第13話 審問会その2
大聖堂の中で二番目に広いというその部屋の中央にアルテリアは立った。
両サイドを長い机で挟まれて、正面には重厚な壇がある。
長机には等間隔に騎士や神官が並び、壇上には法衣をまとった司教の姿。
まるで裁きの場にいるみたい、とアルテリアは思う。
「まずは真祖の討伐、見事であった。その働きには後日改めて報奨があるだろう。だがその前に、この場で明らかにしておかなければならぬことがある」
賛辞の言葉もほどほどに、さっそく質問が投げられた。
「聖女アルテリアよ、そなたが討伐したのは、本当に真祖ヴールーだったのか?」
「……え?」
お前が倒した真祖は本物か? と聞かれているらしい。
そんな質問は頭になかった。
アルテリアの返事は数秒ほど遅れる。
「敵がそう名乗ったので、わたしもそのように思っていました」
「では聖女殿は敵の言葉を鵜呑みにしたというのか? ずいぶんと浅はかではないか」
責めるような声が左側の長机から上がった。
丸みのある司祭が眉を吊り上げている。
その声にアルテリアは少し考え、答える。
「名前はそれほど気にしていませんでした。そういう意味では考えが浅いと言われても仕方がないのかもしれません」
「な、バカな!?」
丸みのある司祭は握った拳を机に振り下ろした。
だん、と威圧するような音。
「真祖だぞ? 倒した者は聖教会の歴史に名を残すほどの怨敵だというのに、その名前を気にしないということがあるか!」
丸みのある司祭が怒っている。
それは動揺をごまかすための怒りだ。
対するアルテリアはあくまで淡々と語る。
「そうおっしゃられても……、本物かどうかわからない不確かな名前よりも、目の前にいる敵の明確な強さの方が、戦場では重要なので」
アルテリアは率直に思ったことを言葉にした。
しかし相手には『戦場を知らないやつが口を出すな』とでも聞こえたのだろう。
丸みのある司祭は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。
「……さすが、真祖と渡り合う聖女殿の言葉は重みが違うな」
左側の机に並ぶ別の司祭が、苦笑いを浮かべながら言う。
対照的に痩せぎすの男だ。
彼は真祖とはっきり口にした。
アルテリアが倒したのは真祖ヴールーだと認めたらしい。
ではさっきのやり取りはなんだったのだろう。
「恐縮です」
釈然としないものを感じつつも、アルテリアは無難な返事をする。
「では別の質問だが……、真祖を倒したのは、君一人の力なのか?」
「ヴールーと遭遇してから討滅するまで、わたしだけで戦いました」
「ふむ、では聞き方を変えよう。直接戦っていなくとも、そうだな、例えば、君をサポートした者はいなかったか? あるいは、君よりも前に真祖と戦った者はいるか?」
サポートした者、と言われて思い浮かべたのはナギサのことだった。
ナギサとともに戦ったわけではないし、彼の存在が直接、真祖を倒すための助けになった訳ではないが。しかし、少なくともアルテリアを助けようと動いてくれたのは彼だけだった。
それに、アルテリアが駆けつけるまでの間、ナギサが吸血鬼と互角に戦って時間を稼いでいたことは事実だ。
しかし、ここで下賤な魔法使の名前を持ち出しても状況が面倒な方へ転がるだけだ。
それくらいのことは世間知らずのアルテリアにもわかる。
ナギサの働きが誰にも知られないのは嫌だったが、この場で注目されることを彼は望まないだろう。
「――いえ、わたしだけでした。2つ目のご質問である、わたしより前に真祖と戦った者がいるかどうか、についてはわかりません」
「そうか、わかった。ありがとう聖女殿」
痩せぎすの司祭は満足そうにニヤリと笑う。
そして、対面の長机を見た。
そちらに居並ぶ神官や騎士たちにはっきり聞こえるように、やや大きな声で語りだす。
「聖女アルテリアは確かに真祖ヴールーを倒した。しかし彼女一人の力でその偉業を成したのかについては疑問の余地がある」
「貴様、何が言いたい」
反発したのは『聖女の後見』の騎士イニアス。
彼もすでに聖都へ戻ってきていたらしい。
「聖女殿はおっしゃったではないか。自分より前に真祖と戦った者がいるかどうかはわからない、と」
痩せぎすの司祭は肩をすくめて、
「これは聖女殿と戦う前に、すでに真祖ヴールーが何者かと戦っていた可能性がある、ということだ。その名も知れぬ何者かの決死の戦いが真祖の力をわずかながら削ぎ落とし、聖女殿の勝利を後押ししたのやもしれぬ」
「でたらめだ! 貴殿の妄想を事実のように語るのは止していただきたい!」
『聖女の後見』のひとりが声を荒げる。
それに痩せぎすの司祭は得意げな笑いを返す。
「しかし完全に否定もできまい」
そんな言い合いを他人事のように聞きながら、アルテリアは納得した。
彼らは真祖討伐がアルテリアだけの手柄であることが不満なのだ。
これは結局のところ派閥の問題だった。
聖教会は大きく2つの派閥に分かれている。
保守派と革新派である。
アルテリアの戦果に難癖をつけている二人は保守派。
そしてアルテリアは彼らと対立する革新派に属している。
アルテリアが自分から属させてくださいと言ったわけではない。
彼女の後見たちが革新派であるために、いつの間にかアルテリアまでが革新派であると思われるようになっていたのだ。
そして今ではアルテリアは革新派のシンボルと周知されている。
だから保守派は、そんなアルテリアの手柄を貶めたいのだ。
アルテリアが真祖を倒したことは事実。
いかし、それより先に誰かが真祖と戦っていたとしたらどうか?
真祖討伐の手柄はすべてアルテリアの――革新派のものとは言えなくなる。
少なくとも「本当にすべて聖女の功績なのか? 神に誓って?」とケチをつけることはできる。他ならぬ、真祖にとどめを刺した聖女が「わからない」と言ったのだから。
このようなやり取りを、政治的な駆け引きというらしい。
しかしアルテリアには子どもの駄々との違いがわからない。
いい大人がやっているぶん、こちらの方がみっともないと感じるくらいだ。
「……わからないのは、わたしが田舎者だからかしら」
審問会の中心にいるはずなのに、片隅で傍観している気分。
聖女はそっとため息をつく。




