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8. 花散らしの浮名

18歳になったラウニは今日も今日とて美しい花を摘み取ろうと、母親の小言から逃れながら家を出た。

ポケットの中には小さな財布。

中を確認すれば銀貨が6枚と銅貨が8枚。二日帰らずとも遊ぶのに十分な金額だ。

ラウニの言う美しい花とは風景を飾る花々ではない。

年頃の可憐な女性のことだ。

最近だと学校の中で学年随一と言われた下級生と交際していたが、茶色の髪とヘーゼルの瞳が地味だと思った瞬間に別れを切り出したのは一週間前。

彼女のクラスメイト達が非難めいた視線を向けてくるので、一学年下のクラスが並ぶ三階には行けなくなった。

校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下のある階なので選択科目の教室に行く通り道だったのだが、通るたびに向けられる目が鬱陶しくて一階の渡り廊下を使うしかない状況だ。

ラウニの学年は四階の教室なだけに面倒で仕方がない。

ほとぼりが冷めればまた通れるようになるだろうとクラスメイト達に背中を叩かれもしたが、思い出すだけでも面倒になったので明日の授業は仮病で休むことにして、遊びに興じることを決めたのだ。

町の小さな広場に向かい、乗り合い馬車を確認する。

運良く二つ向こうの街に向かう乗り合い馬車が、間もなく出発するところだった。

座席は木の板で布が張られていないことから尻が痛くなるが、その分お値段は安くて銅貨5枚で済む。

町の人々に挟まれて席に座り、揺れる場所から遠くを見る。

のんびりと移動するする間にどこへ行こうかと思いを馳せる。

あの辺りには以前にライラを射止めるために連れて行ったカフェがあることを思い出し、そうしてから自然と嫌な顔になった。


あの日ライラに告白して以来、精霊の庭に入れなくなったのだ。

もしかしたら精霊達がライラを気に入らなかったせいかもしれないと、初恋は君ではなかったと告白を無かったことにするも、それでも再び精霊の庭に入れるようにはならなかった。

同じ時期にルースの者が再び立ち入れるようになったと聞き、まるでラウニにだけあるはずだった権利を奪われた気がしたが、程なくしてルースはこの地から離れていった。

その理由は全く分からなかったが、先にルースの子ども達が町から出ていく数日前に父親が使者を出したことや、ライマー侯爵が親の方を呼び出そうとしたら既に引き払っていたらしいという噂は聞いている。

特段ラウニの気になるような話でもなかったが、彼らが出ていった後の精霊の庭は更に鬱蒼とした木々と茂みに囲われて、人々の立ち入りを拒んでいるかのようだった。

それから精霊の庭を管理する者は訪れないままだ。

元々クラスメイト達が言いふらしていたのもあったが、ライラが精霊の庭で告白されたことを言ったせいで、周辺の人々のみならず侯爵までもが、今やこの地にある精霊の庭に入れるのはラウニだけだと思われている。

侯爵からの依頼もあるので、時々様子を見に行くふりをしては精霊の庭は問題ないと報告し、遊ぶのに困らないだけの小遣いを貰うようになっている。

精霊の庭は周辺の地にも実りを与えてくれるもの。

その恩恵が失われることを、誰もが恐れる。

この辺りの農地は長らく豊作続きで、最近では手を抜いても質の良い作物ができると話しているくらいだ。

農地だけではない、町の家々は家屋の修繕回数が少なくなったと言い出したり、果てはご近所の音楽家が王都にまで伝わるまでの曲を作り上げたのも。全て精霊の庭のおかげだと思われている。

だから町の人々がラウニに媚びへつらうのが当たり前の中、さすがに入ることができないことがバレると非常にまずいが、誰にも気づかれることの無い嘘をつくだけで小遣い稼ぎとなり、遠くの街へ理想の女性を探しに行く軍資金となっている。

こんな美味しい状況をみすみす逃したくはなかった。


つい考え込んでいたせいだろうか、気づいた頃には目的地の街が見えてきていた。

ラトマー侯爵邸があるこの街は、侯爵領の中では一番大きいことから若い人々の集まる地となっており、そのせいかカフェやバルといった店が点在し、街の中心にある広場では大小問わずマーケットや蚤の市といったものが開かれている。

休みの日ともあれば大掛かりなイベントが催され、ラウニが小さい頃には移動動物園や奇術師のショーなどを見たものだった。

そんな子どもっぽいものからは卒業したので興味は湧かないが、小さな動物を見て喜ぶ単純な女性もいるので、何をしているのかぐらいは確認しようと足を向ける。

と、通りかかったカフェテラスで思わず足を止めた。

そこで一人座っていたのは、見かけたことのない可愛らしい少女だ。

ラウニより少し下ぐらいか。緩やかに波打つ黒髪は艶やかに存在を主張し、そのくせ蜂蜜色の瞳は目尻のラインが下がり気味で、とろけそうなほどに甘い。

値踏みする視線に気づいたのかチラリとラウニを見たものの、すぐに興味が無さそうに視線から外す。

どうやら相手が誰かもわからずにお高く留まっているようだ。

行儀作法は良いようだがワンピースを着ていることから、おそらくは裕福な平民の娘といったところだろうか。

大方親の商売についてきて暇潰しでもしているお嬢さんだと見当をつけた。

つまりはラウニが相手をするのにちょうどいい上玉だ。

最近ここら辺で遊ぶ女性を探しても、パートナーか家族を伴うことが多くて声が掛けにくくなっている。

今日は運がいいと思いながら、軽く身だしなみを整えて近づく。

「席をご一緒しても?」

声をかければ、少女は再びラウニを見たがすぐに目を逸らした。

「先約がおりますの」

その態度に苛立ちを覚えるが、愛想の良い笑顔を絶やすことはない。

周囲を見回すも、誰かが現れる様子もない。

どうやらラウニのような整った容姿を前に気後れしているのだろう。

学校で新入生が入る度に目を付けた少女に声をかけても同じ反応をすることが多く、クラスメイトが恥ずかしがっているんだよと教えてくれてからは、そういった初心なタイプにも気配りするよう心掛けている。

どうやら見かけの気の強そうな態度と裏腹に男慣れしていないに違いない。

「お約束の相手の姿がいないようだ。

良ければ、それまでの話し相手を務めよう」

けれど、了承を得ないままに席に着くラウニに対し、少女は嫌悪感を隠そうともせず席を立った。

「結構ですわ。

この席を気に入っているのでしたらお譲りしましょうか。

だから近寄らないでくださる?」

余りの態度に怒りを覚え、ドンと机を叩く。

「どこの平民か知らないが、侯爵領内でキーヴェリ男爵を知らないのか。

見た目は及第点だから声をかけてやったというのに、この地で俺の怒りを買えばどうなるだろうな」

下から睨みつけるラウニの視線を真っ向から見返す、少女の表情にあるのは怯えではなく呆れだった。

「知らないわ、そんな名ばかりの男爵家なんて。

貴方が屑だということはよくわかったけれど」

余りの物言いに視界が真っ赤に染まり、躾という言葉が頭に響く。

そうだ。女など、ちょっと暴力的なところを見たら怯えるだけの生物だ。

「平民風情が。従順に媚でも売れば、一緒に遊んでやったものを」

立ち上がり、椅子を蹴り倒す。

こういったことをすれば、どの少女も大抵は怯えて身を縮こませながら涙目になるのだが、目の前の少女は蜂蜜の瞳から涙を零すことはなく、より嫌悪の増した顔でラウニを見ているだけ。

どこまでも強情な女だと思い、見えぬところを軽く殴れば立場を理解するだろうと、握りしめたこぶしを振り上げる。

途端、

「ラウニ」

と、背後から声がかかった。

若い男の冷たい声に聞き覚えがある。

「……ラトマー侯爵令息」

ゆっくり振り返れば寄り親の嫡男が、まるで不審者に向けるような眼差しでラウニを見ていた。

だとすれば彼女は。

「貴様は私の婚約者に何をするつもりだ?」

「え、いや、ちょっと」

何も、と言わなければと思いながら、バレた時の後が怖いからそれを口にすることができない。

後ろから、あの生意気な声がいらぬことを言う。

「アルマス様、その者はこう言っておりましたわ。

まあまあ外見は耐えうるから、今日の遊び相手に選んでやる、と」

ラウニよりも体格の良い体から腕が伸ばされて、襟元を掴まれる。

片手であるにも関わらずラウニの体を引き寄せて、剣呑な光を帯びた目が近づく。

「嫁ぐ前に侯爵領のことを知りたいということから、平民の扮装をして街を見て回ろうと思っていたのだが。

ここのところ、街で品の無い男が若い女性に声をかけているという報告がきていたが、まさか貴様だったとはな」

ラウニの視界の端に黒が見え、すぐにラトマー侯爵令息の横に暴力に屈しない生意気な女が寄り添った。

ラウニの襟元から手を離さないでいる腕を宥めるように触れれば、ようやくそこで息苦しさから解放される。

「キーヴェリ男爵家には改めて抗議の手紙を送らせてもらう」

ラトマー侯爵令息の怒り混じりな言葉が吐き出され、冷めた言葉がそれに続く。

「シェーネマン伯爵家からも抗議をさせて頂きますわ」

あれ程に甘ったるそうだった蜂蜜を閉じ込めた瞳は、侮蔑に満ちた視線をラウニに向けていた。

最悪だ。

男爵家には届かない令嬢だと知っていれば手を出さなかった。

こんな格好をして騙した方が悪いのではと思いながらも、この場で一番立場の弱いラウニは口を噤むしかない。

「とりあえず今すぐ家に帰れ。目障りだ」

ラトマー侯爵令息に言われては従う他ない。

二人から目を逸らしながら背を向ける。

後で家にいるか確認するために人を寄越すという言葉を背中から浴びせられ、誰にも聞こえないように舌打ちをした。

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