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第3話 浄化の聖女

 静かながらも芯の通った女性の声が響いた。


『――主なる神の家をここに』


 目の前に現れた光の壁が、吸血鬼とナギサを隔てる。


『数多の備えを持ち寄って

 数多の人の手によって

 神の聖所を建てさせ給え』


 続く詠唱によって光の壁が増築していく。

 それはあたかも敵を閉じ込める檻のように。


『数多の怨嗟の埋もれし大地に

 数多の祈りを捧げて鎮め

 四方に楽土を広め給え』


 詠唱が終わり、術が完成する。

 各辺が十数メートルの光り輝く結界が、吸血鬼を封じていた。


「ふん……、これほどの規模の結界術、並の術者ではないな」


 閉じ込められた吸血鬼は、結界の出来を確かめるように周囲を見回す。

 そしておもむろに腕を突き出した。


「だが、これならどうかな」


 複数の黒蛇が絡み合う。

 一本、二本、三本、四本――都合五本の黒蛇が一つに集束。

 そして破城槌の如き一撃が放たれる。


 その猛威にナギサは思わず身構えた。

 吸血鬼の魔法は圧倒的だ。

 相対する聖女の光壁は、紙のように薄く、頼りなく見える。


 しかし――槌と紙のぶつかり合いで、弾け飛んだのは槌の方であった。

 光の結界は揺らぐどころか傷ひとつ付いていない。


「……バカな、無傷だと?」


 結界の健在ぶりに、吸血鬼は目を見開く。自信を持って放った魔法だったのだろう。それが通用しなかったことでわずかな動揺をみせたものの、すぐに表情を取りつくろってみせる。


「ちっ……、貴様が術者か」


 問いかけはナギサの隣へ。

 そこには一人の女性が立っていた。


 その身の清らかなるを示す純白の修道服。

 陽光を受けて輝く雪原のような銀髪。

 闇夜にあって光を放つかのようなその女性は――


「『浄化の聖女』だな」


「吸血鬼にまでその呼び名が知られているなんて、少し気恥ずかしいわね」


 浄化の聖女と呼ばれた女性は、煩わしそうにため息をつく。

 その態度はあまりに平然としていた。


 上位魔族である吸血鬼じぶんと相対しているとは思えない、余裕のある振る舞い。

 それが吸血鬼の勘にさわったらしい。


「貴様……、先ほどの魔法を防いだ程度で、ずいぶん調子に乗っているようだな」


「いいえ、調子はあまり良くないわ。ちょっと疲れているくらいよ」


 聖女は首をかしげてみせる。


「そちらこそ調子が悪いのではなくて? 夜の支配者を名乗るには、いささか力不足に感じるわ」


 対する吸血鬼は苛立ちに顔をゆがめる。

 聖女の力を前にして焦っているのだろう。

 今までの気取った態度があっさり崩れていた。


「減らず口を叩くな! 人間ごときが!」


 その叫びに呼応して、吸血鬼の足元から大量の黒蛇が湧き上がる。

 無数の黒蛇が絡み合い、黒い大樹のごとく天をく。

 上位魔族たる吸血鬼の全力に、結界が軋みを上げた。


 しかし聖女は動じない。


「たしかに、言葉はいらないわね」


 相変わらず淡々とつぶやくと、両手を組み合わせて祈りを捧げる。

 ただそれだけ。

 たったそれだけの仕草で、結界の軋みが止まった。

 漆黒の大樹は光壁に触れると、灰のようにほどけて消えていく。


 続いて、徐々に結界が縮んでいく。

 弱まっているのではない。

 圧縮しているのだ。

 その中身ごと。


「――ちいっ!?」


 吸血鬼は迫りくる光壁を押し止めようと両腕を広げた。

 光壁に触れた手の平から煙が上がり、痛みを感じたのか歯を食いしばる。

 しかし止まらない。

 ジリジリと圧迫され、光壁を押さえていた両腕が押し込まれていく。


 それは異様な光景だった。


 吸血鬼という種は人間よりもはるかに強靭だ。

 膂力は人のそれを圧倒し、魔力にしても比較にならないほどの差がある。


 しかも今は夜。

 吸血鬼のフィールドだ。

 人間が勝てる要素などない。

 

 ――だというのに、聖女の術に対して吸血鬼が一方的に押し負けている。


「ぐっ、ガ、貴様ッ――!」


「祈りのときは静粛にするものよ」


 聖女が合わせる手に力を込めると、吸血鬼を囲む光壁はさらに縮小した。

 すでに限界だった吸血鬼に、もはや抗う力はなく。

 羽虫のように押し潰されて、後にはチリも残らない。


 そうして吸血鬼は断末魔すら上げられずに消滅した。


 灰となって消え去るのは、吸血鬼の当然の末路である。それでも、人の形をしたものが一方的に圧殺されるさまを目の当たりにすると、複雑な思いがあった。


 もちろんそんな感情は表に出さず、ナギサは聖女に礼を言う。


「ありがとうございます、聖女様。命を拾いました」


「いえ……、わたしの力が及ばず、多くの犠牲が出てしまった」


 うなだれる聖女は、それでも健気に顔を上げる。


「……あなたこそ、よくぞ生き残ってくれたわ。腕が立つのね」


「逃げ回っていただけです」


「逃げるというのは、今この戦いの場にいないことよ。あなたはきちんと吸血鬼に立ち向かっていたわ」


 それは遠回しではあるが、真っ先に逃げ出した神官や騎士たちへの批判だった。

 聖女の意外な発言に、ナギサはつい、まじまじとその横顔を見つめてしまう。

 その反応で自分の言葉の危うさに気づいたのか、聖女はごまかすように咳払いをひとつ。


「……まずは亡くなられた皆様に鎮魂ちんこんの祈りを捧げましょう」


「はい――」


 ナギサは同意のうなずきを返そうとして、


「――いや、まだだ!」


 顔を跳ね上げ、宿営地の外へと目を向けた。


 満月の夜とはいえ、周囲は深い森になっており見通しは悪い。それでもナギサはただならぬ気配が接近してくるのを感じ取っていた。


 魔力の塊。

 それも、先に襲撃してきた吸血鬼のすべてを合わせたよりもなお莫大な。


「この魔力は――!?」


 やや遅れて聖女も気づいたのか、息を呑んで身構える。

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