一章/5話『滅茶苦茶』
ルゼとどんな関係――恋人以下、友人以下、良くて飼い犬以上と言ったところだろう。が、そのまま伝えるのは憚られた為、
「え~と、まぁ、複雑な関係……?」
若干何かありますよ風に、想像の余地をもたせた回答をするが、
「奴隷とかだろ」
そんな余地の一切合切は、ジークに両断された。
「奴隷……?ルゼさんってそんな感じだっけ?」
その反応からして、シャナの前ではあくまでも優しく、可憐な少女を貫いていたのだろうと伺える。
「まぁいいや、知り合いってんならルゼさんによろしく頼むわ」
「それは了解ですけど、逆にシャナさんはルゼさんとどんな関係なんです?」
「――師匠、かな?私がちっこい頃魔法教わってさ」
魔法。クヌギはルゼが使う場面を数度見て、恐らく魔法なんだろう。と、考えていたが、人の口からその存在をハッキリと聞くのは初めてだ。
それに、人の師匠たりうるというのだから、ルゼもそれなりにすごい人なのだろう。
「ルゼさんに教わったら、使えるようになりますかね~」
クヌギは期待を込めて、というより冗談的なニュアンスで言ったつもりだったが、
「そりゃそうだろ」
シャナは意外な答えを口にした。
「え??まじすか??」
超食い気味に顔を寄せるクヌギに驚きつつも、依然として肯定するシャナ。
「具体的にどんな事ができるの?」「習得にかかる時間は?」浮かぶ数多の質問に、どれから聞いたものかとクヌギが頭を悩ませていると、
「おい、ボサッとしてねえでとっとと仕事にもどれ」
ジークにどやされて我に返る。
クヌギが横を見ると、既にシエナの姿は無く、二階から物の片付けをしていると思しき音が鳴っていた。出遅れた、と焦燥感に駆られてクヌギも大急ぎで追いかける。
階段を駆け上がり、音のする部屋に入ると、シエナが部屋中に散乱した衣服を籠にかき集めていた。
「――すいません、後やっときますから」
クヌギも自分の仕事を増やすのは嫌だったが、いい格好をしたいがために、シエナから籠を受け取ろうとする。
「大丈夫です、クヌギさんは他の場所を頼みますね」
シエナはクヌギの手を優しく拒否して、衣服の収集を続行する
「いや、そもそもそれシエナさんの仕事じゃ……」
騎士団の制服らしきものを着るシエナは、恐らく正式な団員。
そのためクヌギのいい格好云々以前に、そんな事をする必要は端から無いはずだ。
「今日は半日クヌギさんが働いてくださったおかげで、十分休めました。
それに、元は全部私がやっていた事ですから」
「全部?!いや、シエナさん以外にも誰か居るでしょう?」
半日しか働いていないクヌギですら体力が底を尽きそうだというのに、それを全部一人でやり続けるなど正気の沙汰ではない。
「ここに居るのは私とシャナ、ジークの三人だけですよ」
「それ、騎士「団」って言います……?」
「ええ、騎士団ではありますよ。ただ、まぁ――適材適所といいますか」
ははっと苦笑い。言葉の意味を問おうとするクヌギを、シエナは両手で叩きながら部屋の外へ急かす。勢い負けして部屋の外に出てしまったクヌギは、再び業務へと戻った。
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クヌギ達はようやく騎士団に蔓延る尋常でない量の仕事を終え、時刻は深夜。
ジークとシャナは騎士らしく見回りに出かけており、建物内にはクヌギとシエナの二人きり。
「かなり遅くなってしまいましたね……お疲れ様です、クヌギさん」
ここまで遅くなったのは言うまでもなく、シエナに足枷さんが付いていたせいなのだが……
シエナはそんな事、微塵も気にする様子は無かった。
それどころか、一階のソファで溶けていたクヌギに、
「お水、飲みますか?」
優しく水を差し出す。
クヌギが申し訳無さそうにつ水を受け取って姿勢を整えると、シエナも向かいのソファに、衣服を崩さぬよう丁寧に座った。
「もうかなり遅いですけど、帰らなくて良いんですか?」
帰る……と言っても、クヌギにはそもそも、
「――帰る場所ないっすからね~」
水を飲みながら発せられたクヌギの何気ない一言に、シエナが驚愕の表情を浮かべる。あまりに心配そうにするもので、心配されている側のクヌギが耐えかね、今日に至るまでの大まかな道筋を話した。
しかし、異世界から来ましたとカミングアウトした場合、今度はクヌギの頭が心配されかねないので、ぼかしつつだが。
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クヌギが語り終え、シエナは開口一番、
「――その話、滅茶苦茶じゃないですか?」
シエナは話を聞く途中、何度か物言いたげな顔をしており、それにクヌギも気付いてはいた。しかし流石に「滅茶苦茶」と言われたのはは予想外。
呆気にとられていると、シエナは続ける。
「おかしな所は沢山ありますけど……まず第一に、ここ最近で路上が凍るような寒波は一度も来ていませんよ?」
「いや、そんな訳無いでしょ!?」
と、自身の見た光景から大きくハズレた言葉に、クヌギは咄嗟で否定してしまった。が、一度冷静になると、確かな違和感に気付く。
――あの日の恐ろしい寒さをに対して、それ以降が暖かすぎる。
クヌギが今日、ルゼと共に歩いて来た時も、少し前に買い出しに出ていた時も。暑いという程ではないにしろ、軽装の者がいる程度には過ごしやすい気温だった。
「本当の話です。それに、不思議なのはそこだけじゃありません」
もう十分頭の中が不思議でいっぱいのクヌギに、追い打ちは続く。
「ルゼさんが一度、人手……主に雑用係は要らないかと訪ねてき来た事があったんです。それも――二週間以上前に」
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