86 狭間の世界
来ていただいてありがとうございます!
「あれ?神官様?」
「やあ、エリーさん、久しぶりですね」
いつの間にか私はアルジェ神官様と向かい合って座ってた。銀色の髪の美しい神官様。私達はお茶のテーブルについている。
「何でしょうか、ここは。私達は死んじゃったんでしょうか?」
不安になった。だってここってあったかくて白い空間なんだもの。もしかして闇の扉の向こう側?
「あはは。生きてますよ……たぶん」
神官様の頬に不吉な汗が一筋流れてる。私は更に不安になってしまう。
「あの、神官様ですよね?あの時力を貸して下さったのって。ありがとうございました」
「……ああ!あれは神様の力をおろしただけですので。私の力という訳ではありませんよ。神様にお言葉をいただいてずっとスタンバイしてたんです」
神官様は何でもないというようにニコニコしてるけど、ここに一緒にいるってことはもしかして私と同じで神官様も相当体力を消耗したんじゃないかな?何となくここはそういう世界なのでは?って思ったんだ。
テーブルにはお茶とお菓子。神官様は美味しそうにお茶を飲んでる。
「あの悪魔はちゃんといなくなったんでしょうか?」
私はあの悪魔の最期の声と姿を思い出していた。そしてグラース様の姿を。グラース様のおかげで扉の向こうから近づいて来ていた悪いものはこちらへ来なくて済んだ。
「大丈夫なんじゃないでしょうか。もし駄目だったとしても、もう一度頑張るしかないでしょうし」
「うー、それは嫌だなぁ。平和が一番です」
私も神官様に倣ってお茶を飲んでみた。あ、花の香りのお茶だ。美味しい。
「いいのですか?悪魔が消えてしまったら、もう花光玉は要らなくなってしまいますよ?」
「え?」
ああ、そうか……。そうなんだよね。私の役目も仕事も終わりになるんだ。でも……。
「悪魔憑きの病で苦しむ人達がいなくなるのは良いことだと思います」
私は元々今世では花を育てて暮らしたいって思ってただけだもの。農家の娘に戻るだけだわ。そうだ!女王様や王妃様にならなくても済むんだ。いっぱい来てる結婚の申し込みも無くなるわね。
「それに悪魔が潜んでる世界なんて落ち着かないです。花光玉が要らなくなったのなら良かった」
「……意地の悪い質問でした。お詫びいたします。申し訳ありません」
「そんな!神官様は何も悪いことをしてないです!私あまりそういう事って考えられなくて。先に教えてもらえて良かったです!」
そうよね。後で落ち込みそうだもの。今分かって良かったわ!
「……やはり私も立候補しますね」
神官様はしばらく私を見つめた後、静かに言った。
「何にですか?」
「エリーさんのお婿さんに」
人差し指を立ててにっこり笑う神官様。お茶をふき出す私。
「な、何を仰ってるんですか?!もう!からかわないでください!」
「嫌だなあ。からかってなどいませんよ?」
何で?だってもう花光玉は要らないのに……?神官様はフッと優しく笑って首を傾げた。綺麗な銀の髪がさらりと揺れた。
「エリーさんの価値は花光玉だけではありませんよ」
神官様は私を通して少しだけ遠くを見ているような気がした。
「私は少しだけ強く神に愛していただけた人間です。そのおかげでほんの少しだけ人より時の進み方がゆっくりなのです」
あ、神官様があまり年を取ったように見えないのって、神様のご加護をいただいたから?
「貴女も私と似ていますね」
「え?私もそうなんでしょうか?」
「さあ、それはどうでしょうか。私には分かりません。…………他の人と違うということは時に孤独なこともあるものなのですよ。私はこの世界に貴女がいてくれてとても安心したのです」
いつもにこやかな神官様のこの時の寂しそうなお顔は忘れられないだろうと思った。
「私はいつでもあの神殿にいます。それを忘れないでくださいね」
「神官様……」
「いざという時の保険くらいに思っておいてください」
そう言って神官様は片目を瞑って笑った。神官様の温かい気持ちが伝わってきて私も自然と笑顔になれた。
ほけんってなんだろう?また知らないことが出てきたわ。後で調べてみよう。フィル様に本を借りて……。そこまで考えて私の胸はズキンと痛んだ。そっか、フィル様との雇用契約も終わりなんだ。
私、もう少しだけここにいたいな……。このお茶を飲み終わるまで。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!