76 スミスヴェストル家
来ていただいてありがとうございます!
「俺は王都と城の様子を見てくるよ」
ウォルク様はそう言ってスミスヴェストル家のお屋敷には来なかった。
「ここは警備も万全だろうからね」
確かに黒の一族は魔法の才能に秀でた人々が生まれる一族だ。剣術や体術に秀でた才能を持つ金の一族と共に国防の要の一族なのだ。
懐かしいっていうのは変なのかもしれない。驚くくらいにスミスヴェストルの屋敷は変わってなかった。働いてくれている人々はもちろん知らない人が多かったけど、懐かしい顔も何人かはいて、ミラレスさんもその一人だった。
「お嬢様、ご無事でようございました。お帰りなさいませ」
ミラレスさんはそう言って私を抱きしめてくれた。
「ミラレスにはあらかたの事情を話してあるよ。話す前からエリーがクロティルドだって分かってたみたいだけどね」
ノアに言われて私はとても驚いたけど、嬉しかった。思わずミラレスさんにもう一度抱きついちゃった。
ディーアレンお兄様の奥様にもご挨拶した。たしかクロエ様と仰って、クロティルドが十三歳くらいの時に結婚したはず。私とフィル様、ルーナ様はそれぞれ客間を用意してもらった。それぞれ移動の疲れを癒してくださいって。一息ついてるとノアが呼びに来た。
「エリー、ちょっとおいでよ」
ノアに連れられてかつての私の部屋へ案内されて私はまた驚いた。
「あの時のまま……」
「うん……。この部屋は十五年前からずっとそのままなんだよ」
ほこりも積もってない綺麗なままの部屋。私は胸が痛んだ。
「お兄様……」
応接室に戻るとフィル様が私にお菓子の袋を手渡してこようとした。やっぱり恥ずかしくて顔が見られないけど、断るのも申し訳なくて受け取ろうとしたんだ。
「フィル様とご一緒して、今日は私も選びましたのよ!気に入っていただけると嬉しいですわ!エリー様」
ルーナ様がニコニコと嬉しそうにしてる。
「……そうなんですか」
一緒にお菓子屋さんに行ったんだ……。思わず手が止まってしまった。何だろう?モヤモヤする……。
「へえ!デートしてきたんだね!」
ノアがそう言って私の代わりにお菓子の袋をひょいっと取り上げる。
「ノア?」
「この辺りでは結構有名な店のだよね。フィルもルーナ嬢もセンスいいね」
「ノアレーン!そんなんじゃない。後からルーナ様が店に入って来られただけだ!それから帰りが一緒になっただけで……」
「ああ、そうなんだ?まあ、どっちでも同じようなもんだよね。でもこれは後でかな?エリー、夕ご飯食べられなくなっちゃうからね」
ノアがお菓子の入った袋を振りながら、いたずらっぽく私を見て笑う。
「ちょっとノア?私、そこまでちっちゃな子じゃないわよ?大体、昔から食が細いのはノアの方でしょ?」
私はノアからお菓子の袋を取り上げた。あんなに振ったら中のお菓子が崩れちゃうよ。
「お二人は仲がおよろしいのですね。本当のご兄妹のようですわ」
「幼馴染なだけなんですけどね」
ノアとルーナ様がニコニコ笑いながら会話をしてる。……けどなんかピリピリした空気を感じるのは私だけ?気のせい?
「あの、フィル様もルーナ様もありがとうございました。でも、もう大丈夫なので気にしないでください」
「エリー……」
何か言おうとしたフィル様の顔をやっぱり直視できず、私は部屋に戻った。
そして二度と、二度とあんな失敗繰り返さないんだから!決意を新たに私は夕ご飯まで力をセーブしつつ花光玉を作ったのだった。いただいたお菓子は何となく手をつける気も、中身を見る気にもなれなかった。
「エリー様、少しお話をよろしいか?」
夕食後、私達はディーアレン様と談話室へ移動した。夕食の献立はクロティルドの好きだったものばかりで、気づいた時私は泣きそうになってしまった。ディーアレン様は一度深く息を吸い、ゆっくりと吐き出すと静かに話し始めた。
「昔話をさせてもらいたい……」
ディーアレンお兄様は寂しそうに笑った。
「愛していたのだ年の離れた妹を。我々は魔法の戦闘に特化した一族だ。時には王国の為に暗殺などといった汚れ仕事が回ってくることもある。仕方がないことなのだ。しかしクロティルドには関わらせたくない世界だった。だから才ある妹を遠ざけた。歴代の中でも秀でた魔力を有するクロティルドは知られてしまえば、王国に利用される道しかなかった」
だから、お兄様達はだんだんと私と交流を持たなくなっていったのね。
「クロティルドとクルトの亡骸が戻って来た時、父は王国に抗議すらしなかった。クロティルドが自らの意思で王女(現王妃)を救ったのだというレオナルドの言い分をそのまま受け入れたのだ。父の思惑は分からなかったが、私はずっと納得いっていなかった。今回国王の命に従ったのは真相を知れるかもしれないという思惑があったためだ。そしてあの魔法書……。あれを取り戻すためだった。確かに書庫にはあった。私には読むことは出来なかったが、クロティルドが見せてくれたことがある。魂に関する魔法書。クロティルドはまだ読めない部分があると言っていた。だがあの時はもう全て読めるようになっていたのだな、きっと。クロティルドは凄いな。おっと、今はエリー様か」
「エリーで構いません。ご当主様」
「私の事はディーアレンでいいよ」
「ディーアレン様……」
嬉しそうに微笑むお兄様にはかつて幼い頃に見慣れた面影があった。
「まさか、クルトとレオナルドの暴走だったとはな」
「あの、クルトは……」
「分かっている。ノアレーンに全て聞いたよ。色々と複雑だがクルトを御しえなかったのは我々の責任だし、何よりもあの時分はまだ幼い子どもだったのだから。ノアレーンも随分と苦しんだようだし、責めるつもりは無い。諸悪の根源は現国王夫妻だからね。いくら戦勝の功労者だったとしても許せることではない。彼らには今すぐにでもあの王座から下りてもらいたいが、人心を乱すことはできない。すまない、エリー」
「いいえ!そんなことは望んでいません。私、王にも王妃にもなりたくないですし」
「野心の無いことだな。クロティルドに似ている」
「ごめんなさい。悪魔を闇の世界へ帰すためとはいえ、死を選んでしまったこと……」
「…………お前にはそんな役目を負わせたくはなかった。結局黒の一族の宿命には逆らえなかったな。今は、穏やかな緑の一族へ生まれてくれて良かった。良かったらまた来て欲しい。ミラレスも喜ぶ。父は亡くなったが、母や他の兄弟達にも今度是非会ってやってくれ」
「はい。よろしければ是非お会いしたいです!」
そっか、お父様亡くなったんだ。厳しい人であまりお話したことは無かったけれど。
「ありがとう……」
ディーアレン様はほっとしたようだった。
「そういえば、ノアレーンの求婚を断ったそうだね」
打って変わって明るい表情のディーアレン様にちょっと戸惑ってしまった。
「あ、あの、それは……私はまだ、その、結婚とかってピンと来てなくて……。申し訳ありません」
ディーアレン様がちらりとノアを見た。ノアはお手上げというようなぞぶりをしてる。
「エリー様には是非ノアレーンを選んでもらいたいが、もしそうでなくても我々は君の見方だよ。困ったことがあったらいつでも言って欲しい。ノアレーンをこき使ってくれても構わないから」
「父上…………」
「お前のような放蕩息子でも役には立つだろうからね」
「分かってますよ」
それまで黙って話を聞いていたノアは小さく笑った。
「フィルフィリート様はお父上に良く似ていらっしゃいますね」
ディーアレンは次にフィルフィリートを見て言った。
「父をご存知なのですか?」
急に話を振られたフィル様は驚いていた。
「ええ。貴族学校でご一緒させて頂きましたし、何より失踪直前に私をお訪ね下さいました」
「父が貴方を?」
フィル様が一瞬椅子から腰を浮かせた。
「奥様を亡くされたばかりで随分と憔悴なさっておられました。私に魂を呼び戻す魔法について訊ねにこられたのです」
「魂を……。母の魂を求めて……?」
「残念ながら当時も今も私の魔法はその域には達しておらず、お力にはなれませんでした。申し訳ない」
「いえ、そのような事は!父がご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。そしてありがとうございました」
お互いに頭を下げ合うディーアレン様とフィル様。
「父のその後の行方について何かご存じでは?」
フィル様の問いかけにただ首を横に振るディーアレン様。
「……そうですか」
目を伏せるフィル様。フィル様のお父様、今どうしていらっしゃるんだろう?フィル様に会いたくないのかな?フィル様の気持ちを思うと胸が痛んだ。
「お母様の忘れ形見の貴方がこのようにご立派に成長されたことは誠に喜ばしいことですね。あの戦さえなければ……。我々が失ったものは多すぎる……」
ディーアレン様は再び深く深く息をついた。
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