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第1話 招集

 クロス・ナギサはフリーの魔法使だ。

 クエストの難易度と内容に応じて、一時的にパーティに加入。

 そしてクエストが終了すれば離脱を繰り返して日銭を稼いでいる。


 この日もナギサは冒険者ギルドのロビーで組む相手を探していた。

 

 彼の姿は特徴的だ。

 くたびれた布地の黒ローブに、首元には漆黒の帯を巻いている。

 それに加えて髪色もカラスの羽のような深い黒だ。

 おまけに表情も疲れ切っている。

 遠目には真っ黒な塊がたたずんでいるようにも見えた。


「よう、ナギサのおっさん! 今日も浮浪者みてーな格好だな」


 若手の剣士が気安く話しかけてきた。

 初対面のときは物乞いかテメエと喧嘩腰だった相手とは思えない。


「魔法使ってのはこういう格好をしてないといけないんだよ。あとオッサンは余計だ。俺はまだ――」


「んなことよりさ、一緒に来てほしいクエストがあるんだ。なかなかやっかいな魔獣が出てな、あんたが前衛してくれたら楽になりそうなんだよ」


「待ってください、そっちは3日前にも一緒だったじゃないですか。今日はウチの番です。こっちのクエストのほうがナギサさん的にも好みのはずですし」


 今度は横から若い神官の女性が声をかけてくる。

 最初に話しかけたときはゴミを見るような目を向けられていたのが、嘘のような変わり様である。


 ともあれ、不審者扱いの第一印象から徐々に信用を勝ち取っていき、今では名指しで同行を頼まれる程度には受け入れられるようになっていた。


「日帰りで片付けられる軽いクエストがいいんだが」


「いつもそれだな」

「いつもそれじゃないですか」


 ナギサが要望を述べると、剣士と神官にそろって突っ込まれる。


「安定した稼ぎがほしいんだよ」

「冒険者ギルドで何を言ってんだ」


 そんな気安いやりとりは、無遠慮な客の訪れによって中断する。


「失礼するよ冒険者の諸君」


 尊大な声とともに祭服の男が入ってきた。後ろに数人の共を連れて、混雑するロビーの真ん中をまっすぐに歩いてくる。荒くれの多い冒険者たちだが、嫌な顔をしつつも脇に寄って道を開けた。


「これはこれは司祭様、本日はどういったご用でしょうか」


 ギルド長が受付から慌てて出てきた。

 冒険者相手にはありえない素早い対応である。


「聖戦のための緊急招集だ。すべての魔法使の参加を期待する」


 司祭の言葉を受けて、付き添いの者がギルド長に紙の束を手渡す。

 そこには聖教会から発せられた招集の依頼が記されていた。


 期待する、などと選択の自由があるかのような口ぶりだったがそれは欺瞞だ。魔法使は聖教会の命令に逆らえない。そのため実質的には強制徴用である。


「はっ、かしこまりました。命令書は掲示板の一番目立つ場所に貼り付け、さらに窓口でも常に告知するようにいたします」


『聖戦』という仰々しい単語にも、ギルド長はさして驚かない。この司祭が大げさな言葉を使うのはいつものことなので、すっかり慣れてしまっていた。


「うむ、では頼んだぞ」


 司祭はギルド長の対応に満足したのか、ゆったりとうなずいた。そして、来たときと同じく、ロビーの真ん中を我が物顔で引き返していく。


 その途中でナギサをひとにらみし、


「聞こえていたな魔法使。罪の穢れを雪ぐチャンスだ、存分に励めよ」


「もちろんです司祭様」


 ナギサは短く応じつつ頭を下げた。そして顔を上げたときには、司祭はすでにナギサを見ていない。背中は遠ざかり、そのままギルドを出ていった。


「……相変わらず偉そうな連中だぜ」

「ええ、同業ですが、正直、印象は良くないです……」

「ったく、魔法使がいねえんじゃ、作戦練り直しじゃねーか。おい、さっきのクエストは取り下げだ」


 司祭たちがいなくなると、ロビーには騒々しさが戻ってくる。ただしその内容は冒険への活気から、聖教会への反感に切り替わっていた。


「お前たち、文句を言うのはかまわんが、頼むから司祭サマのお耳には入れんでくれよ。ただでさえ冒険者ギルド(ウチ)は魔法使に甘いと目をつけられとるのだからな」


 流石にこの空気を放置はできないのか、ギルド長が形だけの注意をする。


「へーへー、ったく魔法使も大変だな。昔のことでとやかく言われてよ、なあナギサ――ってあれ? あいつどこ行った?」


 顔なじみの冒険者たちが、ひと声かけようとナギサを探すが――

 彼の姿は音もなくロビーから消えていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ナギサが冒険者ギルドから離れると、男が近づいてきた。

 何の変哲もない、どこにでもいそうな中年男性だ。

 その正体は、聖教会の情報を扱う情報屋である。


 男はナギサの斜め後方に位置取った。

 そして歩く速度を合わせたまま、独り言のように口を開く。


「……魔族討伐のために招集がかかったと聞きましたが」

「耳が早いな」

「ま、職業柄この手の話はよく入ってくるもので」

「では具体的な討伐対象も?」

「そこまではなんとも。ただ……」

「ただ?」

「今回の討伐隊はかなり大規模なものになる。さらに、あの『浄化の聖女』が加わるとか」


 聖女。

 並の神官とは一線を画する力を持つ、聖教会の切り札だ。

 しかも『浄化の聖女』は戦闘に特化した使い手だと聞く。


「そりゃまた、ずいぶんと力が入ってるな」


「手練れのあなたにとっては稼ぎどきでしょう。頭角を現したばかりの『浄化の聖女』には不明なところも多い。彼女の情報にはいい値がつくでしょうな」


「いやいや稼ぐなんて恐れ多い。これは原罪の穢れを雪ぐために神が与えられた好機、全身全霊を持って務めを果たすだけさ」


 ナギサの言葉は白々しく薄っぺらい。

 心にもない戯言たわごとを、男は聞き流して商談を続ける。


「他にも、革新派の内情に、有力な騎士や神官の能力も見れられる……、戦場は宝の山ですな」


「気楽に言ってくれるよ」


 戦場では命の保証がないことは当たり前だが。

 なかば使い捨ての戦力である魔法使の危険度はさらに跳ね上がる。


 聖教会の人間は、魔法使をとにかく前線に出したがるためだ。

 騎士や神官を敵から守る人間の壁として。

 それだけならまだしも、神官の攻撃術に巻き込まれることすらある。


 前にも後ろにも気をつけなければならない戦場。

 その苦労を考えると今から気が重いナギサであった。

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