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第11話 聖都への帰還


 真祖ヴールーを倒してから2日後。

 その昼過ぎに討伐隊は聖都セレナリアへと帰還した。


 聖女を乗せた馬車は巨大な門をくぐり抜け、白い石畳の上を進んでいく。

 そのさなかに車体が揺れて、アルテリアの身体がかくんと傾いた。


「…………ふぁ」


 アルテリアは寝ぼけた顔で窓の外を向き、その景色を見て驚いた声を上げる。


「あれ? もう聖都に着いたの?」


「出発したのが夜明け前で、今はもう昼過ぎですよ。そりゃあ聖女サマはぐっすりお休みになられていましたから一瞬でしたでしょうが」


「夜に眠れないぶん、昼間の眠気がすごくて……」


 目元をこすりながらアルテリアが言う。

 寝起きのせいかナギサの嫌味にも無反応だ。


 吸血鬼になって最初の昼も、アルテリアは移動中の馬車の中で眠りこけていた。

 二度目の夜にはまた吸血衝動が起こったものの、ナギサが血を与えると収まり、その後はずっと起きていたらしい。


「月光に踊り、陽光にえる。完全に吸血鬼の体質ですね」

「修道院に帰ったあと、どうやって誤魔化せばいいのかしら」


 そんなことを話しているうちに、やがて馬車が停まった。

 聖都の中心にある大聖堂の前だ。


 アルテリアはドアの取手に手をかけて、しかしすぐに開けようとしない。


「どうしたんです?」


「吸血鬼になったわたしが、大聖堂に入っても大丈夫なのかしら。踏み入った途端に浄化されたりしない?」


「堂々としていれば大丈夫ですよ」


 なおも不安そうなアルテリアに、ナギサは説得を重ねる。


「聖女様は自分の中の吸血鬼を完全に掌握できています。ずっと同じ馬車の中にいても、魔族特有の、人とは違う気配は感じませんでしたし」


「本当に……?」


 まだ表情が晴れないアルテリアを安心させるために、ナギサは自分の考えを語ることにした。


「これは推測なんですが、聖女様の中の吸血鬼の力は、ゆで卵のような状態なんですよ」


「わたし、そんなに丸いかしら」


 アルテリアは下を向いて自らの身体を眺める。


 アルテリアの体型についてナギサは、出るべきところは出て引っ込むべきところは引っ込んでいる、女性的魅力のある身体つきだと評価していた。が、それは口に出すべきではない。


「体型のことは言ってません。魔力と聖力の状態の話です」


 右手で拳を握り、左手をそれにかぶせる。


「聖力は白身で、魔力は黄身。ゆで卵の中に黄身があることはわかっていても、外からそれは見えませんよね。それと同じように、吸血鬼の魔力は感じられない。少なくとも聖女様が意識して聖力でカバーしているあいだは」


「ふーん、そういうイメージなのね。なんとなくわかったわ。ありがとう、ちょっと安心できたかも」


「それは何より」


 アルテリアは沈んだ表情から一転して笑顔になると、「よし」と両の拳をにぎってから、馬車のドアを開けた。



「――お姉様!」



 アルテリアが馬車を降りるのと同時に、甲高い声とともに修道女が駆け寄ってきた。

 そしてそのままアルテリアに抱きつく。


「お久しぶりです、アルテリアお姉様!」


「キュアリス……、ええ、久しぶり。相変わらずお転婆ね」


「いつもは貞淑にしてます。今日はお姉様と会えるから、ついはしゃいじゃって」


 アルテリアは最初は驚いていたものの、すぐに表情を和らげて、抱きついてきた修道女の頭を撫でた。


 キュアリスという名前と、栗色の髪や身長などの外見的特徴、そしてアルテリアとの関係などから、ナギサは頭の中の情報をひっぱり出す。


 キュアリス・ヒリング。

 アルテリアの聖術学院時代の後輩。

 まだ年若いが『癒しの御手』の通り名を持つ治癒術の使い手であり、いずれ聖女となることが有望視されている実力者だ。


 ちなみにアルテリアと血の繋がりはなく、家族関係にもないはず。

 お姉様、という呼び方は彼女の趣味だろう。


「……ところで、お姉様」


 ひとしきりじゃれ合ったあと、キュアリスは急に真面目なトーンになる。


「おかしな噂を耳にしたのですが……」


「……それは、どのような?」


「お姉様が真祖ヴールーの手によって吸血鬼にされてしまったという」


 ぎくり、とアルテリアが硬直する。

 どうしてその話が聖都にまで伝わっているのか。

 想定外という反応だ。


 しかしナギサには驚きはない。

 討伐隊が出るような大きな戦いでは、戦果の報告はこまめに行われるものだ。早馬や鳥を使った情報のやり取りは、馬車の運行よりも遥かに早い。真祖を倒した翌日の昼前には聖都に届いていただろう。


 そもそも、討伐隊の中に噂を流したのはナギサの仲間だ。


「……なーんて、バカバカしい話ですよね、お姉様。……お姉様?」


「え、ええ、そうね、それは単なる噂よ。根も葉もないわ」


「でも、真祖と戦って、討ち滅ぼしたのは事実と聞いてます」


「ええ、恐ろしい相手だったわ。倒せたのは皆の力添えがあってのことよ」


 アルテリアは控えめに言うが、キュアリスの称賛は止まらない。


「相手が何であろうとお姉様の勝利を疑うことはありません。だけど、真祖が出たと聞いたときは、さすがに怖くなりました。お姉様が傷を負ったのではないかと心配で心配で……」


「大丈夫よ、幸運にも大きな怪我はなかったし、軽い傷はすぐに癒してもらったから」


「本当ですか? どこかに傷、残ってませんか?」


 キュアリスは再びアルテリアとの距離を詰めた。ほとんど密着するような至近距離で、アルテリアの顔をまじまじと見つめる。


「先輩の傷……、あたしが癒やして……、まっさらな肌……」


 その目は据わっており、ぶつぶつと何やらつぶやいている。


「大丈夫よキュアリス、本当に」


「そうですか、残念……じゃなくて、安心しました。本当は先輩の傷は全部あたしが癒やして差し上げたかったんですけど」


 にこやかに言った後、また表情を曇らせる。


「でもお姉様は、真祖ヴールー相手ですら、かすり傷で済んでしまうんですね。そんなのもう、この世にお姉様を傷つけられる敵なんていないじゃないですか。ということはあたしが先輩の傷を癒やす機会はないということ……」


 キュアリスの表情が乏しくなり、瞳からは光が失われていく。

 アルテリアへの敬愛の念が少々おかしな方向を向いているようだ。


「お姉様の素晴らしさが広まるのは素晴らしいんですけど、でもそれだとあたしが治癒術を頑張る意味がなくなっちゃう……」


「そんなことはないわ、キュアリス」


 アルテリアはキュアリスの手を両手で包み込んだ。


「……お姉様?」


「あなたの治癒術は素晴らしいわ。それが多くの人々を助けていることが、わたしは誇らしいの。だからこれからも頑張って? わたしのためだけではなく、治癒術を必要とする誰かのために。あなたはわたしの、自慢の後輩なんだから」


「お姉様ぁ……、はい、あたし、これからもがんばります!」


 何だこの茶番は、と思いつつもナギサは二人を遠巻きに見守った。


 自慢の妹、と言わないところにアルテリアの引いた線が見えたが、そこは突っ込まないでおく。


「それじゃあ、もう一つの噂も間違いですよね!」


「もう一つ?」


「お姉様が魔法使を従者にした、などという失礼きわまりない話です」


「それは本当よ」


「ですよね! …………え? 本当? え? 事実っていう意味、じゃないですよね……?」


 天地がひっくり返ったかのように戸惑うキュアリス。

 アルテリアは言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「彼がわたしの従者――クロス・ナギサよ」


 そう宣言してから、指をそろえた手のひらをナギサへと向ける。

 つられてキュアリスの視線がナギサを捉えた。


 瞬間、キュアリスの表情が険しくなる。

『癒しの御手』の通り名からかけ離れた、敵意に満ちた顔つき。


 しかし、それは一瞬のことだった。

 スッと表情を消したかと思うと、すぐアルテリアの方へ向き直る。

 そのときにはすでに笑顔に戻っていた。


「……さて、それじゃあ立ち話はこのくらいにして、中に入りましょう。今日は案内役を仰せつかっているので」


「そ、そう……、それじゃあよろしくお願い」


 アルテリアは、キュアリスの反応の薄さに戸惑いつつもうなずいた。

 今までの経験からして、魔法使を従者にしたことに反発されると思っていたのだろう。それがなかったことを「後輩が自分の判断を受け入れてくれた」とでも考えているのか、アルテリアはどこか嬉しそうだ。


 しかし、それは勘違いだとナギサは思う。


 ナギサから視線を切る直前の、キュアリスの表情。

 あれは余裕だ。

 ナギサが聖女の従者になることはないと知っている者の。


 聖教会の上層部はそんなことを許さないはず、という常識的な想像だけではない。

 すでに何か、ナギサをアルテリアから引き離すための方策が用意されているのだ。


 それを知っているがゆえの余裕が、キュアリスにはあった。

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