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77 ようこそ

来ていただいてありがとうございます!




いつものように朝早く目覚めてしまった私は、一人でスミスヴェストルのお屋敷の周りを散歩することにした。


スミスヴェストルのお屋敷は何処を歩いても懐かしい場所だった。クロティルドの感情が蘇ってくる。楽しかったこと、嬉しかったこと。そして悲しかったこと。嫌でも引きずられてしまう。今の私はエリーなのに。

「あんまり長くいると、クロティルドに戻っちゃいそう」

苦笑いしながら頬をかいた。


予定ではもう一晩スミスヴェストル家に滞在して、今日の夕方にはウォルク様と合流、そして明日には西の神殿へ行くことになってる。

「それまでにもうちょっと花光玉を作っておこう。うん」

私は秋咲きの花が咲いてるはずの庭へ向かった。



朝食の後はノアが用意してくれた材料を使ってまた作業。フィル様が朝食の後に何か言おうとしてたけど、ルーナ様に引き留められてたから、いいかなって思って部屋へ戻ってきちゃった。

「エリー様、少し根を詰めすぎなのでは?」

ミラレスさんがお茶を淹れてくれたので、作業を一旦止めた。

「ありがとうございます。いただきます」

あ、私が好きだったお茶だ。とても高級なお茶だったんだなぁ。今なら良く分かる。私は贅沢な生活をさせてもらってたんだわ。

「美味しいです」

「それはようございました」

ミラレスさんは優しく微笑んでる。ああ、なんだか昔に戻ったみたい……って、違うわよ、エリー!!駄目よダメダメ!混乱しちゃ!私はパシンっと両手で頬を叩いた。ミラレスさんにすっごく驚かれたけど、笑ってごまかしたよ。



昼食の後はノアに街へ行こうって誘われた。

「作業ばっかしてたら疲れちゃうよ?息抜きも大切!」

「そうかな?でも……」

今は少しでもたくさん花光玉を作っておかないとって思ってるんだけど。

「行ってこられては?少しお疲れのようですし」

ミラレスさんも勧めてくれたので、私は思い切って出かけてみることにした。

「大丈夫だよ。エリーのことは僕が命を懸けて守るから」

胸に手を当てて片目を瞑るノア。

「ノアが凄いのは良く分かってるから心配してないわ。頼りにしてる。でも命は懸けないでね」


街は式典の準備で更に活気づいてた。

「賑やかだね」

「人が多いからはぐれないで」

ノアはそう言って私の手を取った。

「ふふ、ノアと手を繋ぐの久しぶりだね」

「小さい頃はよくエリーが僕の手を引いてくれたよね」

私達は可愛い雑貨のお店や、式典の人出を当てにしてやって来た露店商の店をいくつか見て回った。時々誰かに見られてるような感じがしたけど、ノアの事を見てる女の子達がたくさんいたからそれほど気にしなかった。


「良かった。少しは気分転換できたみたいだね」

「うん。とっても楽しかった。でも遊んじゃってて大丈夫かな?」

スミスヴェストルの屋敷へ帰って来た私達は談話室へ向かった。談話室ではいつでも自分でお茶を淹れて飲めるんだ。

「カフェに寄っても良かったのに」

ノアは不満そうに口を尖らせた。

「どこも混んでいたでしょう?私は人がいっぱいなのは慣れないから……」

私はついうっかりノックを忘れて扉を開けてしまった。クロティルドの時は家族しかいなかったから、ついその癖が出てしまったのだった。部屋の中には抱き合う男女がいた。

「あっ」

「へえ」

フィル様とルーナ様だ。そうだった、今はお客様がいるんだったわ。ううん、違う……私もお客様の方だったわ。



二人はキスしてた。



フィル様とルーナ様が。ルーナ様が笑ってこちらを振り返る。私の口から出た言葉は……。


「ごめんなさいっ!お邪魔しましたっ!」


私はドアを閉めて慌てて外へ走った。


「エリーっ!」


フィル様の声が聞こえたような気がするけど振り返れなかった。いつの間にかお屋敷の庭園の外れまで来ていた。


「はあ、はあ、全力、疾走したのなんて、久しぶりっ!随分、体力落ちちゃったわ……」


胸を押さえて息を整えた。畑仕事をしなくなってからほとんど座って作業するばっかりだったと思い至る。

「胸が苦しい……」

胸が痛い……。ショックだった。フィル様とルーナ様が……。そんな気はしてたけど、酷くないかな?フィル様は私に好きだって言ったのに……。でも私は返事はしてないもの。私に怒る権利なんてない。悲しむ権利も。悲しい……悲しいんだけど、でもこれは何?


「なんで私……ちょっとホッとしてるんだろう?」



思い出す前世の記憶。クロティルドの気持ち……。ううん。私の気持ち。



今回は早めに分かってよかった。私はどうせ選ばれない。身代わりにするくらいどうでも良かった。死んでも悲しんですらもらえなかった。怖い。怖い。怖い。もう裏切られるのは嫌だ。そんな思いをするくらいなら……もう。



レオナルド様……



涙が溢れる。


何でこんな……。私はクロティルドじゃないのに。レオナルド様の事なんて何とも思ってないのに……。私はエリーなのに。



「!」

突然生垣の向こうから人影が現れた。

「お嬢さん、どうなさったのかな?」

あ、庭師のおじいさん……?この人は見覚えが無い。きっと私がいなくなってから働いてくれてる人だ。

「あ、いいえ、なんでもないんです。素敵なお庭ですね」

私は涙を拭って笑おうとした。


その時おじいさんの胸に黒い点が浮かぶ。そしてその店から黒い闇が現れた。


「え?」


目の前に現れる黒髪、真っ白な肌、黒い目の美しい男の人。目には瞳孔が無かった。ただただ黒い闇。


「ようこそ、こちら側へ」


その人は甘い声、とろけるような優しい微笑みを浮かべて私をその黒い腕で抱きしめた。












「エリー!待って!」

フィルフィリートはルーナを突き飛ばして、エリーを追いかけ走って行った。談話室にはノアレーンと突き飛ばされてもよろめいただけで涼しい顔をしたルーナが残された。


「ルーナ嬢、どういうつもり?」

ノアレーンはルーナを睨みつけた。

「一体何のことでしょう?」

「しらばっくれないでくれる?フィルを誘惑してどうするつもりなの?って聞いてるんだけど?」

「まあ、そんなはしたないことは致しませんわ。先程は偶然にも躓いてしまった私をフィル様が抱き止めて下さっただけですもの」

「偶然ね」

「エリー様に男の方というものを見せてあげたいと思いまして。私が側にいることを拒まなかったのはフィル様ですわよ?」

「フィルは君を怪しんで探りを入れていただけだよ。エリーは君を気に入ってたからね」

「まあ、光栄ですわ!!そうです!エリー様には私がいればいいのです!」

「は?」

「将来、女王として立つエリー様の隣で補佐するのは私ですわ」

「え?」

「同性婚は認められておりませんが、エリー様にお願いして法制化していただきましょう!」

「…………」

ああ、そういうことか。いやいやいやっ!納得してどうする!そういうことか?つまりルーナは完全に完璧に自分達のライバルだったという事か?ノアレーンはやや混乱した頭を振って冷静になろうとした。


「エリー様は素晴らしい方ですわ。カレン様と違って努力家で謙虚で可愛らしい方。聖なるお力に護られて当然の方ですわ!エリー様が今一番心を許していらっしゃるのはフィルフィリート様です。彼を排除するのが重要。エリー様のお心から彼の存在の排除することを目標に動いておりましたのよ」

ルーナは夢見るように手を組み空を見上げた。

「ふざけるな!エリーの評価に関しては同意見だよ!けど、エリーの気持ちを傷つけるのは論外だ!お前をエリーの傍においては置けない!」


ノアレーンの怒りをルーナは全く気にしていない様子だ。うーん、と考え込んでいる。

「でもそんな必要は無かったのかもしれませんわ。てっきりエリー様は嫉妬して私をお責めになると思ってましたのに。そうはなりませんでした。エリー様はフィルフィリート様をそこまで思ってらっしゃらなかった?」

確かに、とノアレーンも思った。エリーはフィルフィリートとルーナが一緒にいても、やきもちを妬く様子は無かった。エリーは確かにフィルフィリートに惹かれてると思っていたのに。そう思ったから自分は焦ってエリーを攫ったのだから。


「それに貴方だって同じでしょう?ノアレーン様。ご自分が一番エリー様の近くにいたいと思ってらっしゃるのでしょう?」

「ああ。勿論だ。だからって彼女の気持ちをないがしろにする気はない、第一……」


「なに騒いでるの?」

ウォルクとシオンがメイドに案内されて談話室に入って来た。

「エリーは?花光玉の手配がやっと終わったんだ。これからは僕に花光玉を預けてもらうようになるんだが」

シオンは部屋の中を見回した。

「みんな一緒じゃないのか?ああ、エリーはもしかしてずっと作業してるのか?ちょっと頑張りすぎだな」

ウォルクが心配そうに眉をしかめた。エリーとフィルは取り込み中だろうと考えたノアレーンは、状況を説明しようと口を開いた。



「エリーが消えた……」

青ざめた顔で談話室に入って来たフィルフィリートは絶望していた。








ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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