73 雪の雫
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あれ、何だったんだろう?ウォルク様の胸にあった小さな黒いもの。やっぱりあれだよね?
悪魔の種子(微細バージョン?)
ウォルク様が病に感染してる様子はなかったけれど、城下で病の患者さんと接することもあったから、発症してなくても病が移っていたのかもしれない。昨夜はちょっと言動がおかしかった。あれのせいだったのかな?
「花光玉の光で消えたのよね?となると、えっと、あの黒い影が消えてウォルク様がいつもの様に戻ったという事は……。悪魔の種子って病の原因だけじゃない?ああ、分からない」
一度部屋に戻ってお風呂に入らせてもらったけど、やっぱり気になってしまった。急いで髪を乾かしてもらって(ちなみにこちらのメイドさんは風魔法が使えるんだ)部屋を出た。夕食が早かったから、まだ寝てる人はいないはず。
私はフィル様に相談しようと思ってフィル様のお部屋を訪ねようとした。あれ?階下の談話室に明かりが点いてる。そういえば、応接室と談話室ってどう違うのかしら?なんて考えながら階段を降りていった。男女の楽しそうな話声が聞こえる。そっと窺うと中にいたのはフィル様とルーナ様だった。話しの内容は聞き取れなかったけど何だか楽しそうで、なんとなく部屋へ入っていく気持ちになれず、私はそっと引き返した。
廊下を歩いていると、シオン様の部屋の前でノアがシオン様と話してるのを見つけた。
「ノア!シオン様!」
ノアはシオン様にさっきの事を話そうとして部屋を訪ねたんだって。私はウォルク様のことを二人に相談してみた。
「見間違いかもしれないんですけど」
「そうか、ウォルク様の中に。エリー、海神の神殿でのことを覚えてるか?これは僕の推測だが」
そう言ってシオン様が話してくれたのは衝撃的な事だった。
「あの黒いものが悪魔の欠片なんですか?全部が?」
「国王陛下の儀式の時あの悪魔は分裂し、海神の神殿ではあの黒い影は融合してた。あの悪魔の性質がそうなのではないかと考えられる。古の文献をざっと読んでみたが様々な性質を持つ悪魔がいるようだ」
顎に手を当ててシオン様は難しい顔をしてる。頭を傾けた時に切り揃えた薄紫の髪がさらりと揺れた。
「「悪魔の種子」文字通りってことだね。体や心が極度に弱っている者には病となって作用し、そうでない場合でも心の闇とやらを煽って増幅し喰らって自分の力にする訳か。なるほど効率的だね」
前髪をかき上げて軽い感じで答えるノア。口調とは裏腹にノアの表情には余裕が無い。
「ウォルク様は病気ではないからと自分よりも他人を優先し、花光玉を身に付けてなかった。僕達はエリーから花光玉をもらって身に付けていた。いつからかは分からないが悪魔の種子はウォルク様に入り込み、悪魔はウォルク様の焦りや失望を喰っていた。ウォルク様は元々明るい性格で暗い気持ちをため込まなかったからその程度で済んだ。こういう事だろうと思う。神殿が驕り高ぶった考えになったのも王妃と接触する機会が多かった銀の一族から悪魔の種子が広がったからだと考えてる」
「あ……」
「あはは、じゃあ、今どのくらい広がってるのかな?悪魔ってどれだけ力をつけてる訳?……ああ、あの時ウォルクが言ってた本体があるのかって言葉は」
「恐らく正しい」
しばらくの間シオン様の部屋には沈黙が下りた。
「当座悪魔に動きが無ければ打つ手が無い。エリーが聞いた神の声に従って神殿を浄化するのが最優先だろう。僕は王宮に出向いて急ぎ花光玉を民に配るように手配してくる。だから神殿の方はよろしく頼む。さて、それはそれとしてエリー、君には別で言っておくことがある」
シオン様が厳しい顔で私を見つめた。思わず姿勢を正す私。
「女性が男性と密室で二人きりになるという事についての危険性を」
「あ、シオン、それもう僕が説教しといた」
「…………」
「…………気を付けます」
ひとまず明日は大神殿へ行くのでみんなに話すのは明日にしてその夜は各自休むことになった。
「これ、エリーにあげるよ」
部屋を出る前にシオン様に雪の雫の鉢植えを手渡された。
「え?良いんですか?」
「うん。あの夜良いものを見せてもらったお礼だ」
シオン様がいたずらっぽく笑ってる。そんな風に笑うといつもより幼い感じになる。こっちが本当の顔なのかもしれない。
「は?」
良いものって……まさか……。
「冗談だ!」
「シオン様……」
シオン様がそんな冗談を言うなんて意外だったよ……。ノアに送ってもらって部屋に着くまでノアに質問攻めにされて困ったよ。なんとかはぐらかしたけどね。だってまたノアのお説教大会が始まっちゃうものね……。
「綺麗な花」
眠る前にシオン様から貰った花を見てて、体力も残ってるから花光玉を作ろうと思ったんだよね。用意してもらったお部屋でお祈りをしながら花光玉を作ったんだ。集中して花に力を貸してもらう。
光が溢れる……。
あ、この花すごい!!力がとても強いみたい。掌の中に真っ白な光。銀色の光の粒がキラキラと舞ってる。雪みたいに。
「わあ……綺麗……さっきウォルク様にお渡しした金色の針の花光玉も綺麗だったけどこれは別格かも」
今まで作った花光玉の中でも一番力が強いかもしれない。カレンはこの花を花光玉にしてるのね。相当力が強そう。明日、大神殿に奉納するのはこの花光玉にしようと決めた。その後も体力が許す限り花光玉を作り続けた。
翌日は何事も無く大神殿に花光玉を奉納できた。
「慇懃無礼って感じだったけどね」
ノアが呆れたように笑ってた。大神殿の主神は光の神様で、カレンの事をやたら褒めてた。美人だとか振る舞いが素晴らしいとか。やっぱり私は山猿とかって思われてるのかな?いいけどね。
その後キングストーンのお屋敷にすぐに帰るのかと思ったけど、ウォルク様がレストランの個室を予約してくれていて、みんなでお昼ご飯を食べることになった。海鮮の美味しいレストランで、私は元々あまり魚や貝の料理に馴染みが無かったけど、シオン様の海の近くの別宅でも食べさせてもらってたから抵抗なく食べることが出来た。味はもちろん抜群だったよ!さすがは貴族の人が行くお店だなって思った。私は白身のお魚のソテーが好きかな。
食後にシオン様の考察をノアがみんなに伝えてた。今日はシオン様は別行動だった。
「俺の中に悪魔の種子が?いや悪魔が?」
ウォルク様はとても驚いてショックを受けていた。温室で花を見せてもらって、花光玉が出来たことやその時にウォルク様の胸に小さな黒い影が見えたこと。今はそれは消えてること。実は悪魔の種子は悪魔自体でリュミエール王国の人々の中に分かれて存在してるのではないかということ。
「……そうなると、神殿だけではなく城の中も悪魔に汚染されてるということになるのか。どおりで……」
フィル様は思い当たるふしがあるのか何か考え込んでる。
「私の中にもあるのでしょうか?」
不安げにルーナ様が胸を押さえてる。
「ルーナ様にも花光玉をお渡ししましたから、大丈夫だと思います」
私は今朝、昨夜作っておいた花光玉をひとつルーナ様にも渡しておいたのだ。
「…………」
フィル様が何か言いたげに私を見てるけど、どうしたんだろう?
「それにしてもシオンの推測通りなら、悪魔の種子を宿す人間がこの王都だけでもどれだけいるんだ?」
ウォルク様が焦ってるみたい。当然だよね。
「今、シオンが城に花光玉をさっさと配れって言いに行ってる」
「私も昨夜から花光玉作りを再開してます」
私とノアは顔を見合わせて頷きあった。
「……私もエドに連絡して花光玉の増産を急がせよう」
テーブルの上で手を組んだフィル様の表情は硬かった。
悪魔の種子が芽吹く前に、何とか消し去ってしまわないと!よーしっ花光玉を作りまくるぞ!!私は拳を握りしめたのだった。
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