9話 暖かい時間
榊原と飲んだ帰り、タクシーに乗ったまま、ひなたさんに何も伝えてないことを思い出した。そもそも連絡先知らなかったから、メッセージすら送れなかった。もう寝ているかもしれない。弁当は明日返そう。
そんなことを考え、アパートの前につく。すると、2回に登る階段の前でうずくまっている人影を見つけた。不思議に思って近づいたら、見慣れた人であることに気がつく
「ひなたさん?」
「あ、良かった帰ってきた!」
顔を上げたひなたさんは、ほっと安心したように笑った。
「どうしたのこんな所で!風邪ひくよ」
「こっちの台詞です、心配しました」
「え?」
「いつもなら帰って来る時間に帰らないし、終電の時間まで帰らないし……」
「あぁ、そうだよね、ごめん」
「許しません……」
顔を逸らして拗ねるように見せるひなたさんの姿は、とても愛おしくて
「本当にありがとう」
「……っ」
お礼を言ったら、顔を少し赤くして
「もう許します!ご飯置いてあるので食べてください!」
「はーい」
少しずつ、ひなたさんの距離が近づくのを感じる。それは心地よくて、暖かい。いつまでも浸っていたいこの気持ちを、もう少しだけ、温めておこうと思った。
「あ、そう言えばさ、今日みたいな日がないように、連絡先交換しとこうよ」
作り置きしてくれていたゴーヤチャンプルーを食べながら、なんでもないように、できるだけ装って提案した。
「そうですよね、私も賛成です」
「じゃあ俺やり方わからないから、よろしく」
ホーム画面にしておいたスマホをひなたさんに渡す
「了解です、……ってなんですかこれー」
あははと笑いながら俺のメッセージアプリのトップ画を見て笑う。
「『お祭り男』……って、ダメでしょ、これ」
「違う、それは剛……同僚に無理やり」
「なるほど」
よほどツボに入ったのか、少しの間くすくす笑い続けて、
「はい、終わりましたよ」
「ありがとう」
返されたスマホの画面を見ると、ひなたと名前の着いたアカウントが友達に追加されていた。
「これ同級生とのツーショット?」
「そうです!友達の子です」
「へぇ、友達かぁ……」
「今度紹介しますね!」
「あはは、なんて紹介するの」
「お隣さん?かな?」
気がついたら朝のようなぎこちなさは消え去っていて、残るのは暖かい日常だった。
「うわ、もうこんな時間、そろそろ帰るね」
「そうですか……」
何かを考え込む顔をしながら、動きを止める。その姿は観覧車で見た時に似ていて……
「……今日泊まっていきませんか?」