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第10話 主従契約

「……吸血鬼の知り合いがいた?」


 アルテリアはナギサの言葉を繰り返した。


「えっと、それは、吸血鬼との戦闘経験があるとか、遭遇したことがあるという意味かしら」


「いいや、言葉どおりですよ。他愛のない会話をしたり、飯を食ったり、あとは血を与えてやったこともあります」


 「そう……」


 ナギサの話を聞くうちにアルテリアの表情が険しくなる。

 特に「血を与えてやった」のところで目つきが鋭くなったように見えた。


 やはりそういう反応になるか。


 聖教会は吸血鬼の存在を許さない。

 吸血鬼は神の敵だと教義にもはっきり記されているし、吸血鬼と疑われる魔族を発見すればすぐに討伐隊を差し向けるほどには抹殺にも熱心だ。


 そんな聖教会の基準に照らせば、吸血鬼と知り合いというのはそれだけで罪悪。


 さすがにこの場でいきなり処断されることはないと思うが。

 ナギサを従者にする気は失せてしまったのではないか。


 アルテリアの反応を当然だと思いつつ、しかし、目的のためなら過去の罪悪を見て見ぬふりをするしたたかさを見せてほしかったなと、お門違いな失望感を抱く。


 ――ともかく、従者の話はこれでしまいだ。


「さすがにこんなやつを従者にするわけにはいかないでしょう?」


 念を押すように問いかけるナギサ。


「……わたしだけじゃなかったのね」


 しかしアルテリアのつぶやきはどこかズレていた。

 すねたように唇をとがらせている。


「は?」


「……違っ!そうじゃなくて……、その、ごめんなさい」


「その謝罪は……、何に対しての?」


「だって、あなたには吸血鬼の知り合いがいるんでしょ」


 アルテリアは目を伏せつつ続ける。


「それなのにわたしはあなたの目の前で、吸血鬼を、その……、グシャっと潰したり、ザクッと斬り刻んだりしちゃったでしょ」


「控えめに言って惨殺でしたね」


「吸血鬼を討つことはわたしの役目だから何も気にしていなかったけど、あなたにとっては、知り合いと同じ種族がひどい殺され方をするのを目の当たりにしたわけだから、気を悪くしたんじゃないかと思って」


 アルテリアの言葉をナギサはすぐに理解できなかった。


 聖女が魔法使に頭を下げるだけでも、地位の差を考えればありえないことだが。

 よりにもよってその内容が「吸血鬼を殺したことについて」ときた。


 何体もの吸血鬼を討伐してきたあの『浄化の聖女』アルテリア・ルクス・アルテミシアが、吸血鬼を殺したことを謝罪するなんて。


 『聖女の後見』たちがこの場にいたら泡を吹いて倒れたのではないか。


 それくらいの衝撃的な発言だった。


「ねえ、無反応は辛いんだけど」


 しばらく押し黙っていると、アルテリアがジトッとした目で見上げてくる。


「失礼しました。あまりにも衝撃的なお言葉だったもので」


「わたしってそんなに人の心がないように見える?」


「一般的な聖職者の方は、あまり魔法使に頭を下げたりしませんからね」


「ふん、どうせわたしは聖女らしくないわよ。慎みが足りないってよく言われるし」


 アルテリアはそっぽを向いてブツブツと不平をつぶやきつつ。

 ちらりとナギサの顔色をうかがう。


「それで、どうなのよ。従者の話」


「謹んでお受けしますよ」


「――本当!?」


 アルテリアは顔をぱっと明るくしてベッドから立ち上がった。


「でも、どうして受けてくれたの? ずっと渋ってるっていうか、本気で嫌がってたように見えたのに」


 本気で嫌がってるとわかっている相手を無理やりここまで引っ張ってきたのか。

 ナギサはアルテリアの強引さに口元を引きつらせる。


 が、すぐに気を取り直してニコリと笑みを作る。


「そりゃあもう、聖女サマのお心に触れて、感銘を受けましたので。そのお役に立てるのならばと」


「……あなたって、全体的にうさん臭いのよね。しゃべり方は丁寧なのに、そこはかとない適当テキトーな雰囲気があるっていうか」


 アルテリアは首をかしげる。


 その印象は正しい。

 ナギサ自身、前向きな活力が不足している自覚はある。


 かつてはナギサも真剣に生きていた。積極的に学び、働き、立身出世を為すのだと。しかしこの国で魔法使へと身を落としてからは、そうした気構えなどなくなってしまった。いきなり消え去ったわけではない。少しずつすり減っていったのだ。


「ま、性分なので諦めてください」


「それくらい緩い方がわたしはやりやすいわ。よろしくね、ナギサ」


「こちらこそ、聖女様」


 アルテリアが差し出した手を、ナギサは膝をついて、ダンスパーティに女性を誘うような仕草で取ってみせた。


 聖女はぽかんと口を開けたあと、あははと声を出して笑う。


 貴族のように芝居がかった仕草と、魔法使のみすぼらしい姿の対比。

 即興にしては上手におどけられたとナギサは満足する。



 そしてその裏で考える。



 最初は聖女の従者などお断りだと思っていた。

 しかし案外どうにかなるかもしれない。


 それもひとえにアルテリアの人間性を理解できたからだ。


 彼女は敬虔な信仰心を持ちつつも、聖教会を絶対視していない。

 すなわち、柔軟な善性の持ち主といえる。


 そしてナギサは、そんなアルテリアの秘密と不安を知る唯一の存在なのだ。


 従者として傍に仕えているうちに心の距離が縮まり、いずれはその考え方に影響を与えられるようになるかもしれない。


 幸い、聖教会の暗部にはいくつか心当たりがある。

 それらをアルテリアに突きつけて信仰を揺さぶる。

 そして最終的には聖教会から離反させる。


 ――聖女を堕とす。


 それがナギサの新しい目標となった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 聖職者の天幕群から離れた、一般兵たちの宿営地。

 そこでは、じわじわと〝ある噂〟が広がっていた。


 焚き火を囲む兵士たちが、騎士や神官の姿がないことを確かめつつ声を落とす。


「なあ、あの話知ってるか?」


「ああ、聖女様が吸血鬼になったってやつだろ」


「単なる噂じゃないのか」


「でも戦った相手は真祖だったって言うぜ? さすがに無傷ってわけにはいかなかったんだよ」


「そりゃまあ、確かにそうだが……、でもよ、事実なら今ごろ俺ら全員あの世行きだろ」


「だよなぁ……」


「面白えネタだから広がってるだけ、なのか?」


「どっちでもいいが、この話、お偉いさんの前でするんじゃねえぞ」


「わかってるって」


「本当にわかってんのか? 保守派と革新派で揉めるって言ってるんだよ」


「……面倒くせえなあ、上のイザコザってのは」

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