王妃の獄中記
【11月17日】
この地下牢獄に幽閉されて一週間。
ようやく羊皮紙のノートと羽ペンを入手出来ました。
獄中記を綴ることにいたしましょう。
少しずつ書いて参ります。
なお省略しておりますが、現在はガリナ王国歴223年です。
【11月18日】
これを書いているわたくしの名はアレクサンドラ。
ガリナ王国正妃でございます。
元々は王国内の小領主の娘でしたが、ユリウス陛下が王子だった頃に見初められて王室に嫁ぐことになりました。
六年前のことでしたでしょうか。
三年前に先代の陛下がお亡くなりなると、ユリウス陛下は王位継承して、わたくしも王妃と相成りました。
ですが今は幽閉の身です。
陛下の命で、この獄に繋がれることとなりました。
【11月19日】
なぜわたくしが幽閉されたのか。
表向きの理由はわたくしが王室の資金を勝手に浪費していたからということになっております。
ですがそれは事実ではありません。
陛下がわたくしを疎んじて、ありもしない罪を着せたのです。
【11月20日】
わたしくと陛下の間には子がおりません。
そのため陛下は側妃を迎え入れました。
イザベラという、わたくしの実家よりずっと裕福な貴族の娘です。
そして少し前に、イザベラは男の子を産みました。
【11月21日】
そうなれば陛下のお心がイザベラに傾くのは必定。
しかもイザベラが正妃になりたいと陛下に申しているところを目撃いたしました。
ですがわたくしが健在であるうちは不可能。
それゆえに、二人で共謀してわたくしを無実の罪に陥れたのでしょう。
【11月22日】
ああ陛下。
わたくしのことを、何度も何度も、美しい、愛していると言って下さったのに。
ですが、それはもう遠い日々のことなのですね。
諦めるときが来たようです。
【11月22日】
わたくしは旅立つことに致します。
看守のラゼルという青年に所望したのはこのノートだけではございません。
命を絶つための毒も、用意するように頼みました。
【11月23日】
ラゼルが毒を調達してきてくれました。
ふふ。
どうやらラゼルはわたくしに懸想してる模様。
わたくしの色香もまだまだ捨てたものではありませんわね。
それを思うと少々残念な気もしますが、明日、この毒を煽ることに致します。
【11月24日】
最後にラゼルにお願いをしました。
私が毒を煽ったら、すぐに陛下にお知らせして欲しいと。
そして牢獄まで来て、この獄中記を読むよう伝えて欲しいと。
もしその願いがかなったのであれば、うつ伏せになっているわたくしの遺体の傍らで、陛下はこの獄中記をご覧になっていることでしょう。
うふふ。
覚悟なさい。
陛下。
いいえ、ユリウス。
あなたはあの世に旅立つことになる。
死して祟ろうという訳ではありませんわよ?
わたくしは生きておりますもの。
そしてあなたの背後にはラゼルが忍び寄っているわ。
あなたを葬るために。
死ね。
◆◆◆◆◆
アレクサンドラは立ち上がると、刃物を突き刺されて横たわっているユリウスを一瞥した。
「うまく行きましたわね。ありがとう、ラゼル」
「は、はい。王妃」
ラゼルは緊張気味に言った。
無理もない。
国王であるユリウスを手に掛けたのだ。
だが一方のアレクサンドラは悠然と笑っている。
笑顔を浮かべたまま牢獄の隅の机から羽ペンを取って戻って来ると、ユリウスに近づいてしゃがんだ。
そして床にできた血だまりにそっと羽ペンの先を浸し、獄中記にさらさらと赤い文字を書き足した。
『復讐完了』と。
その直後に、アレクサンドラがしまったという表情をした。
「あら、いけない。まだイザベラが残っていたわね」
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
楽しんで頂けましたら幸いです。
他の作品も読んで頂けましたら嬉しい限りです。
今後とも何卒よしなに。