第4話 真祖襲来
「この魔力は――!?」
ナギサに少し遅れて聖女も気づいたのか、息を呑んで身構える。
静かな出現だった。
森の木々より更に上、満月を背負って空に浮いているのは、少なくとも外見上は幼い少女だった。
「はじめましてじゃな、浄化の聖女よ」
金糸のごとく輝く髪。
赫々と光る瞳。
病的なまでに白い肌が闇夜を切り取り、
逆に纏う衣は闇夜と同化したような漆黒のドレス。
「妾はヴールー。ヴールー・ブルーブラッド」
吸血鬼は誇るように名乗りを上げた。
にぃっ、と口元から鋭い牙をのぞかせる。
ヴールー・ブルーブラッド。
聖教会のブラックリストにも名を連ねる危険な魔族だ。
数多の吸血鬼を生み出してきた、いわゆる真祖と呼ばれる存在である。
あくまで自称のため、その真偽は不明。
しかし、目の前の少女が強大な魔力を持ち、たただならぬ威圧感を放っているのは事実だ。
「真祖自らのお出ましなんて、ずいぶんと落ち着きがないのね」
「くくっ、声が震えておるぞ小娘よ、口ゲンカは苦手か?」
聖女の挑発を一笑に付しつつ。
ヴールーは淑女が礼をするようにスカートのすそをつまみ上げた。
すると、スカートの内側から小さな黒い塊が落ち出てくる。
1つや2つではない。
数え切れないほどの黒い塊は、落下の途中でばさりと羽を広げた。
それは一見するとコウモリのよう。
悪魔のような羽を持ち、黒い表皮で闇夜に紛れ、血を吸うための牙を持つ。
吸血鬼の眷属として一般的なそれが、ヴールーの周囲で羽ばたいている。
しかし真祖が呼び出したものが、ただのコウモリであろうはずもない。
「来る……!」
引き絞った弓矢を向けられているような緊張感のなか。
ナギサは聖女に警戒を促す。
聖女はもちろん臨戦態勢。
即座に結界の聖術を発動させた。
『主なる神の家をここに』
詠唱とともに眩い光の壁が出現すると、
「――な?」
ナギサは困惑の声を上げた。
その結界は吸血鬼を圧殺したのと同じもの。
しかし、ひとつ明確に違う点があった。
先の結界は吸血鬼だけを閉じ込めていた。
だがこの結界では聖女も中に残っている。
「ここはわたしが引き受けるから、逃げるよう皆に伝えて」
光の向こうで聖女が微笑む。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヴールーが様子見で放った数体のコウモリが、光の壁にぶつかり消し飛んだ。
「ふむ……」
ヴールーは腕組みをしつつ、光壁の前に立つ聖女を見下ろした。光壁は正面だけではなく全周囲、聖女とヴールーの二人を取り囲んで立方体を形成している。
「味方を庇ってひとりで妾と対峙するか。聖女の献身というやつかの」
「真祖と戦ってる最中に、よそに気を回す余裕はないから」
「くっくっく、なるほどなるほど、足手まといを切り捨てたか」
ヴールーの口元がつり上がる。
「――が、大丈夫かの? ずいぶんとくたびれておるようじゃが」
からかうような吸血鬼の言葉に、聖女は息を呑んだ。
たしかに聖女は疲弊している。
彼女が倒した吸血鬼は、先ほどナギサと戦っていた個体だけではない。
夜襲をかけてきた4体の吸血鬼、そのすべてを討滅していた。
加えて、味方の被害を少なくするために速度を優先、力押しで片付けたせいで、聖力の消耗も激しい。
どうやらそれはヴールーの狙いどおりだったらしい。
敵の思惑を理解して、聖女の口元が歪む。
「卑怯な手を……、居城から出て夜襲をかけることといい、吸血鬼のプライドはないの?」
「もちろんある。が、そなたと真正面からやり合うのはリスクが大きいと判断してな、こうして小細工を弄したのじゃ。ゆえにプライドも傷ついておる」
その言葉に嘘はないのだろう。
見下すようなヴールーの薄ら笑いが、一瞬だけ鋭く引き締められた。
しかし次の瞬間には再び嘲笑を浮かべる。
「さて、妾に力を認められて、お主のプライドは満足したか? ならば満足して血を吸われるがええ。味が良ければ飼ってやってもよいぞ。乳牛のように、首に鈴を掛けてやろう」
ヴールーは真っ赤な唇を舌で湿らせると、口元をつり上げて白い牙を見せる。
聖女は返事のかわりに聖術を詠唱した。
『我が求むるは断罪の光剣』
その周囲に光り輝く剣が現れる。
『神よ、万軍の主よ、
あなたが敵に災いを下す3つの御業
すなわち剣、飢饉、疫病
そのうち1つを貸し与えたまえ』
光剣は次々に増えていき、詠唱を終える頃には数十本が聖女を取り巻いていた。
聖力を収束させた刃は、影のコウモリなどたやすく切り裂く威力を持つ。
しかし問題は数の差である。
聖女が操る数十本の光剣に対して、ヴールーが使役するコウモリは万を超える。月夜を曇らせ、結界内を埋め尽くさんばかりの圧倒的な物量である。
「では始めるとするか」
ヴールーが合図すると、コウモリの群れは瀑布のごとく聖女へと降り掛かった。