを見つめ、少しだけ口元を引き上げた。
「星印を持つ転生者。……興味はあるわ。サンプルとしても、戦力としても」
「……なんか怖いこと言ってないか?」
「気にしないで。ただ、必要なものを“形”にするのが私の仕事。あなたの“欠片”がどう反応するのか、見てみたいだけ」
フローラの態度に、ミルがすっと一歩前に出る。
「レイに“妙な調合”とかしたら承知しないからね?」
「あら、剣士さん。あなたの神経反応も測ってみたいけど?」
「にゃーお……バチバチしてんなあ」
シャドウが苦笑まじりに空気を和ませる。
そんななか、ミナがぽてんと足元に着地して言った。
「新しいお姉ちゃん、ちょっと変なにおいするけど……悪い人じゃないにゃ」
その一言で、場がほんの少しだけ和んだ。
「ともあれ、チームは三名+従魔で構成される。出発は明朝。“ティールの亀裂”第3階層が目標だ」
教練官が静かに告げる。
レイは一同を見渡し、小さく頷いた。
「じゃあ――試験、受けてみるか。次の一歩を踏むために」
その夜、レイたちは“星猫亭”に戻っていた。
星灯樹の葉が静かに風に揺れ、宿の中庭は幻想的な光に包まれている。
ミナは木の下で丸くなり、シャドウは梁の上からぼんやりとレイたちを見下ろしていた。
「明日、迷宮か……気が抜けねぇな」
「準備もだけど、あのフローラって子も気になるわよね」
ミルがそう言って、ぐいと紅茶をひと口すする。
彼女は剣の手入れを終え、いまはリラックスモードのようだった。
「錬金術師って、どうしても“裏がある”って思っちゃうんだよな」
「シャドウ、それ偏見」
「違ぇよ。経験則ってやつさ。物理より理屈が勝つやつらは、戦場で一番面倒くさい」
「でも、フローラは“前線型”だと思う。魔導具と薬の扱い方……かなり実戦慣れしてる」
レイが静かに言った。
その観察眼に、ミルが少し目を細めた。
「ふぅん、そこまで見てたの?女の子のこと」
「そ、そんなんじゃない。ただ、共闘する以上は気をつけて見てただけで……」
「……ふふっ。冗談よ。あんたは真面目だから、わかってるわよ」
そんな軽いやりとりが、ほんの少しの緊張をほぐしてくれる。
そこへ――ふわりと、風のように現れた存在がいた。
「……静かな夜だね、レイ」
巫女衣をまとったネリィだった。
彼女は星灯樹の下に立ち、夜空を見上げている。
「ネリィ……星、また動いた?」
「ううん。動きはない。でも……明日、君の“星の音”がまた少し変わると思う。そういう夜」
「星の音が……変わる?」
「うん。迷宮には“記録されてない星の断片”が眠ってる。君がそこに触れれば、星神が揺れる」
ネリィの声は、あくまで穏やかだったが、そこに宿る意味は重い。
星神フィル=シエラとの“共鳴”が、さらに深まるかもしれない。
「ミナは、レイと一緒にいくにゃ?」
「もちろん。一緒に行こう、ミナ。お前の風……きっと役に立つ」
「うにゃっ!」
ミナが嬉しそうにしっぽを立てた。
ミルはそんなやりとりを見て、苦笑しながら言った。
「……なにそれ、仲良しすぎでしょ。私の立場がないじゃない」
「じゃあ、全員で仲良しってことでいいだろ?」
「……うん、そうだね」
星明かりの夜。
小さな仲間たちと過ごす静かな時間は、嵐の前のほんの束の間の休息だった。
翌朝、彼らは“ティールの亀裂”へ向かう。
そこには、星と闇、そして新たな試練が待ち受けている。
朝靄の中、トリエンの町外れ――“ティールの亀裂”と呼ばれる迷宮跡の入口に、レイたちは立っていた。
地面には、亀裂というには不自然すぎる断層が広がり、中央には転移陣のような魔法陣が刻まれている。
ギルドの監視官が控えており、簡単な確認を済ませると、試験開始の印を告げた。
「試験範囲は第三階層。出口の魔導標を起動できれば合格。……それと、途中の“記録晶”には忘れず接触してくれ」
「了解。行くよ、みんな」
レイ、ミル、フローラ、そしてシャドウとミナ。
四者四様の足音が、転移陣の輝きに飲まれて消えていった。
* * *
第一階層――薄暗い石の回廊。壁には崩れかけた文様、床のあちこちに割れた瓦礫。
だが、空気には確かに“魔力の残滓”が漂っている。
「ここ、元は神殿だったのかもしれないにゃ」
ミナがぽそっと言う。レイはその言葉に頷いた。
「たしかに……魔力の流れが“祈り”の方向だ。封印型の陣の配置に近い」
「油断しないで。こういう場所こそ、変異体が潜んでることがあるわ」
フローラが魔導杖の先端に小瓶をセットする。揺らめく緑光が、周囲の“魔毒”を可視化していく。
「ミル、前衛頼む」
「任せて!」
そのとき、回廊の奥――影の中から、低く唸るような音が響いた。
「来るぞ!」
シャドウが跳ねる。次の瞬間、石の床を割って跳ね出したのは、牙を持った“石皮獣”。
外殻は岩のように硬く、目は赤く染まり、瘴気を纏っていた。
「三体。反応は異常。通常個体じゃないわ、これ!」
フローラが叫ぶと同時に、レイが前に出た。
「クロノ・フィールド展開!」
時間操作魔法によって敵の動きを一瞬遅延させ、ミルが斬りかかる。
だが、石皮獣の外殻は予想以上に硬く、刃が弾かれる。
「っ、固っ!」
「なら――ミナ!」
「了解にゃ!」
ミナが空中で一回転し、風の尾を広げる。
その風が巻き上がり、石皮獣の視界を乱した。
「今だ、レイ!」
「重圧崩し!」
レイの拳が、空間のひずみと共に魔力を圧縮し、敵の外殻に叩き込まれた。
“ガンッ”という鈍い音とともに、石皮が砕け、内部の核が露出する。
「核を狙って!」
ミルの一撃が、今度こそ確実に石皮獣の心核を貫いた。
一体、撃破。
その後、シャドウが影から回り込み、残りの二体を翻弄。フローラの調合爆薬が命中し、瘴気を焼き払う。
「クリア。……早い段階でこんな強敵ってことは、第三階層はもっとヤバいわね」
「でも、行くしかない。あそこに“星の欠片”がある気がする」
レイは胸元を押さえた。
星印が、わずかに脈動している――まるで、何かを“呼んで”いるかのように。