72 満月の花
来ていただいてありがとうございます!
キングストーンのお屋敷で私に用意してもらった部屋に戻ろうとした時のこと。
「エリー、今夜は満月なんだよ」
ウォルク様に声をかけられた。
「そういえばそうですね」
「知らないかな?秋の初めの満月の夜に一晩だけ咲く花の事」
「一晩だけなんですか?」
知らなかった……。そんな花があるんだ……。
「見てみる?」
「え?ここにあるんですか?」
「うん。うちの温室にあるんだ。母がそういうのが好きで一時期ハマってたんだけど、すぐに飽きちゃってね。もう見向きもしないんだ」
「見てみたいです!」
「うん。じゃあ、行こっか」
「今夜は月が明るいから、魔法道具の灯は要らないね」
温室は透明なガラスでできた建物だ。薄くて透明度の高いガラスはとても高価なのにそれで建物を作っちゃうなんて、やっぱり貴族ってお金持ちなんだね。
「変わった形の植物がたくさんあるんですね」
「この中にあるのは遠く南の島国や大陸から取り寄せたものばかりだからね」
ウォルク様が簡単な説明をしてくれる。私が知ってる植物や花なんて世界のほんの一部なんだろうな……。
「今度は植物図鑑を読んでみようと思います」
リーフリルバーンのお屋敷での勉強も今は止まってしまってる。また本を借りて読めるといいな。
「勉強熱心なのはいいことだよね。そら、あれだ」
そう言ってウォルク様が指さしたのは大きな一本の緑の木のような植物だった。棘がたくさん生えてる。触ったら痛そう。
「大きな花……!」
三輪ほどの大きな花が咲いている。私の頭より大きいんじゃないかな?外側は白くて、中心にいくほど濃い黄色になっていく。満月みたいな色。月の光を受けて金色の針のような光が放たれてるみたい。
「今夜咲いたこの花は一夜限りでその寿命を終える。儚い花だよね。…………綺麗だ」
「ウォルク様の髪の色みたいなお花ですね。本当に綺麗です。見せて下さってありがとうございます。ウォルク様」
隣のウォルク様は花を見てなかった。
「ウォルク様?」
何故か私の方を見ていた。
「海神の神殿で花光玉を作る君を見てた」
ウォルク様が一歩近づいてくる。向かい合ったままつい一歩下がってしまう。
「綺麗だった。これまでも何度か見ていたけど。今回は神々しいほどだった」
「あの、ウォルク様?」
また一歩。私も後ろに下がる。真剣な表情……、ちょっと怖い。
「シオンに聞いたよ。君は王位に興味がないんだって?カレンに任せたいって」
私の背中がガラスの壁についてしまった。もうこれ以上下がれない。ウォルク様の両手が私の顔の横のガラスについた。私はガラスとウォルク様の腕に閉じ込められてしまった。
「エリーは責任から逃げちゃうの?」
微笑むウォルク様は私を責めていた。
「あ、私は、私には無理です。そんな頭も良くないし、勉強だって殆どしてないですし」
「そんなのはこれから勉強すればいい。まだまだ王位の交代は先の話だ。むしろそちらの方がどうでもいいことだよ。大切なのはその心の資質だ。カレンよりも君の方がずっと相応しい。カレンじゃ駄目だ。他の貴族どもも問題外だ」
なんだか今夜のウォルク様、少し変みたい。
顔が近い……。異母兄弟とは言ってもやっぱりレオナルド様と少し似てる。あんまりアップで見るのは心に良くない気がするよ?
「やっぱり綺麗だ。王都で初めて君を見た時、見つけたと思ったんだ。ずっと探してた人を。優しくて、真面目で、正直で、清らかで、清楚で、可愛らしくて……美しい花光玉はエリーそのものみたいだ」
だ、誰の事っ?!眩しそうに私を見てるウォルク様……。そうだわ!今日はまだお風呂に入ってないから、顔に油が?夕ご飯の揚げ物のせいですね?それが月の光を反射してるんですね?そうですね?
「俺が支えるから、一緒に頑張ってみない?」
ウォルク様の手が私の頬に触れた。そのまま顎を上げられた。
「待って、ください、ウォルク様……」
頭が混乱して、体も固まってしまって動けない。そういえばマイヤさんに密室で男性と二人きりになるのは覚悟を決めた時ですよって言われた気がする……。今思い出しても意味がないっ。やっと言えた言葉もウォルク様には届いてない。
「俺じゃ不足?」
「そんなことは……」
っていうかそれ以前の問題なんです!本当にどうしてこうなったの?あ、自業自得だよね。何とかしなきゃ。
「助けてあげる」
「え?」
花の声が聞こえた?握り締めた手の中に光が生まれた。黄色と白のグラデーションの花光玉……金色の小さな針のような光が無数に浮かんでる。その光に照らされてウォルク様の胸のあたりに小さな黒い影が映って消滅した。
「……これは」
ウォルク様が一瞬ひるんだ。あ、今なら逃げられそう。ウォルク様から離れようとしたけど手首を掴まれた。
「待って、エリー。ごめん。俺、どうかしてた」
あれ?なんだかいつものウォルク様に戻ったような……?あの一瞬見えた影ってもしかして?
「はーい、そこまでだよ?ウォルク様。駄目だなぁ。大人のくせに未成年をこんなとこに連れ込んじゃ」
「ノアレーン……」
「ノア……」
突然登場したノアに驚いてウォルク様の腕から力が抜けた。ノアが私の手を引いてウォルク様から離した。
「どうして?鍵をかけておいたのに」
え?鍵?いつの間に?
「物理的な鍵なんて僕には意味ないよ?」
ノアは不敵に笑う。
「まあ、魔法でも僕にはあまり意味ないけどね?あまり強引なことをしないでくれる?エリーは恋愛音痴なんだから」
「ちょっとノア、何よ恋愛音痴って!」
ノアはあははと笑って誤魔化した。
「他人の恋路を邪魔するのかい?」
「恋ねぇ。貴方は自分の兄に失望してるだけでしょ?エリーに自分の理想を押し付けたいだけだよね?」
「俺がエリーを愛しているのは嘘じゃない」
「だったらなおさらだ。エリーはすでに一回世界を救ってるんだよ。今生では自由な道を歩く権利がある。王位を強制しないでね。今でも十分頑張ってくれてるのに、余計な負担にならないでよ」
ウォルク様はふぅっと息を吐いた。
「ごめん、エリー。ちょっと焦って急ぎすぎたみたいだ。でもね、さっき言ったことは本心なんだ。俺は君が必要だと思ってる。だからもう一度考えてみて欲しい」
「ウォルク様……」
今の私には何も言えなかった。立ち去ろうとしたウォルク様にさっきの花光玉を手渡した。
「あの、これ!ウォルク様が持っていてください」
「さっきの……、いいのかな?」
「はい。お守りにしてください」
「ありがとう」
ウォルク様は少しだけ寂しそうに笑った。
ウォルク様は先に屋敷へ戻っていき、私とノアは二人で温室に残された。
「ありがとうノア、来てくれて。でもよくここが分かったね?」
「ああ、エリーを探してたから。あれだけ派手に光れば流石に分かるよ」
「そうなんだ。探してたって?どうかしたの?」
「これをエリーに」
「なに?手紙?」
「父上からの招待状」
「ご当主様から?でも、もうフィル様が招待されたって言ってたよ?」
「エリーはフィル様のおまけじゃないよ。フィル様は一応エリーの保護者みたいな形にはなってるけど、エリーはエリーの意思でなんでも決めていいんだよ。相談するのはありだと思うけど、決めるのは自分でしないとね」
フィル様に依存しすぎちゃ駄目ってことかな?不安に思う私にノアは微笑んだ。
「大丈夫。エリーにはみんながついてる。もちろん僕もね」
月明りの下、柔らかく微笑むノアは随分と大人びて見えた。
「ありがとう、ノア」
「うん。それはそれとしてね。ちょっとエリーは危機感が足りないよ?油断しすぎ!男なんて下心ありまくりなんだからね?」
「え?」
その後私はノアにいっぱいお説教をされた。ずっと弟だと思ってたけどお兄ちゃんみたいだった……。
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