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第2話 魔法使クロス・ナギサ

「あーあー、なんてザマだ」


 ナギサは戦場を見回し、投げやりにつぶやく。

 月夜の穏やかさとは対照的に、地上は混乱のただ中にあった。


「てっ、敵襲、敵襲ー!」

「なっ、なんだ!? 何が起こった!?」

「助けてくれよ神官様、腕が、オレの腕がぁ……!」


 誰も彼もが逃げ惑っている。

 みっともなくわめき声を上げ、我先にと他人を押しのけ、倒れた者を踏みつけにして。


 遠くからも悲鳴じみた叫びが聞こえてくる。

 どうやら複数の方向からの奇襲らしい。


「くそっ、楽勝って話じゃなかったのかよ!?」


 すれ違った兵士が吐き捨てるように言う。

 確かに、とナギサも内心でうなずく。


 出陣の前、豪華に着飾ったお偉いさんも言っていた。

 勝利は約束されている、とかなんとか。


 そんな虚言を真に受けるやつがあるか。




 ――複数の上位魔族が発見されたとの報せを受けて、討伐隊が編成された。


 信仰の旗のもとに兵士が集い、それを束ねるのは精強なる聖堂騎士たち。

 敬虔けいけんなる神官たちの聖術が味方には加護を、敵対者には神罰を与える。


 さらには神威の代行者たる『聖女』まで加えた、必勝の陣容であった。


 どんな魔族が相手であろうと遅れを取ることはない。

 誰もが勝利を確信していた。


 ところが、である。


 意気揚々と出立した討伐隊は、宿営中に魔族の襲撃を受ける。

 そしてもろくも総崩れになった。


 聖術は得意でも戦場には不慣れな神官は、真っ先に逃げ出してしまった。

 現場を指揮する立場にある騎士も、部下を壁に使い率先して転進。

 信仰のあつさだけが取り柄の兵士は、一方的に蹂躙じゅうりんされた。

 戦闘経験の豊富な魔法使も、指揮官不在では個の戦力でしかない。




 ――その結果が今の惨状であった。

 強制的に徴用するのなら、せめてもう少し上手に使ってほしいものだ。


 しかし今は、呆れるよりも先にやることがある。


 視線の先、十数メートル。

 そこに人型の影がたたずんでいた。

 仕立ての良い黒色の服をまとった若い男だ。


 金髪赤眼に、白皙はくせき美貌びぼう

 社交の場ならば女性の視線を一身に集めるであろう、整った容姿。


 だが、それらは戦場にあっては異質だ。

 鼻につくほどに洒落しゃれた衣装で着飾るのは、ある魔族の特徴でもある。


「吸血鬼か……」

「いかにも」


 ナギサのつぶやきに、吸血鬼はゆったりとうなずいた。

 そして後方、混乱している兵士たちを見やる。


「貴様は逃げないのか?」

「あんな人混みの中じゃ逆に危険だからな」

「私と戦ったほうがまだ安全だと? 舐められたものだ」


 意外にも吸血鬼は話に乗ってきた。多少、時間は稼げるだろうか。


「まさか。俺みたいな雑魚に吸血鬼サマは興味ないだろうし、大人しくしていれば見逃してくれるんじゃないかと思っただけさ」


「焦ったようなふりをして、ずいぶんと余裕だな魔法使。逆に興味が湧いたぞ」


 言葉とともに魔力が膨れ上がり、男の足元に黒い影が広がっていく。

 それは光を遮ることでできる自然な影ではない。

 影を操る吸血鬼の固有魔法だ。


「恐慌をきたしたエサの群れと、我が影魔法と、どちらが危険か試してみるがいい」


 広がった影の中から、また別の黒蛇のような影がずるり(・・・)と伸び出てくる。

 その数およそ数十本。

 吸血鬼がナギサを指し示すと、黒蛇の群れは一斉に向かってきた。


 それはさながら黒い槍衾やりぶすま

 集団に向けて放たれれば、多くの者は逃げる間もなく串刺しにされるだろう。

 しかし、ナギサはそれを食らうほど悠長ではない。


 わずかに身をひねり、腰を落とし、軌道を見極めて最小限の動きで回避。黒蛇がその身をかすめ黒ローブにいくつも穴を開けるが、どうせ安物と破れるのにも構わず前進する。


 途中、いくつかの避けきれない黒蛇には魔法で対応する。


 ペン型の魔道具を構えて中空に文字を記すと、防壁の魔法が発動し、黒蛇の軌道をわずかに逸らす。開いた隙間を縫うようにしてさらに前進。


 吸血鬼との距離を詰めたところで、魔道具を横薙ぎに払った。

 その筆跡から今度は斬撃の魔法が放たれる。

 しかし周囲の黒蛇に阻まれて本体には届かない。


「――ほう」


 吸血鬼は無傷。

 ナギサの魔法はわずかにその金髪を揺らしただけ。

 だがその戦いぶりには興味を持ったようだ。


「面白い魔法を使うじゃないか。どうだ、大人しくエサになるならば、長く飼ってやってもいいぞ」


 ナギサは返事のかわりに無言で魔法を放った。

 が、またも黒蛇に防がれてしまう。


「ふ、気に障ったか? だが今更だな。お前たち魔法使は聖教会のエサではないか。首輪をめられて、いいように使い潰されている」


「……確かに、それは否定できない」


 ナギサは吸血鬼の言葉に同意した。

 そして、構えを解いて棒立ちになる。


 相手の言葉にショックを受けて戦意が揺らいだ――そんなフリをしてやると、吸血鬼は簡単に乗ってきた。口元をつり上げ、芝居がかった仕草で両手を広げる。


「エサとして飼われるならば、飼い主くらい選びたいだろう? 同じ人間よりも、上位種たる我らの方が、主としてふさわしい」


「飼い主くらい選びたい、か。そうだな、それも正しい」


 ナギサはゆっくりとうなずいてみせる。

 話を続けながらも、周囲の戦況把握は抜かりなく。


「吸血鬼は美しく、長命で、魔力も膂力りょりょくも人間とは比べものにならない。そんな圧倒的強者だからこそ――よく油断する」


「……何?」


 ナギサの語調の変化に、吸血鬼はその整った眉をかすかにしかめる。


 同時に、静かながらも芯の通った女性の声が響いた。



『――主なる神の家をここに』



 詠唱とともに光の壁が出現し、ナギサと吸血鬼を隔てる。

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