1. 勿忘草
自分の誕生日に自分の好きなものを書いてセルフプレゼントしようという、ぼっち上級者の遊びを始めました。
誤字脱字は更に増えてます。
青い花を摘む。
一輪、また一輪と。
今日はレミキーと呼ばれる精霊達も機嫌がいいらしく、青い花の咲き誇る花畑の隅にいるリネアを一瞥したけれど、すぐに視線の先を美しい景色へと戻して軽やかな音色にも似た笑い声を上げる。
どうやら許されたようだった。
機嫌の悪い時のレミキー達は平気で小石をぶつけてきたり、リネアの周辺に咲く花だけ枯らしたりと嫌がらせが絶えない。
綺麗なものが好きなレミキーは、彼らのテリトリー唯一の異物であるリネアを酷く嫌っていた。
以前は美しく無邪気な精霊達に憧れや親しみといった気持ちを持っていたが、ここで過ごすようになってからは近寄りがたい存在に怯えの感情しか抱けない。
忘れな草が一面に咲いており、リネアが摘んだ先から新しい芽が地面から顔を出し、瞬く間に成長を遂げて開花する。
本来は異常な光景を気にすることなく、新たな一輪を摘む。
花を渡す相手を待ち続けながら、そっと手折る作業。
少ししたところで誰かの話し声が聞こえ始め、咄嗟にリネアは背の高い茂みの裏に隠れた。
ここには限られた人しか来ることができない。
花を捧げてくれたはずの彼は、長らく話をしていなければ姿も見せてくれなかった。
身を潜めて近づく声の方向へと視線を向ければ、青年になりきらない少年と、彼とそう年の変わらない様子の可愛らしい少女が姿を見せる。
少女は忘れな草で埋め尽くされた景色を見て、感極まったように歓声を上げた。
「ここって精霊の庭でしょう?
ラウニが入れるなんて知らなかったわ!」
興奮気味の声が周囲に響くと同時にレミキー達が姿を消していく。
精霊達は華やかなことも賑やかなことも好きではあるが、騒々しい声は好きではない。
ましてや物語の主人公のように現れた人間など好まない。
この精霊の庭に相応しいのは人間ではないのだから。
リネアにするような嫌がらせがないのは、二人の外見がレミキーのお眼鏡に適ったからだろう。
「どうして今まで連れてきてくれなかったの?
精霊の庭なんて普通の人は入れないから自慢できるのに」
不満そうに唇を尖らせてラウニと呼んだ少年を見上げる少女は腕を絡め、彼らが親密な関係なのは一目瞭然だ。
その光景にリネアの摘んだ花が音も無く落ちていく。
「精霊たちの為の庭なのに、なぜか浮浪者の娘が入り込んでいたんだ。
薄気味悪いから追い払ったけど」
ラウニの言葉に、少女が首を傾げる。
「でも、精霊の庭って管理をする人がいるんでしょう?
確か、ルースって家だっけ。
いくら綺麗な人達だからって仕事を怠けるのは良くないと思うのだけど」
「理由はわからないけど、三年前から入れなくなったんだってさ。
それじゃあ仕事にならないのに、なぜかここから立ち退かないんだ。
父上も侯爵様も人の入れ替えを望んでいるのに、国の管理機関が頑なに認めなくて」
久しぶりに聞く家の名前にはっと顔を上げるも、続くラウニの言葉に胸が痛くなり俯いてしまう。
リネアがここにいるせいで家族までもが悪く言われているのが苦しい。
「でも俺だけは入れるから、時々様子を見に来ていたけど。
本当はライラをもっと早くに連れてきたかったけど、勝手に忍び込んだ汚らしい娘がライラの可愛さに嫉妬して、何かしたらいけないからと思って。
けど姿を見なくなったから精霊達に追い出されたと思う」
頭を搔きながら弁解するラウニに、ライラという名の少女が目を丸くさせた後に笑顔になったかと思えば、勢いよくラウニに抱き着いた。
「ラウニ、すごく嬉しい!」
その瞬間に耳まで赤くしたラウニが少女を抱きとめようとした腕を所在なく宙に漂わせてから、ライラの肩に手を置いて押し留める。
どことなく真面目な表情に、ライラも少し緊張した表情で体を離した。
ラウニが足元に咲く忘れな草を一輪摘む。
この行為すらも見目がよい二人であれば、機嫌が悪くなろうとこの場所の主であるレミキーから咎められることもないのだ。
リネアの体が揺れるのは、体力と精神に限界がきている兆しだ。
ただただ息を呑んで、二人を見守ることしかできない。
「ライラ、君に俺の初恋を捧げるよ。
どうか精霊の庭に咲く、この花を受け取ってほしい」
リネアのぼやける視界は涙のせい。
頬を伝い落ちる涙は外気に触れ、急速に熱を失っていく。
まるで幼い頃の初恋のように。
もう涙なんて枯れ果てたと思っていた。
その涙が終わりを迎えたことの悲しみか安堵かわからぬまま、過去に見たいくつもの景色を脳裏に浮かべながらリネアの意識は暗闇へと引きずり込まれていった。