08 夏も近づく
来ていただいてありがとうございます!
「お日様が強くなってきたわね。ずいぶん日も長くなってきたし。そろそろ夏の野菜の植え付け時期ね」
故郷の家の畑では殆ど花を育てていたけど、一部では家で食べる分の野菜も育ててた。
「おじさんとおばさんは元気かな」
春にリーフリルバーン家にやって来て、季節はそろそろ夏を迎えようとしていた。お庭には夏の花達が咲き始めている。私は地理、歴史と勉強して、今は魔法についての本を読み始めていたけど、だんだんと新しい花で花光玉を作る実験の時間の方が長くなってきていた。
リーフリルバーン家の敷地は広大で森や野原もある。野生の花もたくさん咲いているけど、それを集めるのはけっこう大変なので、種を取り寄せて育てられるものはノアが栽培してくれている。家だと、その時々で一種類ずつを育てる。今の時期だと月金魚草かな。黄色いひらひらした花びらがかわいいんだ。摘んじゃうんだけどね……。
「さあ!今日も頑張って働くぞ!!」
朝早くに起きた私は庭を散歩しながら気合を入れた。
「近づきすぎじゃないですか?フィル様。節度を守った方がよろしいのでは?」
いつものように、花光玉を作りながら花の名前の綴りをフィル様に教わっていたら、ノアが入ってきた。
「僕はエリーの雇い主だからね。保護者みたいなものだ。君こそエリーの仕事部屋に入り浸りすぎでは?仕事はどうしたのかな?」
「今日の分の仕事はすでに終わらせてあります。何も問題ありませんよ」
私の机の上にはたくさんの乾燥させた花が並んでいる。
「僕の仕事のメインはエリーの為の花を育てて、エリーの為に僕の魔法を使って花を乾燥させることですし」
ノアもフィル様もニコニコしながら会話してるけど、空気がピリピリしてるみたい。大丈夫かな?
「はあ、エリーさん、私達だけでも一休みしてお茶にしましょう。お疲れでしょう?」
「あ、はい……」
私の机の上にはもう十個近くの花光玉が並んでる。それぞれを小箱に入れて、花の種類とさざれ石の種類を書いた紙を入れてある。春の花の時に花の量に関してはちょうどいい分量が分かってきていた。それ以上いれても効果は変わらず、それ以下だと効果が弱まったりするっていう範囲があった。それまでは何となく感覚でやってたけど、花やさざれ石を無駄にしないように作ることは大切なんだって。あと、私の魔力も。効率?って言ってた。私が一日に作れる花光玉の数は二十個くらい。頑張ればあと五個はいけると思う。
「おいこらエド。何を抜け駆けしている?」
「そうですよ。困りますね」
「……では皆さんでお茶にしましょう」
後ろについて来たメイドさんに指示してお茶の支度をしてもらう。最近は私の仕事部屋(私の自室とはまた別)に集まって午後のお茶を飲むことが多い。ご当主様の体調が安定しているので、フィル様の仕事は以前よりも楽になっているんだって。今のご当主様はフィル様のおじい様。本来ならお父様が次の当主になるんだけど現在失踪中。お母様は金の一族の貴族のお姫様だったけど、先の戦で戦いに出て亡くなられたそう。お父様やフィル様、お辛かっただろうな。私だって家族が死んでしまったらと思うととても耐えられないかも。…………要らないって言われたけど。
「そういえば、エリーさん、今月分も半分は家へ送るということでいいんですか?」
「あ、はい。エドさん。よろしくお願いします」
「エリー、まだ給金を家へ送ってるの?しかも半分も……」
お茶を飲みながらノアが顔をしかめる。
「うん。自分で持ってても使い道がないし。畑仕事をしてくれるパーソンさんご夫妻にも少し渡してあげて欲しいって頼んであるんだ」
農作業に使う道具も大分古くなってるし、買い替えて欲しいとも頼んであると説明した。
「…………そう」
ノアは更に厳しい顔になって黙り込んでしまった。私、おかしいかな?何か変なこと言っちゃった?
「使い道がない……か」
今度はフィル様が難しい顔をしてる。
「エリーは何か欲しいものは無いのか?」
「欲しいもの……」
今度は私が考え込む番だった。食べるもの、着るもの、立派な部屋、仕事に本。全部揃ってて、思いつかない。
「特に無いみたいです」
「……よし、分かった!今度王都へ一緒に行こう」
「王都へ?」
「ああ、我が領内も栄えているが、やはり王都は別格だ。様々な店がある。エリーは色々なものを見た方がいいだろう。社会勉強だな」
「ですがフィル様、王都は少し危険では?」
エドさんが心配気にたずねる。
「もう一つの実験も結果が出はじめている。恐らく我々は問題ない」
「もう一つの実験?」
フィル様は他にも何か試しているの?
「ああ、それは結果が確実になってから説明する。もう少し待っててくれ」
「はい」
どんな実験なんだろう?
「そういえばエリーさん今は魔法の勉強をしてるんですよね」
エドさんが話題を変えた。開けてあった窓から爽やかな風が入ってくる。
「はい。魔法は面白いです!色んな種類があって。ええと属性でしたよね?ノアの魔法は風魔法ですよね?」
「風魔法と火魔法ですね。温度のある風が吹かせられるので。魔法使いといえば一つの属性の魔法を使えるというのが普通ですが、ノアさんは優秀な魔法使いです」
「へえ、ノアってすごいんだね……!」
ノアは前髪をいじりながら曖昧に笑うだけだった。ん?なんか変な感じがする。これってノアが隠し事してる時の感じじゃないかな?あんまりそういうことは無かったんだけど……。ノアには後で聞いてみよう。
「僕だって複数属性の魔法使いだ」
「フィル様も?どんな魔法が使えるんですか?」
「風魔法と、防御魔法だ!」
防御……。金の一族の得意魔法だったっけ。
「私は風魔法だけですね」
エドさんは少し残念そう。
「私も魔法が使えたらいいのにな」
「…………」
「…………」
「…………」
「え?みんなどうしたんですか?」
「エリーは魔法を使ってるでしょ?」
「え?なんのこと?」
「分かっていなかったのか……」
あれ?ノアとフィル様に呆れられてる?
「エリーさんは魔力量が多いってお話は以前しましたよね?」
「はい。そういえばそうですね」
うん。このお屋敷に来た時に言われたような気がする。
「鉱石を再結晶させる魔法ですから、地属性の魔法ですね」
「ええ?!そうなんですか?」
「まあ、かなり特殊な魔法ですけど、間違いないでしょうね」
そっか、花光玉を作るのには道具や材料も必要だけど最後は魔力を込めるんだもんね。魔法だったんだよね。
「私って馬鹿だぁ……。でもでも、そっか。私も魔法使いなんだ」
「そういうところ、面白くていいな。エリーは」
フィル様、ノア、エドさん、それにメイドさん達にも笑われちゃって恥ずかしかったけど、やっぱり私はとても嬉しかった。魔法使いかぁ……!
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