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第9話 聖女の不安

『聖女の後見』たちを追い払ったあと、ナギサたちは聖女のために用意された天幕へと向かった。


「俺はもう帰っても?」

「ダメよ、ついてきて」

「……かしこまりました」


 行く気はなかったナギサだが強制連行されてしまう。


 聖女の天幕は上位聖職者しか立ち入ることのできないお上品な一角にあるのだが、今は戦闘直後の混乱もあってほとんど素通りだった。


 しかし聖女の天幕そのものはそうはいかない。

 天幕の入口には兵士が二人、しっかり警備についていた。


 彼らはアルテリアに気づくとそろって敬礼をする。


「これは聖女様、お疲れ様です」

「教皇様もびっくりの大変な戦果を挙げられたと聞きましたが」


「ええ。だけどそれは皆の助けがあってのことよ。ここを守ってくれるあなたたちの力もね」


「もったいないお言葉です……ん?」


 話の途中でアルテリアの背後にいる人影に気づいて、兵士は眉を寄せる。


「そこのお前、魔法使だな?」

「ここは聖女様の天幕だぞ。薄汚い黒ローブがこれ以上近寄るんじゃない」


 兵士たちは警告しつつも槍を構えて警戒態勢を取る。

 しかし、アルテリアがそれをたしなめる。


「この人のことなら大丈夫よ、気にしないで」


「はっ、ですが……」

「聖女様のお連れなのですか? しかし魔法使の、それも男を天幕に通すわけには――」


 アルテリアは数秒ほど無言でじっと兵士たちと目を合わせた。

 そして、幼子に言い聞かせるようにゆっくりと語りかける。


「あなたたちは、何も、気にしなくて、いいのよ」


 兵士たちは大人しくなった。

 虚ろな表情でのろのろとうなずく。


「う……、はい……」

「あ……、かしこまり、ました……」


 それきり反応がなくなった兵士たちのあいだを通り抜けていく。


「ほら、ナギサも早く、他の人に見つかる前に」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



『秘密を欲する私をお許しください。

 つつましき沈黙こそが私の知恵なればこそ』


 天幕に入ると、アルテリアは防音の聖術を詠唱した。

 これで外に音は聞こえなくなる。


「吸血鬼になっても聖術は使えるのね」


 自嘲気味にそうつぶやいて、アルテリアはベッドの端に腰かけた。

 そして深々とため息をつく。


「はぁ~……」


 表情はどんよりと曇り、『浄化の聖女』の象徴である美しい銀髪もこころなしかくすんで見える。


 落ち込んでいる理由には察しがつくので、ナギサはさっさと切り込んだ。


「魔眼を使いましたね」


 魔眼。吸血鬼の異能のひとつである。

 視線を介して魔法を発動させることができる。


 よくあるのは相手の精神に干渉する魔法だ。

 さきほどアルテリアが使ったのは暗示だろう。

 発した言葉を受け入れやすくなる。


「吸血鬼になったことがバレたかもしれないわ」


 アルテリアはうつむいたまま、ぽつりとつぶやく。


「大丈夫ですよ。視線を介した精神干渉といっても、あのくらいの浅さなら効果は一時的ですし、かけられた者は前後の記憶があいまいになりますから」


「そうなの? だったら少し安心できるけど……、でも、はぁ……」


「まだ何かあるんですか?」


「魔法を使って無理やり言うことを聞かせるなんて……、聖女のイメージとは真逆の、とても邪悪な行いだわ……」


 背中を丸めてしょんぼりと俯いてしまうアルテリア。


「そんなこと気にしてたのか……」


 真祖ヴールーをいたぶっていたときの、喜悦に満ちた表情を思い返す。ナギサにとってはあの時点で聖女のイメージなど粉々になっていた。


「それにしちゃずいぶん自然でしたがね」


「自然……、そうね、確かにさっきは、魔眼を使えることを疑いもしなかった。今までわたし、魔眼どころか精神に影響を及ぼすような小ざかし――じゃなくて繊細な聖術なんて使ったこともなかったのに」


「確かに、魔眼を使うことへのためらいが見えなかった」


「……そうね。初めて使う能力なのに、こうすればいいんだって使い方がわかったの。身体が覚えている、みたいな感覚よ。歩くときに、膝を曲げて右足を前に出して、みたいに動かし方をいちいち考えたりしないでしょ。それと同じよ」


「真祖の血――呪いの力の賜物ですね」


「嬉しくないわ」


 アルテリアは苦い顔をする。


「それに、技術的なことだけじゃない。聖女サマは精神的な意味でも魔眼を使いこなしていた」


「どういう意味?」


「精神干渉ってのは思考の押し付けです。相手が自分の言うことを聞くのは当然だという強い我心が魔法の威力を高める」


「わたしはそんなこと――」


「実際、吸血鬼が魔眼を使うときはそういう心持ちでいますよ。連中には魔法で他者を従わせることにためらいがない」


 聖女サマも同じですね、という言外の指摘である。

 アルテリアはそれに気づいて、ムスッと頬をふくらませた。


「……もしかして怒ってる? 無理やり従者にしたこと」


「怒っちゃあいませんが、戸惑ってはいますね」


 ナギサは頭の後ろをかいた。

 そして言葉を選びつつ説明をする。


「俺を指名したのは、秘密を知った俺を目の届くところに置いておきたかったからですよね?


 それだったら心配ご無用。本当のことを言ったところで、聖教会が魔法使の言葉に耳を貸すことはありません。あなたもよくご存知でしょう。


 逆に聖女サマを吸血鬼扱いするとは何事か、って俺の方が罪に問われます。


 というわけで、俺の口から秘密が漏れることはありませんので」


 自分を従者にして監視する必要はない。

 ナギサはその理由を語ってみせた。


「……ってるわよ、それくらい」


 アルテリアはうつむいた姿勢のまま、ボソリと何かつぶやいた。。


「え? なんですって?」


「あなたを見張るためとか、そんな理由で従者にしたかったわけじゃない」


「じゃあ、どうして」


「――不安だったの!」


アルテリアは顔を上げて叫んだ。

興奮しているのか頬は紅潮し、瞳も赤く染まっている。


「いきなり血が欲しくなったり、魔眼が使えるようになったりして……、わたしの身体この先どうなっちゃうんだろうって、考えるだけで心配で不安で、でも聖教会にこんなことは相談できない。


 その点、あなたは事情を知ってるし、自分で言ってたとおり秘密をバラすおそれもない。それに吸血鬼のことにも詳しいみたいだったから。


 ……あなたが従者になってくれたら安心できるって、そう思ったのよ」


 ひととおり思っていたことを吐き出すと、遅れて羞恥がやってきたのか、アルテリアは赤い顔のままうつむいてしまう。


 しかしアルテリアの目的はわかった。


 口止めや監視ではなく。

 不安を共有してくれる相手を求めていたとは。


 そういう理由であれば、ナギサの身の安全は聖女が保障してくれるだろう。

 だがそれだけでは足りない。


 ただでさえ聖女の従者という立場はやっかみが多い。

 それを務めるのが魔法使ともなれば、風当たりは相当に強くなるだろう。


 聖女が本当に信用に足る人物かどうか、確かめる必要がある。

 そのためにこれを明かすのは、けっこう危ない橋だが……、


「俺を従者にする理由に、吸血鬼に詳しいからってのがありましたが」


「……ええ」


「それは、俺に吸血鬼の知り合いがいたからなんですよ」


 この話を聞いて、どういう反応をするのか。

 それによってアルテリアという人間を見定める。

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