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人々から出てきた黒い影は徐々にひとつに集まりつつあった。
もうすぐだ。あの時に一度大きく力を減らしてしまったけれど、人の心にはすぐに闇が生まれるから大丈夫。もうすぐだ。邪魔なあの娘は捕らえてある。鍵となる人間も。鍵は少し壊れ気味だけど。多分大丈夫だ。あの妄執ならば。
ウォルクは銀の光を放つ剣で影を切り払う。これを集めさせては駄目た。分かっている。しかし、切り払っても切り払ってもその数は全く減る気配が無い。けれど諦める訳にはいかない。操るもののいない悪魔が力を得ればどうなるか。当時まだ幼かった自分は戦場には出ていない。しかし帰って来た戦士達を見たことがあった。無事に帰って来たものもいた。怪我の酷いものもいた。皆口々に言うのだ。恐ろしかったと。戦に勝ったのにその目には喜びも安堵もなく、ただ恐怖だけがあった。悪魔を解き放ってはならない。弱気になりそうな心を奮い立たせる。
「情けないな。俺はこんなに弱かったのか?」
ウォルクはポケットからエリーに貰った金の針の花光玉を取り出した。可愛い笑顔を思い出す。
「これじゃ異母兄に何も言えないじゃないか」
手に持った花光玉を見ながら近づいて来た影を両断し、ウォルクは不敵に笑った。
王都の別の場所ではシオンが魔法道具を持って走り回っている。
「シオン様~待って下さい~もう走れません~」
「えーいっ五月蠅いぞ!黙って走れ!!クレス!」
街のあちらこちらにセットしていく魔法道具。他の人間にも同じものを託してある。影、いや悪魔に捕まらないように身を潜ませながら王都を走り回った。
「エリーは必ず帰ってくる。その時に改良したこれが役に立つはずだ」
ルーナは剣にジュフというものを巻き付けて戦っていた。このジュフというものはサンセレス家が交易で手に入れたもので、強い魔除けの作用があるというものだった。
「うちにはこういう珍しいものがたくさんあるのよね。眉唾ものかと思ってたけど、けっこう役に立つわね。それにしてもエリー様の一番がフィルフィリートじゃなかったのは誤算だったわ。何のためにフィルフィリートに近づいたんだか……」
ルーナはあの時「この泥棒猫!」とか「フィル様酷い!!」などという修羅場を期待していたのだが、エリーは嫉妬した様子が無かった。後でフィルフィリートに無理矢理迫られたんだと言ってエリーの同情を買おうと思っていたのだった。
「やっぱりノアレーンだったのかしら?ターゲット変更するか、それともストレートに迫ろうかしら?それとも親友ポジションでいく?」
愁いを秘めた顔で闇を切り払っていく姿は美しく、内なる邪心を想像だにさせないものだった。但し邪心と言っても本人にとっては「エリーの一番になりたい!」という極めて明るく、前向きな考えだったので悪魔の種子が入り込む余地はルーナの心には無かった。
銀の一族、そして神官達もまた戦っていた。影とそして悪魔の種子に憑かれ、暴徒と化した身内と。どうしてこうなってしまったのだ?我々は誇り高き神の使徒であるはずだったのに……。その絶望が黒い影の闇を濃くすると分かっているのに。
金の一族のブライト・ロウルレオニスは歯がゆい思いをしていた。正直、ここまでの事が起こるとは予測していなかった。金の一族は武術の一族だ。だが聖なる力、またはその力を持つ武器を持つ者でなければあの闇に、悪魔に対抗できない。こうしてウィステリアワイズの屋敷で指揮を執ることしかできないとは……。ブライトはぎりっと奥歯を噛みしめた。
カーラは母と共に怯えていた。王都で起こっている異変の為に外へ出られない。こんなことになるのなら、式典を見るために王都へ来るんじゃなかったと後悔していた。エリーに貰った花光玉の光が温かい。それを見るたびに意地悪を言ってしまったことも後悔していた。今度会えたらきちんと謝りたいと願った。
カレンは死ぬ気で頑張っていた。
私だってできるもの!エリーより大きくて綺麗な花光玉を作れるんだから!!なんだか外は大変なことになってるみたいだし。悪魔って本当にいたんだ……。この花光玉が守ってくれるらしいし、なるべく大きくて強いのを作らなきゃ!集中よ!!守らなきゃ。せめて私の婚約者候補達は守らなきゃ。非常に不純だがある意味純粋な強い願いを光の神は聞き届けたようだ。
「ほわぁー!なんか凄いのできたわ!私ってやっぱり凄いわ!!」
王都の西、サンセレス家の屋敷で奇跡が起こっていた。
フィルフィリートは愕然としていた。花の咲いた王都。そこここに蟠る闇。苦しむ人々。振り下ろす神剣で闇を霧散させていく。しかし、きりが無かった。シオンに渡された魔法道具の通信で、エリーが行くはずだった西と南の神殿のある地域の被害が酷いと報告を受けた。フィルフィリートは緑の一族の領地に近い王都の南へ向かった。
「エリー……どうか無事でいてくれ……」
ともすれば絶望に染まりそうな心を、胸に下げた花光玉の温かさが励ましてくれていた。
銀の神官は待っていた。その時を。ただ静かに座して待っていた。互いに知る由も無かったが、エリーとほぼ同時刻に神の声を聞いていた。長年クリアル山の神殿に仕えた彼もまた神の信頼を得ていた。ひたすらに身を清め、心を静めて待っていた。
ノアレーンとディーアレンはスミスヴェストルの屋敷の一室で無心にエリーの魂の行方を追っていた。魂を操る魔法を使えるのはノアレーンのみ。そしてノアレーンにはエリーのかつてのクロティルドを追いかけた経験があった。
(闇の出現は王都に集中している。普通の悪魔にはコアと呼ばれるものがある。この悪魔にそれが無くても、より濃く闇が集まる場所がどこかにあるはずだ。きっとその場所にエリーはいる。だってこの世界からエリーが消えてしまった気配が無い。彼女はまだ闇の扉をくぐってはいない)
ノアレーンはディーアレンの補助と守護を受けながら、王都を隈なく丁寧にエリーの痕跡を探し続けていた。そして……
「いた!見つけた!!」
ノアレーンは大切な少女の僅かな気配にとうとう辿り着いたのだった。
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