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第12話 審問会その1

 大聖堂に踏み入ってから、アルテリアはずっと緊張していた。

 ナギサは大丈夫と言ってくれたが、それでも不安は拭えない。


 聖教会の大敵である吸血鬼になってしまった自分が、大聖堂という神聖の極みのような場所に立ち入るのだ。緊張するな、不安になるなというのは無理な話である。


 が、その不安は杞憂に終わる。


 広大な廊下を歩いている間、何人もの神官とすれ違った。

 その中には高名な術師も数多くいた。

 しかし、誰一人として、アルテリアの中の吸血鬼に気づく者はいなかった。


 無反応だったのは人間だけではない。


 邪を退ける聖句を記した護符。

 神聖な意匠が施された調度品。

 目が痛くなるほどの白亜の壁床。


 いかにも邪悪な存在を否定する物が大聖堂のいたるところにある。

 だというのに、何も感じないのだ。

 アルテリアの中の吸血鬼は、それら聖なるものの影響を受けていない。

 

 ここまで誰にも気づかれず、また、なんの負荷も感じないとなると、聖教会の中枢がこんなに無警戒で大丈夫なのかと、逆に心配になってしまう。


 では気持ちに余裕があったのかというと、決してそんなことはない。


 魔法使を従者にしたという噂が広まっているせいだ。

 世間知らずの聖女がおかしなことをしていると、揶揄やゆするささやきや視線をいくつも感じた。おかげでひどく居心地が悪い。


 きっと審問会の場でも同じなのだろう。

 吸血鬼化したという嘘みたいな事実よりも、魔法使を従者にしたという愚かな行いついて問いただされるのだ。そして、考え直せと説得されるに違いない。


「お姉様、あまりお気になさらないでくださいね」


 案内されている道中、キュアリスがそう声をかけてくる。


「ありがとう、でも大丈夫よ」


「噂されていることだけではなく、その……、審問会の場でも、心乱されることのないように……」


 礼を言うアルテリアに対して、キュアリスは歯切れが悪い。

 しかしどういう意味かと尋ねる前に、審問会を開く部屋の前まで来てしまった。


「では、案内はここまでです」


 キュアリスはお辞儀をして去っていく。

 その背中を見つめながらアルテリアはつぶやいた。


「どういう意味だったのかしら」

「真祖を倒したってのに、祝勝ではなく審問会ですからね」

「厳しい問いかけがあることは理解しているわ」

「いや、ぶつけられる言葉そのものより、その意図に気をつけた方がよろしいかと」

「……つまり?」


 アルテリアは首をかしげつつ尋ねる。

 よくわからないまま素通りしてはいけない話のような気がした。


「そうですね……、例えば、ここに偏屈でプライドの高いやつがいて、腹を空かせているとしましょう。しかしそいつは腹が減った、飯を食わせろ、とは言わない」


 急な例え話に戸惑いつつ、アルテリアは応じる。


「でも、その方はお腹が空いているのよね」


「だから別の言葉を使うんです。そろそろ昼時だな、とか」


「めんどくさいやつね。自分じゃなくて相手が食べ物の話題を出すよう仕向けるなんて」


「もっと面倒なやつなら、水をやらなければ花は枯れてしまう、みたいな言い回しをしたりするかもしれません」


 確かに、とアルテリアは納得した。

 上位聖職者と称される人々には、回りくどい言葉選びを好む文化がある。


 そういう遠回しな表現に惑わされるなとナギサは言いたかったのだろう。 


「……聖女様、そろそろ入室を」


 扉の手前で話し込んでいたせいで、衛兵にやんわりと咎められてしまう。


「あ、ごめんなさい。緊張して、つい……」


 アルテリアが近づくと、衛兵の手によってゆっくりと扉が開かれる。

 ナギサも入室を認められているようで、二人そろって中に入った。


「ここからは会話はもちろん、目配せもなしね。従者の件について、細かいことで嫌味を言われるのも面倒だから。そのきっかけを――隙を見せたくないの」


「大丈夫ですか?」


「ええ、偉い人たちのお小言には慣れてるから」

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