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第7話 吸血聖女

「なんだか喉が渇いてしまって」


 聖女は座り込んだままでナギサを見上げている。

 熱っぽく、からみつくような視線。

 頬は上気していて、口は半開きで呼吸も荒い。


 まるでおあずけされた犬のようだ。

 そんなことを考えるのと同じタイミングで聖女が飛びかかってきた。


 訳のわからぬまま視界が回る。

 そして気づけば仰向けになっていた。

 馬乗りになった聖女に見下されている。


 碧眼へきがんだった聖女の瞳が、今は燃えるような紅に輝いている。


「血を吸えば、この渇きもうるおうと思うの」


 聖女は乾きを癒すために血を要求してくる。

 ナギサは即座にある可能性を思い浮かべた。


「まさか、ヴールーの呪いを……?」


 吸血鬼は血を吸うが、逆に血を与えることもある。

 力のある吸血鬼は、血の呪いを伝染させることで眷属を増やすのだ。

 

 もっとも、並の人間では呪いの力に身体が耐えられない。

 転化にまで至れる者はごくわずかだという。


 それは裏を返せば、強い者ほど吸血鬼の素質があるということ。

 真祖を圧倒した『浄化の聖女』ならば、その素質は十分と言えるだろう。

 

 聖女の指がナギサの肩にきつく食い込む。

 強化術もなしに出せる力ではない。


「ねえ、お願いよ。もう我慢できない」


 聖女は熱に浮かされたように求めを繰り返す。

 その間にも、返事を待たずに半開きの唇が近づいてくる。


 このままでは首筋に噛みつかれ、血を吸われてしまうだろう。

 ナギサは即座に決断した。


「わかりました。俺の血でよければ」


「ああ……っ」


 ナギサがうなずうと、聖女はうっとりした表情を浮かべた。

 許可を出そうが出すまいが、どのみち吸血衝動には抗えない。

 しかし、相手の許しを得たことで気は楽になったようだった。


「ただし」


 ナギサは肩をよじると同時に聖女を抱き寄せつつ、身体をひねって横に回転する。


「――えっ?」


 くるり、と二人の位置が入れ替わる。

 今度はナギサが聖女を見下ろす格好になった。


「傷口から直接吸うのは駄目です。成りたての吸血鬼は自制が利かず、衝動のままに血を吸い尽くしてしまうことがあるので」


 ナギサは手の甲を噛んで傷をつけ、そこから血を滲ませる。

 聖女がすんっ、と鼻を鳴らした。

 わずかな血臭を嗅ぎつけたのか、期待に目を輝かせている。

 本当に犬のようだと思いつつ、人差し指を伸ばして血を伝わせた。


「指先から垂らします。すぐには飲み込まず、しばらく口に含んだままでいるように」


 ナギサは言い聞かせるようにゆっくりと語りかける。


「えっ、ええ、わかったわ」


 対する聖女は一刻も早く血が欲しいのだろう。

 こくこくと何度もうなずいて、仰向けのまま顔を上げた。

 そして、口を開いて舌を伸ばす。


 ――ぽたり、と聖女に舌にナギサの血が落ちた。


「んっ、あ……、はぁ……」


 聖女はすぐに口を閉じて血を飲み込もうとする。

 まるで話を聞いていない。


「待て! 飲み込むなと言っただろう!」


 が、ナギサに大声で止められて硬直する。


「口に含んだままで、そう、舌の上で味わうように」


 聖女は口をぽっかり開けたまま、こくこくとうなずく。


 そうしているうちにしっかり血を取り込むことができたらしい。

 聖女の頬が赤くなり、酔っ払ったようにとろん(・・・)とゆるむ。

 とてもだらしのない表情だった。


「よし、もう飲み込んでも大丈夫」


 許しを得た聖女が、喉を鳴らして血を飲み込んだ。

 首筋の白い肌がなまめかしく上下する。


「……はぁ」


 そして熱っぽい吐息をひとつ。

 聖女の目には理性が戻っているようだ。


 それを確かめたナギサは身体を起こして聖女から離れる。


 初めての吸血はどうにか無事に終えたようだ。

 しかし聖女は物足りないのか、ナギサをじっと見つめてくる。


「どうしましたか?」


「えっと、その……、もうちょっと欲しいなって」


「駄目ですよ」


 おねだりをすっぱり拒否する。


「吸血衝動は血を取り込んだという事実によって収まります。量の問題じゃないから、もう渇きはなくなったはず。これ以上は暴食ってもんです」


「んなっ!? ……い、言ってくれるわね」


 おかわり(・・・・)はないと遠回しに告げると、聖女の頬がさらに赤くなる。

 

「……でも確かに、治まったみたい。……ありがとう」


 が、衝動が落ち着いたことは認めたのか、ぽつりと礼をつぶやいた。


 一件落着、と言っていいのだろうか。

 

 聖女が吸血鬼に転化したことは、深く考えないことにしておく。

 あまりにも貴重な情報ではあるが、その扱いはナギサの手に余る。


「立てますか?」

「ええ、ありがとう」


 ナギサが差し出した手を聖女が取った。

 しかし聖女は手を掴んだまま、なかなか立ち上がらない。


「……聖女様?」


「あなたはこれからどうするつもり?」


「ひとまずここから離れますかね。一緒にいるところを他の連中に見られちゃまずいでしょう、お互いに」

「確かにそうね」


 聖女は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべると、


「――でも、ごめんなさい。()()()()()()()()()


 そう言って結界を解いてしまった。


「な? ちょ、まだ早いって――」


 ナギサは大いに焦った。


 結界が消えるということは、結界の外で待機していた者たちが踏み込んでくるということだ。彼らに聖女と一緒にいるところを見られては面倒なことになる。


 ナギサはそうなる前にこの場から離れるつもりだった。

 が、吸血鬼の力で手首をがっちり握られていて、逃れることができない。


 してやられたのだと気づいたときにはすでに遅く。


「――おお、聖女様! ご無事ですか!?」


「ん? その隣にいるのは何者か!? 怪しい風体だな、名を名乗れ!」

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