82 闇の扉
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「私はね、どうしても妻にもう一度会いたかったんだ」
先の戦で亡くなってしまったフィル様のお母様、そしてグラース様の奥様。元々は金の一族、戦士の一族の方だった。お屋敷には肖像画もあったそうだけどグラース様が全てご自分の部屋へ持って行き、鍵をかけて見れなくしてしまったとフィル様が仰ってた。たぶんフィル様に似た美しい方だったんだろうな……。
「そうだとしても、フィルフィリート様を置いて逝ってしまわれるなんて……」
私の声には少し非難する色が混ざってしまったと思う。グラース様が悲し気に笑った。
「死ぬつもりは無かったんだけどね」
「え?奥様の後を追われたのでは?」
「違う違う!!私は妻と一緒に生きたかったんだよ。だから最初はスミスヴェストル家を訪ねた。魂を呼び戻す方法を求めてね。あの頃の私は追い詰められて相当おかしくなっていたと思うよ」
大切な人を亡くしてしまわれたのだから、それも当然の事なのかもしれない。
「でも駄目だった。分からないと断られたよ。救いを求めて銀の一族を訪ねた。そこで私は有益な情報を得たんだ。リュミエール王国の北東に忘れられた古の神殿があるって。そこには魂の魔法書があって、死者と話すことが可能になると」
「忘れられた神殿ですか?」
そんな場所があるんだ……。それにその神殿にもそういう魔法書があったんだね。
「私はすぐさまそこへ向かったよ。魔法書は確かにあった。けれど私は絶望することとなった。魂はね、ひとたび肉体を離れてある程度の時が経つともう戻ってこられなくなるんだ」
グラース様は顔を覆った。私はクルトの事を思い出す。あの子は魂を飛ばして私を探してくれて帰れなくなったんだよね。
「妻はもうこの世には戻れない。それを悟った時、私の頭の中にやっとフィルフィリートの事が戻って来たんだ」
グラース様は自分の胸に手を当てた。
「帰ろうと思ったんだよ。妻の事をフィルの母のことを伝えてあげないといけないって思ってね。けれど崖で足を滑らせてしまったんだ」
「事故だったのですね」
「うん、そう」
良かった……。ううん、グラース様が亡くなってしまったのは悲しいことだ。けどフィル様は忘れられてはいなかったんだ。
「あの時はもうふらふらでね……。馬鹿だったよ、本当に。妻に合わせる顔が無いな」
グラース様は自嘲するように笑った。
「その後すぐにここへ捕らえられてしまったようなんだ」
悪魔は一体何のためにグラース様を?ここは悪魔の隠れ家なの?どこなんだろう?
グラース様はポケットから何かを取り出して私の手の上に置いた。
「これは、鍵ですか?」
「私の部屋の鍵だ。これをフィルフィリートに渡してやって欲しいんだ。妻の絵や日記、思い出の品が置いてある。彼女は私の妻でフィルの母だから」
「分かりました。お預かりします。必ずフィル様にお渡しします!」
「……鍵」
今の声何?グラース様の声じゃない。
ふいに景色が消えた。
「え?」
黒い部屋が消失し、周囲がただの闇になった。
「何?何が起きたの?グラース様……?」
いない。さっきまで目の前に座っていたグラース様が。
「え?そんな……グラース様?どこにいるんですか?」
「この男は鍵なのですよ。強い思いと力のある鍵」
いつの間にか背の高い男が立っていた。美しいけれど禍々しい。黒髪黒目の男。前見た時よりもより人間みたいに見える。悪魔だ。
「グラース様っ!」
悪魔の横に立っているグラース様の瞳からは意思の光が消えていた。
「さあ、闇の扉を開けなさい。その先で愛しい者が待っているよ」
優しい、まるで慈しむような悪魔の声。
グラース様は最初に会った時のようにぼんやりとした顔で呟く。
「オーレリア……」
彼らの背後に見たことがある扉が現れた。
「あれは……、闇の扉。おかしいわ。どうして神様がいないの?」
「お嬢さん、闇の扉は一つだけじゃないんだよ。別の場所では黄泉への道なんて呼ばれているけれどね」
そんな、あの扉を開けてしまったら……。そう思うとゾっとした。
「ああ、もうすぐだ。もうすぐ会える。私の半身よ……」
悪魔が嬉しそうに嗤った。
駄目だ、それだけは!
私は扉に手をかけるグラース様の首に白雪華晶のペンダントをかけた。
「……駄目だエリー嬢っ、これを手放してはっ!」
「ああ、やっと手放してくれたねぇ」
私の中に闇が入り込んでくる。
「やっと見つけた!エリーっ!!」
声が聞こえたような気がする……
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