嬢たち
女店主は粗暴だけどとても親切にしてくれた。40代位のラテン系の女性で小麦色の肌をしている。筋肉質に引き締まった身体をしていて、普段から鍛えているのが分かる。背中と右腕にラテン語のタトゥーが入っていた。ほりの深い顔に整えられた眉毛、高く尖った鼻、深いグリーンの瞳を持つ美しい女性だ。ただ左耳の上の部分には切り傷があった。
「マスター」
客にも嬢にもそう呼ばれていて、テキパキと動き店子に指示を出す。客にはその客に合った対応をする。粗暴そうに見えてマナーも弁えている。
この世界で長くやっているのが分かる。実際この店に来ているのも女店主の顔馴染みが多くみられる。
マスター「この子が新しくウチに入った女の子だ!どうだ物凄く綺麗だろ!うちの看板娘になる予定だ」
ルナ「…宜しくお願いします」
白いボブヘアーの女が冷たい目で見る。彼女は偽名「バニィ」と呼ばれていて、未成年でここで働いている先輩だ。彼女はタレ目で童顔、舌足らずな喋り方なので実年齢よりも幼い印象を受ける。
バニィ「看板娘?なによそれ…じゃあストリップダンスもポールダンスも出来るって言うの?」
ルナ「これから覚えます」
バニィ「そんなに簡単じゃあないんだからね」
女店主「バニィ、後輩ができていいじゃないか。この際アンタが教えてやんな。アンタはここのマリリンモンローさ。白が似合う。対してルナは黒が似合う。いいコンビになりそうじゃないか」
バニィ「もうっ!マスターったらあ」
まんざらでもなさそうだ。バニィは頭が弱くここに流れ着いた。彼女はプアホワイトと言われる貧困層の白人一家の長女で沢山の妹弟達を養う為にここへ流れついた。母子家庭で母親はコカイン中毒。
それでも仕送りを続けている。彼女は義務教育も受けていない。客への接待は全て女店主から仕込まれたものだ。
マスター「バニィ、お前はバカなのが良いところだ」
マスターは人の扱いが上手い。
マスター「だがな今はもう立派な先輩だ。悪い仲間とブツを売ってたお前とはもう違う。見ろ、お前のデカい乳に挟まれた札を。ルナ、バニィを見て覚えな。先ずは客に笑顔を振り撒きな。身体売らなくて良いから、お前自身の使い方を覚えな」
他にも見せてやると、女店主はルナを店の奥の扉へ導く。
そこには客とポーカーをする浅黒い肌とカーリーヘアの、鋭い目つきの女性が居た。20代後半だろうか。身体に無数の傷とタトゥーがある。
マスター「アデラだ。あいつは賭博とダーツが死ぬほど上手い。武器の扱いにも長けているからここのボディーガードにもなってくれているんだ。昔人を殺していてね、私が身元引き受け人になったんだ。最初は手懐けるのが大変だったよ。今は賭け事好きの客の相手から、店の掃除まで何でもこなす」
ルナ「人を殺したって?」
マスター「珍しい事じゃない。それに彼女はもう出所している」
-人を殺した-
その言葉が強くルナの頭に過ぎる
殺したい人の顔が1人浮かんだ。
それからもう彼女達の身の上話は耳に入ってこない。
ルナ「マスターは殺したいほど憎い人は居ますか?」
マスターは頷く
マスター「居るさ。そして沢山殺してきたさ」
ルナ「本当に殺したの?」
マスター「本当だったらどうする」
マスターはルナを壁際に追いやり壁に手をついて迫る。そして鋭い顔でルナを見つめた。
ルナ「どうもしない。どうにも出来ない」
マスター「どうにでも出来るさ。ルナ、今日は疲れただろう。もう休みな」
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ルナは簡素なベッドに横になる。
生きる目的が無い自分と、何も出来ない自分の無力さと、社会のゴミの吹き溜まりの中でも強く生きる女達を見て、自分のいる意味を考えてしまった。
この店に辿り着いた時、既に涙は枯れていたのに。
実際に人を殺したという人間を初めて見た時に、動揺と高揚感で頭が混乱した。
今からでもここを飛び出してアイツを殺しに行こう。
バタン!
ドアを力強く開け、飛び出した。
瞳孔が開いている。心臓が高鳴る。息が苦しい。
衝動に任せて店の貸し部屋を飛び出した。